「バ、馬鹿ナ……同ジ上級アンデッド、ナラ、イザ知ラズ、只ノ人間ガ我ガ闇ノ支配ヲ、コウモ容易ク超越スルナド……貴様、一体何者ダ……!?」
これで敵はレンポッサ卿ただ一人。
「皮肉ですね。私の魔力を求めて襲って来たあなたが、私の魔力によって敗北するとは……」
私の元まで来なければ、当初の予定通り寄り道せずに帝都エルザンパールへ向かっていれば、彼にはまた違う結末が訪れていたことだろう。
「コノ、小娘ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!!」
逆上したレンポッサ卿が猛然と向かって来るが、
「ナ……ッ!?」
接近した彼が私の魔力を吸い取る前に、得意の空間転移で回避する。
「残念ながら、もうあなたの負けです。何故なら──」
「カグヤがドレイク・ゾンビに命じて、この通り、お前の死体を吐き出させたからな」
無防備な死体へ、ダスクが手を
「ヤ……ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッッ!!」
血相を抱えて、今度はダスクの方へ向かって行ったが、時既に遅し。
「──燃え尽きろ」
放たれた猛火が死体を包む。
「ヌゥウウウギィイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」
バンシーにも勝るとも劣らない音量で、レンポッサ卿が悲鳴を轟かす。
「モ、燃、エル……ゥ、焦ゲ……ル……ア、熱ィイ~……ッ!」
自らの死体と同様に炎に包まれるレンポッサ卿だが、霊体である彼からは全く熱気が漂って来ない。
「マ、マダ……マダ消エル、訳ニハ……!」
空気が漏れた風船のように、巨大髑髏の輪郭が徐々に萎んで小さくなっていく。
「皆ノ無念ヲ……恨ミヲ……晴ラス、マデ、ハ……ッ」
気力も迫力も魔力も全て失い、瞬く間に人間と同サイズにまで縮んでしまった。
最早脅威ではなくなった彼に、私は静かに歩み寄る。
「レンポッサ卿、最後にお聞かせ下さい。あなたは何故このようなことを……?」
相手がアンデッドであっても、消えゆく者の想いを聞き届けることが、私ができるせめてもの慈悲であり礼儀だと思った。
一族を見捨てたこの国への復讐、と戦う前に彼は言っていた。
「……私ガ生マレル以前カラ、故郷ハ『邪神の息吹』ニ蝕マレテイタ。飢饉、疫病、魔物──アラユル災イガ我ガ一族ト領民ヲ苦シメ、
ネズミのように急速に増え、ゴキブリのようにしぶといため、アンデッドの鎮圧は困難を極める、とエレノアやジェフからも聞いている。
「我ガ一族ガ滅ビタノハ、数年前。アンデッド、ト、変異魔物ノ大群ガ砦ヘ押シ寄セタ。……三日ト経タズシテ、全テハ終ワッタ。一人残ラズ魔物ノ餌トナッテ……」
無力感と
「騎士団へ派遣を要請しなかったのですか? 聖騎士団や冒険者でも……」
「シタトモ。シカシ皇帝モ評議会モ、アレコレ理由ヲ付ケテ、派遣ハ一度トシテ無カッタ。栄耀教会ニ掛ケ合ッテモ、高額ノ布施ヲ払エト突ッ撥ネラレ、報酬ト危険度ガ釣リ合ワナイト、依頼ヲ受ケル冒険者モ皆無ダッタ……」
『邪神の息吹』による魔物災害や土地の荒廃は、国中で起きている。
お陰でどこの領主も経済的に苦しく防衛費は不足、帝国騎士団も聖騎士団も冒険者も他の地域への対応で手が回らなかったため、地方の準男爵に過ぎないレンポッサ卿は後回しに──否、見殺しにされたということなのだろう。
領主として、一族の長として責任を全うしようとした彼に、政治も法律も宗教も救いの手を差し伸べてはくれなかった。
「今オ前タチガ倒シタ、ゾンビ……アレハ我ガ一族ノ者タチダ。アノ、バンシー、ハ、我ガ妻ダ……」
未だ沈黙したままのバンシーの左手薬指には、ささやかな指輪が嵌まっていた。
「アラユルモノニ見放サレ、絶望ト苦痛ノ中、人ヲ恨ミ、世ヲ呪イナガラ我ラハ死ンデイッタ! ソシテ闇ノ怪物トシテ復活シタ! コレハマサニ、復讐セヨ、無念ヲ晴ラセトイウ、天啓ニ他ナラナイ! ソレニ従ウコトノ、何ガ悪ト言ウノカ……ッ!!」
その悲痛な叫びに対し、私もオズガルドも返す言葉を持たなかった。
「ヴァンパイア、ノ、小僧ヨ! 同ジク闇ニ生キル、オ前ナラバ分カルノデハナイカ!? コノ無念ガ! 憎悪ガ! 絶望ガ! 耐エ難イ虚シサガ!」
