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怪異7 真夏の都会の大吹雪 スキーリゾート・ザムス編 2

 なんだなんだ? いきなり車がスリップした。

 まさか地面が凍結するわけないのに……俺達はNUMAの近くから駐車場に入ったところで車のスリップで体制を崩してしまった。

 幸い事故になることもなく、駐車場に入れたのだが……平日の昼間とはいえ車がほとんど無い? おかしいな、ホームセンターNUMAなんていったら、志葉県でも幕内のリオンモールといい勝負の大型施設で、こんなに人がいないわけないのに。


 それに何故かさっきから車のガラスが曇って仕方ない、それと寒さを感じるのは気のせいだろうか。


満生みつきさんはというと、「ブリザード ブリザード」と上下に二回書かれたTシャツを着て、車の中に持ち込んだアームストロング缶チューハイを飲んでいた。

「この暑さ、気合で冷やすしかないやん」


……完全に気温と戦う構えだった。


「NUMAって略語だったんだな」

「せやせや。Nが創業者のニルスさん、Uは生まれた村の名前、でMAが初めて店出した町の名前らしいで。由緒正しい北欧流ネーミングやな」

「ニルスさんって、あのスウェーデンの……?」

「そやそや、白いガチョウに乗って世界旅してたあの子とは別人やけどな。たぶんこっちのニルスさんはガチでホームセンターで世界征服狙っとるで」


 紗夜さやが会話についていけない感を出しながらジト目で満生さんを見ている。


「へー、よく知っておるのう」

「あーし、以前普通に沼の日本語だと思ってたわー。そしたら一緒に関西のポートランド店に買いに行った兄やんにめっさ笑われたから覚えとるねん」


 なるほど、満生さんはそれで知ってたのか。


 駐車場を抜けてNUMAのエントランスにたどり着くと、自動ドアが……開かない。

 電源は入っているはずなのに、センサーが反応しない。ガラス越しに中は見えるが、妙に白い……曇っている……いや、凍っている?


