「へっ? 何でアンタが出てくんねん。あーし、
でも本当は饕餮という霊獣を呼び出すつもりだったらしい。
「ゲハハハハハ、何ダ、その弱そうなヤツハ、驚かせおっテ、許さんゾ!」
――大笑いした後、マレーバクにしか見えない獣めがけて馬頭琴モーニングスターのトゲ付き鉄球をぶん投げた。
「むきゅうう!」
なんともラブリーな鳴き声でマレーバクは攻撃をよけたが、その後ひっくり返ってしまい、手足をバタバタさせている。
「あーもー、頼りないやっちゃなー。
満生さんが何とも切なそうな目で獏之介を見ていた。
「あ、あの……満生さん、その子、何なんですか?」
「あー、この子はな、真玲獏之介っちゅーて、あーしが昔霊獣を呼び出す修行した時に獏を呼ぶついでに、どうせならバクってだけに見た目マレーバクにしたろ、っと思って生み出した霊獣や。でもいくら霊力足りんっつーても、饕餮呼んだはずがこの子出てくるなんてなー」
何だよそれ、名前系バラエティを地でいった形か。
それで、本来呼び出すつもりだった饕餮って、確か何でも食べるヤバいヤツってゲームで見た覚えがあるような。
「あーあ、アカンわー、饕餮呼ぶつもりやったのにパワー不足で獏之介来るなんてなー、もうあーしの力全部使ってしもたわ」
満生さんは獏之介を呼び出して全部の力を使ってしまったそうだ。
「なんじゃ、だらしのないヤツじゃな。それではワシがこの獏之介とやらに力を与えればいいのじゃろ、獏は瑞獣、ワシが力を与えてやるのじゃ」
そういうと紗夜は体からピンク色のオーラを発し、その霊力を手に持った2リットルペットボトルのポカコーラに注ぎ込んだ。
「本当なら霊刀蓮雅があればそのまま霊力を渡せたんじゃがな、まあこれでもどうにかなるじゃろうて、ほれ、ワシの霊力の満ちた甲羅じゃ、飲むがいい」
「キュウウウン、クゥルキュウウンッ」
獏之介はひっくり返った姿のまま、紗夜のポカコーラを喉に流し込んだ。
……すると、紗夜の霊力に満ちたコーラを飲んだ獏之介はみるみるうちに大きくなり、その大きさは内屠馬亞を見下ろす程の象のようなサイズになった。
「モキュ……キュウウン」
デカくなっても鳴き声は可愛いままかよっ!
「ななな、何ジャ! 貴様ハ!?」
「キュウウウウン」
内屠馬亞は、モーニングスターの鉄球で獏之介を殴ろうとしたが、そのふわふわな長い白黒の毛に阻まれ、まったくダメージを与えられなかった。
獏之介はのっそりと起き上がり、つぶらな瞳で口を大きくあんぐりと開き、内屠馬亞を……バクンッ! と一飲みにした。
「ばっ……
「えっ? それ……誰?」
「なっ、何じゃと!? ここでアヤツの名前を聞くとは!」
紗夜は内屠馬亞の断末魔の叫び声を聞き、何かを感じたみたいだ。
その証拠に彼女の顔が普段に無いくらい、かなり眉間にしわを寄せた形相になっている。
紗夜は何か知っているのだろうか?