「……ッ」
血を吐くようなその言葉に、ダスクが一瞬の動揺を見せる。
レンポッサ卿はそれを見逃さなかった。
「『
ガパッと開けたその口から、暗黒の魔法光線が放たれる。
「ぐは……ッ」
一直線に放たれたそれは、ダスクの胸のど真ん中を貫いた。
「ダスクさん……!」
今の攻撃、レンポッサ卿は頭を狙って確実に仕留める気でいたが、寸前でダスクが飛び退いたため、胸に照準がズレた。
ヴァンパイアならば、心臓を破壊されても短時間で再生するが、命中と衝撃と苦痛で体勢が崩れ、決定的な隙を作ってしまった。
今度こそ頭を狙われる。
「私ハ終ワラナイ! 皆ノ怨念ヲ、コノ身ニ負ッタノダ! コンナ所デ、終ワッテナルモノカアアアアアアアアアアアッ!!」
執念の叫びを上げて、レンポッサ卿が追撃の魔法を叩き込もうとするその瞬間、
「『
オズガルドが放った火球が、今度こそレンポッサ卿の死体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「ヌゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!!」
髑髏の像さえ消え、散り散りになっていく。
「ダスクさん、大丈夫ですか……?」
「……まあな、問題無い」
穿たれた心臓の穴はほとんど治っていた。
「何故、ナゼ、コンナコトニ……」
声が小さくなっていく。
「スマ、ナイ……ミ、ナ……」
輪郭が乱れていく。
「ダレ、カ……ス、クイ、ヲ……ッ」
ロウソクの火が消えた後の煙にも似た
「ブ、レ……ゴ……」
沈黙し、佇んだままその様子を眺めていたバンシーの口から、小さな声が漏れた。
そして彼女は夜空の月を仰ぎ、
「──ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン……!!」
これまでの忌々しい絶叫とは全く違う、甲高く、それでいて細い声。
それは──
共に生き、共に死に、共に蘇った夫の、その完全なる消滅を悟った、妻の嘆きだったのだろう。
少なくとも私の耳にはそう響いた。
「……さらばだ。せめて安らかに眠ってくれ」
別れの言葉と共に、オズガルドが火炎を放つ。
残ったアンデッドの残骸も全て焼き払われ、五秒と経たぬ間に火の粉と
後には、夜本来の静寂だけが残った。
危険なアンデッドの群れを討滅し、帝都に忍び寄っていた危機は去った。
しかし、歓喜の念も達成感も微塵も湧くことは無く、私の胸に残ったのは深い憐れみだけ。
『天国』というものがこの世界にはあるのかは知らないが、せめて解き放たれた彼らの魂が安らぎを得られるようにと、私は静かに祈った。
「……これでいいのだ。ここで倒さなければ、彼らは更に多くの命を奪っていた。アンデッドは最早人ではない。故に滅ぼさなくてはならないのだ」
己に言い聞かせるように言うオズガルドだったが、その顔はやはり冴えない。
「オズガルド様、その言葉は、その……」
私に言われて気付いたオズガルドがハッとして、ダスクの方を見遣った。
「……済まない。気を悪くしたのなら謝る」
「いいや、あんたは何も間違っていない。全てのアンデッドは生者の敵、この世に居てはならない闇の怪物なんだ。俺があんたの立場でもそう言っただろうよ」
レンポッサ卿の悲劇には心から同情するし、その復讐心も理解できる。
彼自身は決して悪ではないが、しかしその存在と思想は人々にとって脅威以外の何物でもなく、彼を放置したり、交渉や説得で解決するという選択肢は有り得なかった。
全ての生者にとってアンデッドは恐怖と嫌悪の対象、討滅しなくてはならない天敵であるため、例外は一つも無い──というのがこの世界の常識。
「思わぬ戦いで疲れたな。またカグヤの魔力を狙って、別のアンデッドが来るかも知れない。今夜はもう帰るとしよう」
「はい……」
オズガルドと手を繋ぎ、フェンデリン邸への転移の準備に入る。
「ダスクさん、帰りましょう。……ダスクさん?」
「……ああ」
レンポッサ卿たちが消えた後の場所をしばらく見つめていたダスクが、気の抜けたような返事をする。
何故だろう。
手を繋いだ時の彼の横顔が、とても険しく、それでいて悲し気に見えたのだ。