「そのなぁもそのー名もー……がっだぃいぃーんごぉ! なのじゃぁあ!」
「やめろやめロ、今すぐにその下手糞な歌ヲやめるのジャァァァアッ!!」
しかし何というか、音程もメチャクチャでハズレまくり、声はデカい、抑揚はまるで無い。
いわば、まさに幼稚園児の子が歌詞を頑張って叫んでいる状態だ。
紗夜の地獄のリサイタルの演目は、マシンダーAに超電磁メカ・ガッダイン5(ゴー)、宇宙兄弟テツジーン、鉄巨人イチナナ、鋼鉄の騎士ガシャーンにライガーマスク、魔女っ娘ララちゃんと続いた。
しかしよくこんな古いのばっかり知ってるな、まあ、一応家にケーブルテレビが入ってて宝映チャンネルやアニメマスターX、オコサマステーションといった専門チャンネルで過去のアニメや特撮の再放送やってるからそれを見ているのか。
どうやら俺がやり方を教えないと、パソコンやスマホ、タブレットで見れるネットで配信しているアニメは見れないみたいだからな。
紗夜のこの強烈な怪音波とも騒音ともいえるレベルの歌は、眠りを操る悪魔
「うわぁああーん、テツジーンはこんなのじゃないよぉぉ」
「ガッダインが壊れちゃうよぉー」
「ママー、ママー……」
……紗夜の歌は、敵味方関係無く、この場にいる全ての者に精神的な大ダメージを与えている。
そういう俺もさっきから耳がキンキンして頭が痛い。
だが、一番ダメージを受けているのは間違いなくあの内屠馬亞だろう。
紗夜のあまりの歌声に両耳を手で押さえるのに必死で、馬頭琴のモーニングスターは地面に転がったままだ。
「ウォオオオ、これほど下手な歌、悪夢すら目覚めてしまうのジャァァアッッ!!」
内屠馬亞が敵ながら哀れというくらい、地面にのたうち回っている。
――そうだ、今のまだ気づかれていないうちに、あの馬頭琴のモーニングスターを炎の中に投げ込んでやろう。
俺は内屠馬亞に気づかれないように近づき、馬頭琴を両手で抱えた。
ズシッと重い馬頭琴は、俺が両手で抱えてようやく持てる重量だった。
「くそっ、重いっ」
「あーっ、それはワシの、返セ、返すのジャァアァッ!!」
「返せと言われて返す馬鹿がいるか!!」
俺は馬頭琴を抱え、炎の中に思いっきり投げ込んだ。
流石にあのモーニングスターの鉄球は重すぎて俺一人じゃ絶対に持てないからこれくらいしか出来ない。
「貴様ァアア、許さんゾォォォ! い、痛イッ! 脳が、頭がすりこぎで潰されるようナ痛さだァアァ!!」
紗夜の歌は確実に内屠馬亞の魔力を削いでいるようだ。
だが、奴にとっての悪夢はまだ終わらなかった。
ノリノリの紗夜は、普段のぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマスタイルからいつの間にやら、フリフリリボンのアイドルスタイルに変わっていた。
これって、母さんの部屋で以前見た魔法のアイドル・ミラクル☆エイミのステージ衣装だよな。
でも少し違うと言えば、足のブーツの部分がタヌキ着ぐるみパジャマのスリッパで、手の部分に肉球グローブ、カチューシャがたぬき耳バンドっぽくなっていて後ろに可愛い大きな尻尾があるくらいか。
だが、可愛いのは見かけだけだった。
「ワシのおんすてーじ、第二幕の開始じゃぁー!!」
ゲッ、この地獄のリサイタル、まだ続くのかよ!!
