そして……トイレから戻ってきた満生さんは普段のだらしない変Tシャツではなくジャケット姿にすらっとしたパンツスタイル、そして……胸には般若心経の全文がプリントされたTシャツを着ていた。
――マジで彼女のTシャツの出所がどこなのかまるで謎だ。
これってたぶん以前お化けマンションに行ったときに彼女が言っていたガチTってやつなんだろうか。
「店長はん、アンタはここがどんな場所かは知っとるんか?」
「え、ええ。一応は。以前ここに在ったのが大火災で大勢の犠牲者を出してしまったキコク百貨店で、弊社のキクニ店がこの場所が立地条件がいいからと建てられたと聞いております」
「そりゃそうやろ、こんな曰く付きの場所、二束三文でもふつうは誰も買わへんで。ここの運気は大凶、最悪や。それに……ここまともに地鎮祭やって建てたんか?」
満生さんが普段に無い真剣な表情で店長さんと話をしている。
「ふむ……この空気……まるで乱暴取りの後のようじゃ……火に焼かれ、犯され、無念を呑んで果てた者たちの声が、まだのう…………なーんて、言ってはみたが、今のワシじゃとサマにならんのう」
「えっと、私が聞く限りは、建物を建てた際に神主を呼んで地鎮祭をしたという記録はあるようですが……」
「そっか、並の神主じゃここにいるのは祓いきれんわ、そりゃあしゃあないな……安心しーや、あーしがここ綺麗にしたるから」
そういうと満生さんは胸元から呪符を取り出し、それを使って何かの呪文を唱え始めた。
今日はデッカカメラ紀國店は棚卸の為全日休業という形にしている。
その為、ここにいるのは俺達ツムギリフォームのスタッフ達とデッカカメラの店長、フロアマネージャー等の幹部だけだ。
満生さんが呪文を唱えると、今まで見えていなかった真っ赤な色の魂が次々と姿を現した。
彼女の霊力で本来霊の見えないデッカカメラの店長さんや俺もその姿が見え、声が聞こえる。
犠牲者の霊達はそれぞれが、苦しい、痛い、助けてほしいと呻き続けている。
こりゃあこのデッカカメラ紀國店が怪異の巣窟と言われるのも仕方ないよな。
店長さん達はあまりの異常ぶりに戸惑っている。
「アンタ達、辛かったな。熱かったな……もうええんやで、あーしがきちんと導いたるからな」
満生さんは優しい笑顔で霊達に語り掛けている。
まったく、これが毎日アームストロング缶チューハイを飲んでは家でグースカ寝ている残念美人と同一人物だと誰が思うのやら……。
満生さんが胸元から出した呪符は……あれは、エスケープくん?
エスケープくんは満生さんがデッカカメラの北東にある非常口に呪符を貼り、そこに光の出口を作った。
「このエスケープくん、本当はあーしが修行とかお仕置きから逃げる為の出口作るためにこしらえたんやけどな、こういう使い方もあるんやで」
満生さんの貼ったエスケープくんの出口は、光り輝き……天国への扉になった。
「ほなあっち逝き、アンタ達の求めた出口があるで!」
満生さんが指さすと、真っ赤だった亡霊が出口に到着し、色がどんどん真っ白に変わり、天に消えていった。
「ああ、出口だ……」
「ほらほら、ママと一緒に行くわよ。手を離さないで……」
「うん、ママ。ぼく、ママといっしょならこわくないよ」
「ありがとう……ありがとうございます……」
なんだか涙腺が緩くなってきた。
どうやら店長さんも持っていたハンカチで眼鏡をぬぐっているようだ。
ついでに鼻もかんだけど、そのハンカチもう一度ポケットに入れるの!?
