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#42 限界性能試験 (カグヤ視点)

 時は夜。

 エレノアとジェフと共に、夜の野外で実技訓練を行う時間だ。



「またアンデッドが来たね」

「そうですね」



 こうして外に出ると、以前のレンポッサ卿のように私の魔力を求めてアンデッドが寄って来ることがあるが、中級以下のアンデッドであれば支配が可能なので問題にはならない。

 むしろそうやって登場したアンデッドたちを、覚え立ての魔法の実験台にしたり、変異魔物を退けるための護衛として活用しているくらいだ。



 私は魔法が上達して、魔物が討伐されれば付近の者たちの安全が確保されて、まさに一石二鳥。



「『隠遁者の住処アンカレット・ヘイヴン』」



 球状の黒い結界が私をすっぽりと覆う。

 あらゆる攻撃や魔法効果を阻む防御系の魔法だが、光をも完全に遮断してしまうため、内側からも互いの様子が分からなくなってしまう。



「しかし……こうして訓練を続けても、やはりカグヤは攻撃系の魔法は修得できないようですね」

「それだけでなく、属性が完全に偏っているためか、闇以外の属性の魔法も全く使えません。サリーさんのように水や火、風を自在に生み出せればと思ったのですが……」



 魔力の属性傾向や相性、術者の適性によっては修得できない魔法もある。

 例えばダスクのようなアンデッドは闇属性に特化、なおかつ生命力を持たないため、光属性の魔法や生命力に作用する治癒効果のある魔法は一切使えない。



 それに私自身、攻撃系の魔法は特に修得したいとは思わない。

 誰かを攻撃すると考えただけで、教主に襲われた時や、両親と教主を手に掛けたという事実を思い出して──その時の記憶は一切無いのだが──しまう。



「だからこそと言うべきか、直接的な破壊や殺傷力を持たない闇属性魔法は全て修得できています。明るい場所でない限り、何者に襲われても回避や防御で身を護ることはできるでしょう」

「他に私が修得できそうな魔法はありませんか?」

「我が家にある魔導書グリモワールはこれで全てですが、息子が居る本邸にはまだあります。それ以外では……宮廷魔術団や皇室が厳重に管理している、特級の魔導書グリモワールくらいでしょうか」

「特級、ですか……?」



 上級の魔導書グリモワールはいくつかダウンロードしてきたが、その更に上があるとは初耳だった。



「総帥であるオズも詳しくは知らないようですが、噂では、百年続いた古代大戦を一夜にして終結させたり、幾多の都市や国を滅ぼしたり、この世の理さえ捻じ曲げてしまうほどの禁断の大魔法が載っているとか……」

「そんな魔法が……?」



 私の頭に思い浮かんだのは、元の世界にあった戦略兵器──核ミサイルだ。



「まあ、そんな風に効果が桁違いだから、要求される魔力もまた桁違いな訳で、ダウンロードできる魔術師は古の大賢者以来、只の一人も現れなかったそうだけど、君の魔力ならひょっとしたら……」

「そんな恐ろしい力など、私には無用の長物なのですが……」



 私は政治指導者でもなければ軍人でもない、只の一般人だ。

 一般人が核のボタンを押せるようになったら、それはもう世界滅亡の一歩手前だ。



「じゃあ次はまた『亜空の秘蔵庫エア・ストレージ』を」

「分かりました」



 この夜間の魔法訓練の目的は、私の魔法の技術や知識の向上だけでなく、私の力の限界性能実験でもある。



 近くにあった、高さ五メートルはある大岩を収納し、再びその場に戻してみせる。



「これで宜しいでしょうか?」

「うん……僕の『亜空の秘蔵庫エア・ストレージ』を見れば分かると思うけど、一辺が大体二メートル以上になる物は入れられないんだ。なのにそんな大きな岩を……」



 以前、私の闇の極大魔力ならば『亜空の秘蔵庫エア・ストレージ』でも凄まじいことができるのでは、と彼は推測していたが、まさにその通りだった。

 同じ『亜空の秘蔵庫エア・ストレージ』でも、ジェフのそれが「部屋のクローゼット」だとすれば、私のものは「ジャンボジェット機の格納庫」と形容して差し支えない。

 この岩があと百個あっても、全て収納して持ち運べてしまうだろう。



 先程の『隠遁者の住処アンカレット・ヘイヴン』にしても、エレノアとジェフの限界性能が自分を含めた五、六人を覆う程度の大きさだったが、私の場合は魔力を調節しなかった最初の発動で、学校の体育館ほどもある結界を形成してしまった。



「しかし、生きているものは収納不可能ということでしたが、アンデッドも収納できないのですね」

「生物学的には死んでいるけど、魂が宿っているから魔法的には『生物』と見做されるんだよ」



 他にも水や炎、空気といった不定形の物質も、容器に入れない限り収納できない。



「じゃあ次は、この犬で試して欲しいことがある」



 ジェフが連れて来たのは、一匹の大型犬。

 体は大きいが瘦せ細って毛は所々が抜け落ちてボサボサ、今すぐ倒れてしまってもおかしくないほどで、覇気など微塵も感じられない。



「生物や物体の時間を巻き戻すことで、負傷や破損が起きる前の状態まで戻せる。サリーの傷と鑑定水晶はそれで元通りになった訳だけど……」

「この犬もそうした傷が?」

「いや、別に傷は無いんだ。ただ……このプレリュードは、かなりのお爺さんでね。人間で言うなら八、九十歳って所なんだ。だから色んな病気をわずらっていて、もう走ったり噛み付いたりはできない。今年か来年の内には天に召されるのは間違い無いから……そうなる前に薬で楽にさせてやる予定だったんだ」



 調教術師テイマーの中には、使役する生き物たちを単なる家畜か消耗品としか思わない者も居れば、大切な仲間、愛する家族として絆をはぐくむ者も居るそうだ。

 使役対象となる生き物にも寄るのだろうが、セレナーデやノクターンへの態度を見る限り、ジェフは明らかに後者で、この老犬プレリュードに対してもそう接していたのだろうから、安楽死という決断が非常に心苦しいものだということは、表情を見れば一目で分かる。



「そうですか……」



 競走馬などでも、老いや病、負傷で走れなくなった馬を安楽死させることがあるそうだし、苦しみ続ける生よりも、安らかな死の方が救いになるということは、他でもない私自身が思い知っている。



 安楽死が倫理的に正しいか否か、当の動物たちはどう思っているのか、その答は誰にも出せないから、ジェフのその考えを私は否定できない。

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