地獄の惨劇、子ザルの中のじいちゃんによるバーベキューの阿鼻叫喚の大量の目玉貝騒動(
俺の弟、操太は、磯の方に行って貝を並べて遊んでいるみたいだ。
その貝の殻に例の目玉貝(怪柱)があったけど、殻だけなら問題ないのかな……。
◆
あーしが磯の方に行ったら、何やら可愛いのおるやん、ってあれ……
あーしは鬼より怖いオトンと邪神より強い兄やんがおるけど、弟おらへんねんなー。
しかもあの操太くん、めっちゃ可愛くて女の子の服着せたら間違いなく男には見えへんで。
はー尊い。まさに眼福やなー。
――と、思っとったら。
「んしょ、んしょ……できたー。貝のお城だー」
「ぽぽぽ……ぽぽ」
「え? おねーさん、誰?」
何やらきっしょい白い長いワンピース着た白い麦藁帽のめっさデッカイ女が操太くんのとこに来よったやないかい、アイツ……誰や?
アイツ……どう見ても人間やないな、人間であんな馬鹿デカイ女おったらバレー選手か女子プロくらいのもんや。それに……あの漂う妖気、どう見ても怪異や。
えっと……確か八尺様やったっけ。
薄い本とやらではよく見かけるおねショタ枠の妖怪みたいやけど、アレはガチモンや。
本人悪意無いかもしれんけど、操太くんがアイツに連れ去られたら巧ブチ切れるからなー。
「ぽぽ……ぽぽ」
「なーに、おねーさん。ぼくと遊んでくれるの?」
「ぽぽ……」
――なーにええ感じの空気なっとるねん! 怪異の入り口やないか!
それに操太くんがこのままじゃどんどんトロンとした目になってくわ。
「のう、満生。あそこにおるたわけ者はなんじゃ?」
「あ、アンタ知らんかったか。アレは八尺様っちゅー怪異や。せやな、アンタのいた時代にはおらんかったんか」
「タクミの弟に手を出そうとは、許せん不届き者なのじゃ、ワシが成敗してくれるのじゃこの新たな蓮雅で粉々に粉砕してやるのじゃ」
「あ、アカンて。そのスイカ叩き潰した棒は!」
あちゃー、今
血じゃないけど真っ赤な液がべったり染みついてて、あんなもんで八尺様叩いたら操太くんにトラウマ与えてしまうわ。
「やめとき、ここは穏便に話し合いで帰ってもらうんや」
「なんじゃ、仕方ないのう。せっかくスイカでは物足りないこの新しい蓮雅の叩き具合を試したかったのじゃが」
ただの棒にたいそうな名前つけなさんなって……。
あーしとこのぽぽぽん姫は八尺様の所に歩いて向かい、上に目を向けた。
「姉さん、悪いけど……この子はあーしの弟やねん、だから……大人しくここは去ってくれへんか?」
「そうなのじゃワシも操太どのの手前、ここで荒事をしたくはないのじゃ」
「ぽ……ぽ……」
八尺様がなんぼのモンや、こっちは泣く子も黙る天下の陰陽師蘆屋様やで、それにこっちにおるのは今はこんなけったいな恰好しとるけど、地元で恐れられた悪霊姫の滝夜叉姫、格が違うんや。
どうやら八尺様はあーしらには勝てんと思ったらしく、そのまますごすごと後ろずさり、一目散に逃げだした。
「おねーさーん、また遊んでねー」
あのな、操太くん、アレは八尺様という妖怪やねんで、もうちょっと危機感持ってほしいんやけどな……。
でも、この操太くんの満面の笑顔だと、妖怪でも毒気抜けそうなくらい……はー、尊いわー。
アカンアカン、操太くんがこれ以上よくわからんのに目を付けられんうちにさっさと帰った方がええわ。
「操太くん、ほな帰るでー」
「あっ、ちょっと……」
操太くんは何か気になったのかも知らへんけど、あまり海の魔の物に気を取られたら持ってかれてしまう、だからあーしは手を引っ張って早く連れて帰ることにした。
巧はその頃帰る準備をして車にいろいろな道具を詰め込んでた。
しかし……雨降りそうやな、天気がどんより澱んできとる……。
――でも、これがまさか怪異の始まりとはこの時思いもつかへんかったわ。
◆
最後のデッカいパラソルを畳んで車のワゴンの横に端っこまで差し込んで……と。
「ふう、荷物の積みこみ終わり、この感じだと振り出す前に帰った方が良さそうだな」
俺は車に海水浴の道具を詰め込み、みんなが戻ってくるのを待った。
そしてようやく車を動かそうとエンジンをかけカーラジオをつけると……。
「船毛海岸沖合に局地的豪雨が発生、国道は通行止めになっています。また、高速道路楯山線は土砂崩れの為上下線とも通行止めとなっております。なお、明日の船毛海岸花火大会は開催の見通しが立たず、中止の可能性も視野に入れて検討中になっております」
何だよそれ!? それじゃあ俺達このまま帰れないじゃないかよ!!