一方、内屠馬亞を一飲みにして満足した獏之介はゴロリと転がり、お腹を見せて寝ころんだ。
安心した俺達だったが、そうも言っていられない。
主を失った空間がボロボロと崩れ始めたようだ、火は完全に消し止められたらしい。
そしてなんと、空間に地震が起き、ヒビが入った。
「困ったなー、どうやらあのナイトメアってのが死んでここの空間が壊れ始めとるで」
「う、うむ。どうやらそうみたいなのじゃ。満生、何か手はないのか?」
「そんなこと言うたかてなー、あーしももう力使い果たしてるねんで」
すると、風穴からヒビが大きくなり、空間に巨大な穴が開いた。
「やるやん、獏之介! アンタの事見直したで」
「うむ、ワシの部下にしてやってもよいのじゃぞ」
獏之介は俺達を大きな鼻でつかむと、背中の上に乗せた。
そして、のっそりのっそりとゆっくり歩きだし、内屠馬亞の空間から歩き出し……空間の外に出た。
俺達が覚えているのはそこまでだ、何故なら俺達はそのすぐ後に全員意識を失ってしまったようだ。
◆
「オイ、君たち、君たち!! 目を開けなさい!!」
「え? アレ? ここは??」
「何を寝ぼけてるんだ、ここはデッカカメラ四階寝具売り場だ! それより何だこの有様は!?」
俺達が目を覚ますと、そこはデッカカメラ四階の寝具売り場だった。
だが、寝具売り場は燦燦たる有様になっていた。
高そうな羽毛布団はコーラまみれ、それにソファーベッドは何か上にデカいものが乗ったようにリクライニングが完全にパー、挙句の果てには白と黒の動物の毛まみれになっていた。
「ええっと……この後、どうなんの?」
俺達が寝具コーナーの地獄絵図を見下ろしていると、制服姿の警備員が二人、無言でやってきた。肩幅広めのベテラン系と、無表情の若手だ。
「……ちょっと、警備員室まで来てもらえます?」
問答無用のトーンで、俺達は誘導された。
デッカカメラの警備員室。モニターが壁一面に並ぶ中、パイプ椅子に三人並ばされる。
「責任者がテレビ通話で出るから。事情、ちゃんと説明してくれよな」
警備員の一人がリモコンを操作すると、壁のモニターに四角いメガネの中年男性が映る。営業スマイルゼロの無表情、スーツの襟に小さく「DEKKA」のロゴバッジ。
――デッカカメラ紀國店の店長だ。
「やあ、君たち。まずは、どうしてあのような惨状が発生したのか説明してもらおうか?」
落ち着いたが、明らかに怒気をはらんだ声。
「いやー、あのな、うち異世界飛ばされてもてん。ほんでな、三人で冒険の末……大魔王……ナ、ナンカスゴイワー三世と一騎打ちして、帰ってきたら寝具売り場ボロボロってわけや! ははっ」
満生が満面の笑みで胸を張るが、画面の店長と警備員たちは一斉に無言になった。
「……そうかー。どこかで聞いたことあるような名前だな。それで……その大魔王を倒して帰ってきたと?……」
「…………」
「……ふざけてる場合かッ!!」
「うぇぇっ、すんませんて!」
店長の怒号が響き、満生が首をすくめる。
そこで、俺が本当のこと――夢を操る化け物「内屠馬亞」、そして獏之介による脱出劇を簡潔に説明した。
「……なるほど」
店長は腕を組み、目を閉じる。
「そうか、確かにここはかつてキコク百貨店があり、今でもお客様から変な現象があるという声は聞いていたが、こんな事だったのか……」
何かに思い当たった様子で、彼はしばらく黙りこくった。
「とにかく、今日はもう帰ってくれて構わない。ただし――後日、必ずもう一度来てもらう。大丈夫だ、悪いようにはしない」
そう言って、画面の店長は画面越しに一礼し、通話が切れた。
「えっ……また来なアカンの……」
満生がこぼすが、警備員は無言でドアを開け、俺達はようやく解放された。
――そして数日後。
デッカカメラ紀國店の店長に呼び出された俺達は、目の前で請求書を見せられた。
その金額……六桁超え!!
しかし、それを店長さんは俺の目の前で破り捨てた。
「確かに寝具売り場の復旧には苦労しました。しかし、貴方がたが言った事が本当だったみたいで、ここ数日は四階でおかしな現象は何も起きていませんでした。以前からあの場所では寒気がするだの、ここで寝具を買うと悪夢を見るだの変なクレームが多かったんです。そこで……ツムギリフォームさん、貴方たちに是非このデッカカメラ紀國店の除霊とリフォームをお願いしたいと思いまして」
なんと、店長さんは俺達が内屠馬亞を退治したのが本当だと信じてくれたみたいだ。
「うーん、わかったけどな、でも一つだけ条件あるんやけど……聞いてくれるならやったるで」
「条件……ですか? もし聞ける事でしたら」
「せやな、この除霊とお祓い、あーしがやったって事は、絶対に誰にも言わんといてほしいんや、特に蘆屋の実家に請求なんて行ったら、あーしオシマイやからな」
成程、満生さんは実家に霊的な仕事をしたことを知られたくないのか。
「わかりました、守秘義務で約束はお守りしましょう」
「わかったで、ほな……始めるで!」