「ドアホかー!! 本当に鯖を焼くアホがどこにおるねん!?」
「何故なのじゃ、鯖を焼けばげーむが進むのであろう」
この二人のやりとりはともかく、ここで七輪で鯖なんて焼いたら煙で部屋が大変なことになる!
実際煙が黙々と立ち込め、子ザルの作造はさっさと部屋から逃げ出した。
「
罪堕別狗(ザイダベック)の
「アカン! 煙モクモクや、コレ間違いなく火事でっせ!!」
「かかか、火事でござるー! 水だ、水!!」
俺、何故か水を汲んだバケツを見ると寒気するんだよな……。
でもそれよりちょ、なんでバケツ!? バケツはマズいって!!
ザバシャー。
あーあ、遅かった……。
哀れ鯖は真っ黒に焦げてしまい、さらにじいちゃんの部屋は水浸しになった。
「バカモーン!! わしの部屋で何をやっとるんぢゃ!!」
「ゲッ、じいちゃんの声? でも作造はどっかに……」
「わしはここぢゃ!」
じいちゃんの声が聞こえてきたのは、床の間に飾られたぽてるこんぐの大きなぬいぐるみからだった。
そうだ、このぬいぐるみ……怪異の色濃い玩具屋敷から紗夜がもらってきたヤツだ。
「お前たちはわしの部屋を火事にするつもりか? 少しは反省せい!」
「うう、すまんのじゃ」
「なんであーしも謝る事なるねん。悪いのぽぽぽん姫やろて」
仕方なく俺も一応じいちゃんに謝ることにした、これは監督不行き届きとしてだ。
「ねえ、みんな……これはどういうことなのかしら?」
「か、母さん?」
そして……じいちゃんだけでなく、俺達は母さんにもこっぴどく叱られた。
紗夜は今日おやつ抜きと言われ、泣きべそを、
ご飯の後ようやく少し落ち着いたので満生さんが昼間の虎が如くの続きを進めていた。
「のう、それで……この鯖を焼くってのは結局何だったんじゃ?」
「うっさいわ! アンタのせいで今日あーしまで怒られたやないの。あームシャクシャする。こうなったらめっちゃ暴れたるでー、行け、
満生さんが、鯖を焼くの選択肢を選ぶと、ゲーム内では七輪を用意した関西猛虎会の組員が本当に腐った鯖を焼き始めた。
そして、用意した大型扇風機を阪神射手前組の方に向けると、事務所からいぶり出されたチンピラ連中が次々と姿を見せた。
「よっしゃー、フルボッコにしたるでー!!」
成程、意味の無さそうなワケわからない選択肢が、こんな効果的なものだったとは。
とにかく疲れた……今日はもう寝よう。
◆
「なーんかいいことねーっすかねー」
「税金は上がる一方、善良な市民のおれ達はいじめられるだけかよ」
「あーあ、どっかに大金転がってないかなー」
ここはどこかのボロアパート。
そして二人は
鬼哭館から逃げ出した後、メゾンキコクの入居案内が来ていたのだが、その家賃が払えないので何かいい金儲け方法が無いかと話し合っている。
「そういえば……金儲けの方法無いわけじゃないんだわ、っちっと危ない橋わたるけど」
「マジかよ、早く教えろよ」
「ホテル
「!?!?」
五条はホテル勝魚の名前を聞いて驚いていた。
「あああ、あそこだけはマジヤバいって……
「バカだな、だからだよ。あそこは今や
自信ありげの八代に対し、五条は及び腰だ。
「マジかよ、オバケとかマジ無理だし……」
「バーカ、オバケよりカネだろ? カネ!」
彼らは幽霊アパートと呼ばれた鬼哭館の元住民だ、まあ……幽霊騒動は満生の仕業だったんだが。
「お化けが怖くて金儲けができるか! それに今はあそこ誰もいないんだろ、だったら九十九組の財産取り放題じゃねえのか?」
「でもよぉ、八代っち、そもそもあそこなんでああなったか知ってるのか?」
「ああ、情報筋から聞いたことある、確か……
彼らの話した内容はこうだ。
始野零――千手会構成員・一文字了の彼女だった女が、事件の発端だった。
下総市界隈には九十九組と千手会という二つの暴力団が存在し、その千手会の構成員一文字了の彼女が阿僧祇コンツェルンの
その後阿僧祇は使い捨てにした零を九十九組に払い下げにし、彼女は薬と暴力でボロボロにされた。
その敵を討つために一文字了がホテル勝魚に殴りこむも返り討ちになり、千手会若頭の
だが、九十九組は千手会の会長
億助会長の敵討ちとばかりに千手会と九十九組が全面抗争になり双方全員が死亡した……という話だ。
「やっぱヤベえじゃんかよ、祟られたらどーすんだよ」
「オイ五条、このままチンピラで終わるつもりか? どうせならサクセスしようぜ」
五条は渋々、八代に連れられる形で下総市の海岸沿いにある廃墟、ホテル勝魚を目指した。
車の運転ができるのが五条で、八代は酒ばかり飲んでいるので運転できないからだ。
むしろ、八代が五条をけしかけたのは、運転役で気心の知れた仲間が必要だったからだと言えるだろう。
だが、そんな彼らを追いかける車がある事には二人は気が付いていなかった。
「あのチンピラコンビ、また何か悪だくみをしているな、今度こそ違法薬物の取引を見つけ出してやる!」
頭の少し剥げかかったこの人物は
元警官で麻薬捜査担当だったが、五条と八代がそのブローカーだと張り込んでいた。
彼も元鬼哭館住人だが、徹底して五条八代の二人とは顔を合わさないようにしていたので、二人は彼の顔を知らない。
この三人が到着したのは、高速道路沿いに存在するホテル勝魚だった。
ここはNR下総線の線路沿いにあるのでよく電車では見えるが、廃墟なので誰も立ち寄らない場所だ。
廃墟になる前は九十九組の構成員達が入りびたる九十九組の本部ともいえる場所でもあった。
そして三人は、偶然にも怪異の巣窟、ホテル勝魚へと導かれつつあった。
一方その頃、ホテル勝魚では――。
荒れ果てたエントランスホールに、ひとつ、またひとつと灯りが灯る。
誰もいないはずのロビーに、自動でカチャリと開くドア。
割れた鏡の前には、白い着物をまとった女の姿が、音もなく立っていた。
女の顔は、なかった。
その背後から、ずるり、と濡れた縄のようなものが引きずられる音が響く。
「おかえりなさいませ……まだ……地獄は終わっておりませんのよ……」
◆
「なんでワシがおやつ抜きにならにゃならんのじゃあああ!!」
「うるさい! こっちは禁酒で禁断症状出とるっちゅーねん!!」
風呂場でケンカする二人の間に、子ザルの作造がバナナを投げ込む。
「まぁまぁ、バナナでも食って落ち着けや」
「バナナじゃ腹の虫はおさまらんわい!!」
「そもそもなんであーしが鯖焼いたゲームに巻き込まれなアカンねん!」
このバカ騒ぎが、まだ怪異の序章に過ぎないことを、この時誰も知らなかった。