今度の歌は、クラッシャーペアのチェチェチェチェイス! とか、銀河新風ザンシンガーとかMUSYAウォリアーズのサムライ・スペクタクルだとか、飛行戦記バリグナーの夢色・セレナーデとか、超機動要塞ギガロスのアイ・シンジテイマスカとか……紗夜のバリエーションひょっとしたら俺よりよっぽど多いぞ。
しかもどれもが全く似ていないというかすでにオリジナルかってくらい的外れ、もう歌詞も英語の部分とかワケわからずにテキトー言ってるもんだからさらにカオス。
まあ内屠馬亞はかなり弱り、アイツの作った悪夢の空間に燃え盛る火はかなり勢いが落ちているようだ。
「見つけたで、出口はそこや!!」
「え?
「四の五の言っとる場合や無いんや、ここはあーしに任せとき」
そういうと満生さんは、手に持った二本の三独鈷から霊気を発し、ビームサーベルのようなものを作った。
「見ときや、これがあーしのなんちゃってビームソード二刀流、バッテンクロスアタックや!!」
満生さんが放った剣圧は、十文字を描きながら炎の中に一本の道を作った。
「ほいで……これや! 頼んだで、エスケープくん」
満生さんが胸から呪符を投げると、斬り裂いた道の向こうの壁に張り付いた式神は、ドアの形になり、上には緑色の非常口のマークが出現した。
「な、何をすル、貴様ァ、やめロォォォオッ!!」
「ええか、みんなあっち向かうんや、おはなし、押さない、走らない、泣かない、しゃべらない、やで。
「わかった、みんな……あっちに行くんだ!」
俺は苦しむ内屠馬亞の横を通り過ぎ、子供達を非常口に送り届けてやった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ボク……これで、帰れるんだ」
「ママ、そっちにいるのね」
子供達が光あふれる非常口に踏み込むと、その姿が溶け、花を撒き散らしながら魂になって天に昇っていくのが見えた。
子供達の霊は満生さんの作った非常口から天国に向かい、消えていったんだな。
「や、やめロ、ワシの……ワシの力が、ドンドン抜けていくのジャァァ……」
内屠馬亞は、子供達の苦しみの感情を失い、苦しんでいた。
そして紗夜は、歌を歌い切り満足した様子で普段のぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマスタイルに戻っていた。
「さて、そろそろお仕置きが必要じゃな……覚悟せい!」
「な、何ジャ、その黒い液体ハ?」
「貴様の炎、ワシがこの甲羅で吹き飛ばしてやるのじゃ」
そういうと紗夜は思いっきり2リットルのポカコーラペットボトルを振り出した。
ひょっとして、このコーラでこの悪夢空間の火を消そうと言うのか?
「食らうのじゃ、これがワシのぽか甲羅しゃわーなのじゃー!!」
「グワァアアアッ!!」
紗夜の撒き散らしたコーラシャワーは、通常じゃありえない量と勢いで次々と燃え盛る火を消し止め……そしてその勢いのまま空間の壁を溶かしてしまった。
「しまったァアア! ワシの魔空間が、こんな事デェエエッ!!」
内屠馬亞は、紗夜が空間に風穴を開けた事と、満生さんが子供の霊をこの場所から逃がした事で、エネルギーを失いムキムキマッチョの姿から痩せ馬のようなガリガリになっていた。
「アンタ、子供いじめるってマジで根性ババ色やな。あーしがそんなアンタに相応しい末路用意したるから、覚悟するんやな」
「なんだト、このパープリン女。痩せても枯れてモ、ワシは夢魔・内屠馬亞。ただの人間の手で滅ぼせるようナ存在ジャないワ」
「ほう、言うたな。あーしの力、見せたろうやないの」
そう言って満生さんは地面に呪符を投げ、結界を作り出した。
「ノーマクサーマンダー・ボダナン。アビラウンケンソワカ! おいで、エサの時間やで」
「グルゥウウウウウウウ」
満生さんが結界の中の毛むくじゃらの生き物に何かを語りかけている。
アレは? いったい何なんだ?
そして……白と黒のツートンカラーの生き物が姿を現した。
え? アレって、以前志葉動物園で見たことあるような気がするんだが……。
満生さんが呼び出したのは……大人しそうなマレーバクだった。