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神籬の巫女、あやかしの彼
神籬の巫女、あやかしの彼
ナガムラキョウ
恋愛現代恋愛
2025年03月22日
公開日
1.5万字
完結済
討魔師として修行中の巫女、神籬楪《ひもろぎゆずりは》は森の中で傷ついた狼《トウヤ》と出会う。衰弱していく彼を放っておけず手当をした楪だったが、なんと彼の正体は妖魔であった。種族や家柄、様々なしがらみを乗り超え、二人が出した答えとは―― 巫女×妖魔の異種族恋愛譚。

第1話 神籬の巫女

 人里離れた山中。

 樹齢五百年を超える巨木が鬱蒼うっそうとする森の中を、一人の女が歩いていた。

 名を、神籬楪ひもろぎゆずりはといった。

 この地を代々治める、討魔とうまを生業とする神社の娘である。


 彼女の一族の子供には、生まれつき霊的な力が宿っていた。

 自然界に存在する八百万やおよろずの神々と交信し、時に使役することで魔を祓う。

 その力は古来より権力者に重宝され、国家にとって重要な役割を担ってきた。

 彼女はそんな一族の中でも高い霊力を宿しており、将来の当主の座を期待されていた。


「ふう……」


 少し歩いた後、近くにあった岩に腰掛ける。

 木々の間から日が差し込んでいた。

 そよそよと気持ちのいい風が吹き抜ける。

 当主候補として修行の日々を送っている彼女にとって、隙間を縫っての散歩の時間が、唯一の楽しみだった。


 10分ほど休んだ後、そろそろ帰ろうかと立ち上がる。

 すると。


 ーーガサッ。


 森の奥から大きな音がした。

 驚いて、思わず声をかける。


「誰…?」


 返事はない。

 この森に人間が来ることは滅多に無い。

 おおかた鹿や猿の類いだろうが、不審に思った彼女は音のあった方向へ歩き出す。


「……!」


 茂みの先に、大きな影が見えた。


 そこにいたのは、地面に横たわるおおかみだった。

 この国では、遥か昔に絶滅したはずの生物いきもの

 ぜぃぜぃと苦しそうに息をしていた。


 ゆずりはが呆然とその場に立ち尽くしていると、狼はこちらの気配に気がついたようだった。


「……はぁ……はぁっ……!? 誰だ!!」


 狼は人間の言葉を発した。

 聞き間違えではない。

 恐る恐る、彼女は狼に話しかける。


「そんなことよりあなた…怪我してるじゃないの…! 大丈夫!?」

「…はぁ…はぁ…貴様には、関係ない…!」


 狼は強がってみせたが、怪我の具合は悪そうだった。

 全身が傷だらけで、傷口からとめどなく血が流れ、その血を吸って地面が赤く染まっていた。

 呼吸も段々と弱くなっていくように感じた。

 このまま放置すれば命を落とすことは、誰の目にも明らかだった。


「待って。私は敵じゃないわ。あなたを助けたいの……落ち着いて、まずは傷を見せて頂戴」

「…何故だ? お前には利益も関係もないことだろう…」


 狼は訝しんだ。剥き出しの警戒心を彼女にぶつけてくる。

 それを受けてもなお、彼女は距離を縮めた。


「あなたを見つけた時から、私にとっては無関係じゃなくなったのよ」



 倒れていた場所からすぐ近くに、今は使われていない廃屋があった。

 遠くまでは運べないため、一旦そこで傷の手当をすることにした。


 治療中、彼女に敵意がないことがわかったのか、狼は大人しくしていた。

 彼女は傷口に手をかざして霊力を注ぎ込んだ。すると眩い光が溢れ、瞬く間に傷が塞がっていった。

 全身にくまなく処置を施すと、彼女は汗を拭った。


「……これでよしっと。あとはゆっくり休めば、そのうち動けるようになるはずよ」

「……驚いたな。その力、お前何者だ?」

「通りすがりのただの巫女です。まだ見習いだけどね……。とりあえず傷は塞いだけど、動くとまた開く可能性があります。完全に治るまでは、この薬を飲んで安静にしているように」


 そう言って彼女は、薬草を煎じた薬を渡してくる。


「………」


 狼が何を思ったかわからないが、彼女は沈黙を肯定と捉えた。

 暫く黙っていた狼が、再び口を開いた。


「……俺が人間の言葉を話すこと、可笑しいと思わないのか」

「そりゃまぁ普通じゃないわね。でもただの狼じゃない。貴方、《妖魔》でしょう?」

「……!!」


 狼は狼狽した。


「知っていたのか……!」

「あなたに触れた時、そう確信した。でもなんだか……はっきり言って貴方からは、悪い気を感じなかったから」

「……あぁ。俺は人間を殺したり、無闇に誰かを襲ったりしない。生きるために仕方のない時だけだ。だが俺は、妖魔というだけで討魔師から狙われた。おかげでこのザマだ」

「そう……事情はわかったわ。とにかく暫くはここで休みなさい。食事はまた持ってきてあげるから」

「どうしてそこまでして俺を助けようとする?生憎だが礼できるようなものは持っていないぞ」

「私がなにか見返りを求めているように見えるってこと?」

「……違うのか?」

「そうねぇ……理由はわからないけど、あの時は、このまま貴方見捨てることはできないって思っちゃったのよ」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 狼は意外そうな顔を見せた。


「……わかった。疑ってすまなかった。君は……」

「私は楪。貴方の名前は?」

「俺の名は、トウヤだ」

「いい名前ね。よろしくね、トウヤ」


 こうして狼男と巫女見習いの秘密の関係が始まった。

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