じいちゃんの魂の入った
「な、何故だ⁉ 何故その名前を知っている!」
「やはりのう、その部隊章、それは634伊志威部隊の物ぢゃな。悪魔の実験部隊……」
じいちゃんは元軍人の経験がある。
だから何かを知っているのだろうけど、俺達は何もそんな事は知らない。
だが明らかに今まで冷静だったはずの軍人の亡霊の動きに乱れが見えた。
「よっしゃ、チャンスや! この二本三独鈷合わせ持ちのなんちゃって極太ビームソード、食らいやぁ!」
「ぬぅっ!」
「ワシもおるぞ。さあ、見るがよい。これがワシの奥義、
「くっ天狼丸が! ぐぅおおおっ!」
その激しい斬撃は、彼の持つ軍刀を弾き、今まで膝すら着かなかった軍人の霊は二人の攻撃を防ぎきれず、壁にまで吹き飛ばされた。
「……まさか、これ程だとはな」
今まで転倒どころか傷一つすら付かなかった軍人の霊が帽子を拾いながら立ち上がった。
そして、再び構えるのか……と思いきや。
バサッ。
彼はマントを纏い、軍帽を深くかぶり刀をしまった。
「興がそげた、今日のところは見逃してやろう。だが……貴公らがもし、万が一この現世の秩序を乱すとするなら、その時は容赦はせぬ。さらばだ」
「あ、ちょ、ちょっと待ちーや!! アンタ誰やねん!?」
「いずれまた会う時もあるであろう、陰陽師の女よ」
「だーかーらー人の話きけっちゅーねん!! アホー!!」
満生さんが叫ぶも、もうそこに軍人の男の姿はなかった。
……しかし、いったい誰だったんだ? あの軍人の霊は。
どうやらじいちゃんなら何か知っているみたいだから聞いてみるか。
俺は鵺のなかのじいちゃんに語りかけた。
「なあ、じいちゃん、あの軍人、知ってるのか?」
「ううむ、わしの記憶が……ぬ、ぬうぃおおおおっ!?」
「じ、じいちゃん! どうしたんだ!」
「わ、わしの力が……抜けて……」
いったい何がどうなっているんだ?
先ほどまで空っぽだった地鎮の壺がいきなり大きな音を立てたかと思いきや、空中に舞い上がり、壺は激しく回転しながら光を放ちだした。
これは、鬼哭館で紗夜と満生さんの霊力が封印された時と同じ現象だ。
まさか、彼女たちの霊力がまた壺の中に封印されようとしているのか?
どうやら俺の予感は当たったようだ。
壺が激しく回転するに従い、紗夜や満生さん、傲満にじいちゃんの鵺から何かの光が吸い出されたようになり、四色の光は螺旋になりながら壺の中に次々と戻っていった。
そして、再び蓋が閉じられた後は、俺がどう開けようとしても地鎮の壺の蓋はびくともしなかった。
「な、何故じゃ。いったいどうなっておるのじゃー!?」
「あ、アンタまたチンチクリンのぽんぽこタヌキに戻っとるで」
「何故なのじゃー、ワシのないすばでーはどこにいったのじゃー」
地鎮の壺に霊力を再び封印されてしまった紗夜は、ぽんぽこタヌキ着ぐるみの少女の姿に戻っていた。
いや、なんだか前よりも少し幼くなったようにも思える。
前が中学生か高校生くらいだったようなのが今は小学校高学年か中学生くらいに見える。
これって、ひょっとして地鎮の壺に封印された以上に先ほどの軍人の霊との対決で力を使いすぎたからなのだろうか。
わんわん泣いている紗夜は、どう見ても先ほど軍人の霊と戦ったのと同じだと思えないほどのギャップだ。
俺はぽんぽこタヌキ着ぐるみの上から彼女の頭を撫でてやった。
すると、さっきまで泣いていたのが途端に満面の笑顔になっている、マジでこの娘の心境がまるで読めないな。
「
「う、うん。こっちは大丈夫だよ」
「よかったでござる。どうやらあの軍人のおばけはもういないようでござるな」
「ワイあんな怖いのもう勘弁やで」
罪堕別狗(ザイダベック)の三人が転がっていた地鎮の壺を拾い、俺のところに運んでくれた。
なんだかんだ言っても彼らももう俺達のツムギリフォームの仲間なんだよな。