これでようやく……キコク百貨店の犠牲者達は天に還る事が出来たんだな。
だが……一人、残り続けようとする人がいた。
彼は? 何故……ここに残るのだろうか、何か心残りでもあるのだろうか。
「のう、おぬしは何故皆とともに行かぬのじゃ?」
「ワタシは、このヒガイをトめられなかった……。この……サンゲキは……ワタシの……せいなのです……」
どうやら最後に残ったのはキコク百貨店責任者の霊のようだ。
「アンタ、なんか心残りがあるみたいやな」
「「ワタシは……サイさん、シャチョウに……ヒナンケイロと、スプリンクラーのセッチを……テイアンした……だが、アイツは、それをキこうとしなかった。ヒノ……エンジョウ……ユルサナイ……」
ヒノ……エンジョウ? 何だそれ??
「わかった、アンタの気持ちはよーくわかった。あーしがそいつを絶対にシバき倒したるから、もうアンタももう逝きや」
「そうなのじゃ、ワシらがその腐れ外道をお仕置きしてやるんじゃ、だからそなたももう眠るとよいのじゃ」
「カンシャ……します……」
責任者の霊は俺達に深く頭を下げると、全員がエスケープくんから旅立ったことを確認し、再度頭を下げてから扉の中に消えていった。
最後の霊が出口から姿を消すと、エスケープくんの姿が光り、そこはただの普通の非常口に戻った。
そして……あとは静寂だけが残った。
「ありがとうございます、それでは……除霊のお金は……無しという事でお願いします」
「へ? それどういうこっちゃねん?」
「ですから、除霊のお金と、あなた方の破壊した寝具売り場の弁償被害総額を相殺という事で話を進めましょう、これでしたら蘆屋の本家に請求も届きませんでしょう」
「あちゃー、これやられたわー。せめて、パチンコ代か酒代くらいは……出してーな」
なんとも泣きそうな満生さんの顔を見た店長さんは、「わかりました、それでは商品から好きな物を一つお持ちください」と言ってくれたので、満生さんはゲームソフトの虎が如く関西怒涛変、紗夜はスーパーハリオデラックス、俺は……大砲の達人のゲームソフトをもらう事にした。
そしてそれとは別にきちんとした契約書で後日ツムギリフォームとしてデッカカメラ紀國店の修繕を仕事として請け負う事も決まった。
契約を終えてデッカカメラ紀國店の外に出ると、外は優しい雨がしとしとと降っていた。
「おや、雨じゃのう……ワシの衣装が濡れてしまうわい」
「せやな、でもなんか優しい雨やな」
「そうだな、まるで……火災の犠牲者が求めた水を誰かが与えようとしているのかも……」
――この時、俺は確かにそう感じた。
この雨は優しく降り注ぎ、犠牲者を悼むような雰囲気を感じたんだ。
そして、キコク百貨店、デッカカメラ紀國店を舞台にした物語は終わりを告げた。
◆
「なーなー、ここはどれ選んだらええと思う?」
「え? 満生さん、この選択肢って……」
俺が満生さんのプレイ中のテレビゲーム、虎が如く関西怒涛変を見ると、謎の選択肢が目に入った。
虎が如く関西怒涛変は、関西猛虎会所属のステゴロヤクザ
その中にあった選択肢が……。
・中に突入する。
・その場で待機する。
・鯖を焼く。
の三つだった。
――鯖を焼く?? 何じゃそりゃ!
「のう、この鯖を焼くとはどういうことなのじゃ」
「なんやぽぽぽん姫、そのままの選択肢やろ、鯖を焼くだけや」
「そうか、それではタクミの母上に七輪と鯖をもらって来るのじゃ」
お、オイ! 紗夜、何をするつもりだ!?
「母上どのー、七輪と鯖はどこにあるのじゃー」
「あらあらまあまあ、紗夜ちゃん、七輪は倉庫で、鯖なら冷蔵庫にあるわよ」
母さん! 何真に受けているんだよ!
紗夜はドヤ顔で鯖と七輪を持ってきて、じいちゃんの部屋で焼き始めた。
「このドアホ! 何鯖焼き始めとんねん!」
「何故じゃ? 満生が鯖を焼くと言ったではないか」
あーもー、どうすればいいんだよこの二人。