「くっそ重っ……これ、凍りついとるやん!」


 満生さんがドアの端に体重をかけると、バキッという音とともに、ドアの隙間から白い冷気が一気に噴き出した。

 俺も肩を貸し、二人がかりでようやくドアをこじ開けた。


 ドアの隙間から、まるで冷凍倉庫の中に足を踏み入れたかのような冷気が、ぞわっと這い上がってくる。


 ――ドアが完全に開いた瞬間、世界が変わった。


 NUMAの店内は……白かった。

 天井からつららが垂れ下がり、床はガラスのように凍りつき、商品棚には氷がびっしりと貼りついている。

 ペットボトルの水はすべて氷塊と化し、園芸コーナーの植物は凍てついた彫刻のように動かない。


「おい……ここ、冷房壊れたんじゃなくて……」

「……冷房、効きすぎてるじゃなくて、これもう冷凍庫や……っつーかこれ、異常気象とかのレベルじゃないやん……」


足音を立てるたび、床の霜がザクザクと音を立てる。

 誰もいないはずの店内に、妙な耳鳴りと、時折どこかで氷が軋む音だけが響いていた。


 俺たちはとにかく寒さから身を守るため、店内をよろよろと歩き出した。

 吐く息は白く、スマホの画面は凍りついてすでに役立たず。

 とにかく何か、何でもいいから身を包める物を探さねば――。


「お、あれ使えるでっ!」


 満生が指差した先にあったのは、工具コーナー近くに山積みにされていた青いビニールシートだった。


「これ、ブルーシートかよ……」

「文句言いなや。今やマントや、伝説の青マントだと思えばええねん!」


 バサッと広げたビニールシートを肩にかけ、ホチキスとガムテープでなんとか留める。見た目は間抜けだが、背に腹は代えられない。

 ビニール越しでも、無いよりマシな防寒性能がある。


「次、登山コーナー! モンベル的なやつ! ダウンジャケットとブーツあったら生き延びられる!」


 ――足元は滑る氷の床。カートはすべてタイヤが凍りついて動かず、商品棚のポップは霜で読めない。

 寒さで指がかじかみ、感覚が薄れていく。


「ヤバい……手が、ジンジンしてきた……」

「動かせ、止まるな。止まったら終わるぞ……!」

「寝るなー、寝たら死ぬぞー、……って、ボケとる場合やないっ! これマジでアカンやつや」


 遠くの方で、**パキ……パキ……**という氷のきしむ音が、だんだんと近づいてくる――。


「コレ……間違いなくアレや……雪女、でも何でこんなとこに?」

「のう、満生。雪女がおるなら雪男もおるのか?」

「そうそう、なんか毛むくじゃらでデウッホウッホ言ってる……ってそうやないっ!! もうちょっと真面目に考えーや!」


 もう寒くてツッコミ入れる気すらしない。

 今日はペドロさんも甚五郎さんも、じいちゃんも連れてこなくて正解だった。


 こんな異常事態、あの人たちでも対応しきれなかったかもしれない。


 客は……もう避難済みのようだ。

 見渡す限り、店員もガードマンも誰一人としていない。


 しかし、それでも――誰かの気配がある。

 それも、体の芯まで凍りつかせるような、ものすごく冷たい気配。


「寒いのじゃー。今日はじゃーじじゃなきゃ良かったのじゃー」

「ンなこと言ったって、今日は暑いゆーて、いつものぽんぽこ脱いどったんはどこの誰や?」


 ――まあ、外は酷暑。そんな状態じゃ、タヌキ着ぐるみパジャマはさすがに無理だったか。

 けどジャージじゃ、この冷凍倉庫みたいな場所じゃすぐ凍え死ぬわ……!


 俺ももう寒くてヤバい。

 何か、何か着られるものを……!


 ようやく見つけた。


 ノーススノーブランドのスキーウェア――見るからに高級そうなやつ。

 流石は外資系ホームセンター、こんなのまで置いてるのか……!


 背に腹は代えられない、こんな時じゃなきゃこんな高級ブランド品試着すらするわけない。

 でも流石は高級ブランド、着るとどうにか極寒の寒さを耐えられる状態になった。


「あ、コレ……実家にあったんの最新版や。兄やんに雪の中で修業させられた時着とったなー」


 そっか、満生さんは本来筋金入りのお嬢様だから、このブランドくらい知ってるどころか持ってるんだよな。

 この三角に雪の結晶、高級ブランドのマークそのものだよな。


 どうにかスキーウェアで装備を整えた俺達。

 紗夜は子供用サイズを着ているが、むしろ服に着られているような着ぶくれでぷっくりしている。


「プっ、アハハハ、よー似合っとるやん、可愛いで」

「な、何をいうのじゃ、ワシだって本来の姿ならもっとすらっとしてて……て、アレは何じゃ!?」


 紗夜が指さした方を見ると、雪うさぎのぬいぐるみを持った12歳くらいの少女がエスカレーターのへりに座っていた。

 エスカレーターは荷物をそのまま載せれる斜めの大きな物だったが、凍結して動いていない。


「アナタ達、だれなの? かか様をいじめる人間?」

「かか様? お母さんの事……?」

「安心しーや、あーしらはアンタの敵やない」


 満生さんが近づこうとした時、雪うさぎのぬいぐるみの眼が光った!


「ウソだっ!! あたち達、人間にいじめられた、かか様、ずっと氷の涙流してた。人間なんて信じられない! 全部カチカチに凍っちゃえ!!」


 猛烈な寒気が店内を襲った。

 コンクリートの床すら瞬時に凍り、空気がピキピキと音を立てて締まっていく。


 そして次の瞬間――


 どんっっっ!!


 真っ白な暴風が爆発したように吹き荒れ、俺も満生さんも思わず体勢を崩す!


「くっ……これ、本気で殺しに来とるやないかっ……!」

「寒いのじゃああああああああああああああっ!!!!」


凍える悲鳴とともに、吹き飛ばされる紗夜――

 だが、なぜか途中からタヌキ座りのままくるくる回り、着地と同時に雪玉と合体していた。


ずるんっと雪面を滑り、

 ごとんと商品棚にぶつかって止まる小さな雪の塊。

 ……それは、雪だるま姿の紗夜だるま。


「……ワシ、もはや……だるまじゃ……」

「アカン、めちゃくちゃぷっくりしとる」

「しゃべるなや! 口ん中までしもやけになりそうじゃッ!!」


 ダメだ、このままじゃ全員凍死してしまう。

 幸い、さっきの少女は俺達に攻撃をした後、姿を消したみたいだ。


 これは何か暖かいスープでもあれば。

 俺は登山グッズコーナーのコッヘルと液体ガスを使い、鍋に火をかけた。

 しかし食べれるものが何もない。


 そこで見つかったのが、アイスケースからぶちまけられて散らばっていたあの地雷アイス、ゴリゴリさんぽてるこ味だった。


 もうこれでいいや。


 俺はコッヘルの中にゴリゴリさんを入れ、溶かして温かいスープにした。


 紗夜は動けないので満生さんがスプーンで飲ませたやったみたいだが、これが意外にイケる!

 アイスとしてはクソ不味かったぼそぼそが、温めた事でポテト味のポタージュスープになり、体に染み渡る。


「う、うう。少し温まったのじゃ、しかし……動けん」


 俺達は紗夜だるまをどうにかすることを考えながら、この異常なホームセンターでどう切り抜けるか考える事にした。


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