「巧―。あーしな、今のうちにやっとかないかんことがあるねん、帰るのもうちょっと待ってーや」
「満生さん、わかりました」
どうやら満生さんは今のうちにここに残った霊を一気に浄化してしまおうというつもりのようだ。
でも、地鎮の壺に本来の力の大半がまた封印されてしまったのに、それでも出来るんだろうか。
「ほな、ちょっと本気出すで、いっくでー、一気に浄化するからなー、覚悟しーや」
だが、先ほどの紗夜と満生の戦いをここの霊達も見ていたのだろう、誰一人として満生さんに歯向かってくる者はおらず、浄化されるのを待っているようだった。
「アンタら、ここで死ぬまで働かされとったんやろ。それも工場爆発した後もあのクソにこき使われて成仏できんかったんやな、安心しーや、一流の陰陽師のあーしがきちんと送ったるかんな」
満生さんが何かの呪文を唱えると、あたりに漂っていた霊達が光の中に次々と消えていった。
どうやら満生さんの力でここに囚われ続けていた霊達がようやく解放されたのだろう。
俺がほっとして安心していると……。
「タタタタタ、タクミー、わわわ、ワシの姿が、ううう薄くなっておるのじゃ。いいぃいったいこれはどうなっておるのじゃ!?」
あーあーあー、そういえば紗夜も悪霊姫、つまりは霊だった。
どうやら満生さんの呪文は霊を浄化するもの、その影響で紗夜も浄化しかけているようだ。
「いやなのじゃー、まだ、ぽてりこ全部食べておらんのじゃー」
オイオイ、消えかかってての未練がそれかよ。
だが、紗夜は俺にぽんぽこタヌキ着ぐるみのまま、しっかりとしがみついてくると、少し薄かった彼女の姿が元の状態に戻った。
いったいこれってどうなってるんだ??
「あ、すまんすまん、どうやらこの浄化の呪文、広範囲だったみたいでアンタの事まで巻き込むとこやったみたいやな」
「何を言っておるのじゃー! ワシが消えてしまうところだったではないかぁー!!」
この二人のやり取り、少し前まで軍人の霊と命がけで戦っていたとはとても思えない軽いノリで少し安心できた、それにしても紗夜は何故俺にしがみついたら存在がはっきりしたんだろう?
俺は反対にその場にいても気づかれないなんて大半だったのに、高校の卒業写真の時なんてトイレ行ってて戻ってきて写真終わってたの聞いて再度取り直してもらったくらいだ。
また、自動ドアに挟まれるなんて日常茶飯事だし、自分でも影の薄さが気になるレベルなんだよな。
まあ俺の話はどうでもいいから、とりあえず浄化も出来たみたいだしそろそろ家に帰ろう。
甚五郎さん達には解体に関しては特に問題なかったから作業とりかかっても大丈夫だと仕事を始めてもらって、佐藤武蔵建設には地鎮祭を行う事を伝えておかないと。
さあ、とりあえず家に帰るか、母さんがご飯を用意してくれているはずだし。
◆
後日、お化けマンションは変な事故や現象も無く、解体工事が進められる事になった。
その際、地鎮祭を執り行う事になり、佐藤武蔵建設の指定した神主を呼び、儀式はしめやかに執り行われた。
「あんな神主よりあーしに任せたら間違いなく何も起きひんねんけどなー、でもあーしがやったらアホみたいな金になるし、それに勝手な事やったら本家のオトンや兄やんに怒られるからなー」
「満生さん! なに酒飲んでるんですか!!」
「そうなのじゃ、まったくおぬしは反省というものがないのか?」
そう言っている紗夜も、儀式の間にぽてりこをこっそり隠れて食べてたの気づいてるんだけど……。
まあ地鎮祭は無事に終わり、このお化けマンション跡はショッピングモールららもーとになることが確定した。
ふう、ようやく一件落着か。
……だが、事故物件請負人の仕事はこの後ももっと多くの案件を抱える事になる。
しかしその時の俺はまだそんな先の事は何も知らなかった。