俺は母さんや甚五郎さん達といったん車から降りて合流し、この近辺の釣り船旅館に泊まる事にした。
どうやら花火大会で見込んでいた団体客が来れずキャンセルになってしまったらしく、俺達はその分大人数でも泊めてもらえるようになった。
ふう、一時はどうなるかと思ったけど……そういえば、操太は?
俺が外に出ると、雨は少しずつ強くなっていた。
そして、遠くを見ると、操太が磯の方に向かっていくのが見えた!
「操太!!」
「兄ちゃん、ぼく、ゲーム機海に忘れちゃった、取ってくる」
「操太!!」
「なんや、巧。そんなに顔色変えてどうしたねん」
「操太がゲーム機を取りに磯に行ったんだ!!」
「なんやて!?」
◆
あーしはちょっと前の事を思い出してみた。
そういえば操太くん連れて帰るとき、「あっ……」とか言ってたのって……。
――あーしのせいやん!!
「巧―、あーしちょっと壮太くん連れてくるわ!!」
「満生さん!?」
ゴメン、操太くん。あーしがアンタのいう事聞いてやらんかったからゲーム機海に忘れたんや。
でもゲーム機よりアンタの命の方が大事や! それにこんなに大雨で夜になったら海の魔の物に取り込まれてまう!!
あーしはどうにか走って操太くんを磯で見つける事が出来た。
操太くんはゲーム機を見つけたみたいで、ポーチに入れてどうにか帰ろうとした、
そや、こっちにおいで。手を伸ばせばあーしが握ったるから。
でもその時、大波が操太くんを捕らえ、海に飲み込んだ!!
「操太くーーーん!!」
「みつきおねーちゃーん!!」
あーしの叫びも空しく、操太くんは暗い海に飲み込まれしまった。
このままだと、マジで操太くんが死んでしまう!!
「
「お呼びになられましたかな、主。この吾輩にお任せあれ!」
「御託ゆーとる暇ないねん! 操太くん探してくれや!」
「お任せあれ、この海の貴族たる吾輩にかかれば……」
「サッサっと行けやー!!」
あーしが呼び出したのは少しデブなイルカの式神、弩流布院三世だった。
こいつ無駄にプライド高くて口は達者やけど、泳ぎは一流や。
あーしはコイツの背中に乗って夜の大嵐で荒れ狂う海に浚われた操太くんを探した。
荒れ狂う波間に浮かぶ、黒ずんだ鋼鉄の船影――
しかし今、なぜか海上に現れ、甲板は濡れた板張りが月明かりにかすかに光っとった。
操太くんは、そこに横たわっている。
そして白いワンピースの巨大な女が、ゆっくりとその場を離れようとしていた。
「……操太くん!? アンタ……八尺様に……助けられたんか!?」
あーしは驚きの声を上げ、水飛沫をあげて到着した弩流布院三世の背から飛び降りると、真っ先に操太に駆け寄った。
「ぽ……ぽぽ……」
八尺様は、帽子のつばを深く下げたまま、まるで「任務完了」というような雰囲気で立ち去ろうとしていた。
その背に、満生は思わず叫んだ。
「……ありがとうやで、八尺様。助けてくれて」
八尺様の歩みが一瞬だけ止まった。コイツ、悪いヤツやなかったんやな。
でも、それきり振り返ることはなく、彼女は静かに――しかし 超速“ぽぽぽ”ステップでその場を去っていった。
「……あの八尺様が逃げよった……」
「はっはっはっ、主、これはよほどでございますな。あのような怪異すら恐れるとは」
「うっさいわ。今は操太くんの命があるだけでええんや」
あーしは操太を抱き寄せた。
びしょ濡れの小さな体はまだ温かく、かすかに呼吸している。
「ほんま……無事でよかった……!」
あーしは操太の髪を撫でながら、しばらくその場を動けなかった。