船毛海岸から数日後、俺は会計の倉持さんに呼び出されてお説教を受けていた。
「社長、ただですら赤字だというのに……なんですかコレは? 子供のお遊戯会だから参加しなかったアタシが知らない間に、何日も宿泊になってるんですか、それも十人以上ですよ……あー、頭が痛い」
とは言ってもなー、
「このままじゃ、マジでヤバいですよ社長。ウチ、今月末に不渡り出しますよ。銀行にも顔向けできないんですからね」
それに加えて、松樫プリンスホテルの無償修繕が痛かった。あれでホテル勝魚の解体資金が丸々吹っ飛んだからな……。あの工事で資金繰りがひっ迫して、今の状況が余計に深刻になってる。
倉持さんの容赦ない宣告に、俺は頭を抱えた。
「あー、頭が痛い……」
事務所を出て、重い足取りでリビングへ戻ると、ジャージ姿の
どうやら流石にこの暑さではぽんぽこタヌキ着ぐるみは着ないようだな。
「うまうま、ぽてるこ〜。甲羅もぐびぐびじゃー」
まったく、人の気持ちも知らずにこのゴロニート姫は……。
テレビの画面に映っていたのは地方ニュースだった。
「
紗夜はじっと画面の少女像を見つめる。
「むっ……一体誰が、何のために……ワシのカンがざわつくのじゃ」
まあこれが誰の作ったものかわからないけど、ミヤちゃんが水本氏と手を握り合う笑顔の像ってのは良いな。映像で見た像の顔もとてもいい笑顔だった。
イサナサマとの遭遇は想定外だったけど、ミヤちゃんの魂が救われたのが本当に良かった。
今度はうちが救われてほしいよ……。
テレビを見ていた紗夜は、アイスのコマーシャルに目が釘付けになっていた。
なになに、ハルナ氷菓のゴリゴリさんベリーリッチ、ぽてるこ味だって?
俺は猛烈に嫌な予感がした。
「暑いときにはアイスなのじゃー! このぽてるこ味アイスが、いま、欲しいのじゃー!」
あーあ、始まったよ駄々っ子モード。
早速罪堕別狗(ザイダベック)の面々がスマホで炎天下の中呼び出され、紗夜にゴリゴリさんぽてるこ味を届けてくれた。
こりゃあ昼ご飯くらい食べて行ってもらわないと気の毒だな。
「そうそう、これなのじゃー……ぶふぉっ!? な、なんじゃコレはっ!」
「そんなん地雷に決まっとるやん! あーしでもアームストロング缶チューハイハバネロ味とかあったら手は出さへんって!」
――まあ、こういう地雷系アイスは大体外れ確定なんだけどね、後ろで
「な、なんという地獄の味じゃ……ぽそぽそして、しょっぱくて……こんなものをワシは望んでおったのか……」
紗夜の頭のアホ毛が元気なくしおれている。
だが、運の悪いときは運の悪いことが続くもんである。
ググォオオ……ボウゥンッ!!
ありえない音を立ててじいちゃんの部屋の骨とう品縦置きクーラーがぶっ壊れた!!
この縦置きクーラー、昭和時代の骨とう品で……むしろよく今まで動いていたなってもんだ。
すると途端に訪れた灼熱地獄! じいちゃんはぽてりこんぐの中で微動だにしなかった。
「こんなの暑いうちに入らんわい、わしがガダルカナルで……」
あーもう、そんな話聞いたらますます暑くなるから。
俺は早速デッカカメラに電話したが、クーラーは売り切れ。
仕方なくオレは比奈橋市の大型ホームセンターNUMAに電話することにした。
……あのホームセンター、確か冷房工事もやってたな。
そんなことを思い出した時には、もうNUMAへ電話していた。
NUMAは外資系大型ホームセンターだけあって、品ぞろえがデッカカメラより豊富だ。
俺達は倉持さんの冷たい視線を背に、ホームセンターNUMAに向かう事にした。
◆
「八代っちー、あちーよ」
「我慢しろ、ここで手に入れてサクセスするんだろ。クーラーを手に入れればおれたちの勝ちなんだから」
この二人、またロクでもない悪だくみをしているようだ。
彼らが狙っているのがホームセンターNUMAの裏手の倉庫。
ここには型落ち品の廃棄クーラーがいくつも並べられている。
彼らはどうせ廃棄品になるならかっぱらってやろうと考えていた。
それをリサイクルと称してネットオークションで売るつもりなのだ。
――だが、彼らは気が付いていなかった。ここがかつて何があった場所なのか。
かつてここに存在したのがバブル時代の屋内型スキーリゾート施設・ザムス。
世界初の人工降雪機を使用した屋内型スキーリゾートとして作られた場所だ。
だが、その後……バブルが崩壊し、スキーリゾートザムスが閉鎖。
その奥には……謎の封印が施されていた。
「ほれ見ろ八代っち、冷房らしきもんがずらっと並んでんぞ」
「……おかしいな、誰も見張りいねぇ。マジでノーマークか、NUMA」
二人が忍び込んだのは夜のNUMA裏手倉庫。蒸し暑さが全身にまとわりつく中、倉庫の奥に進む。
だが、奥の壁際――そこだけ空気が違った。ひんやりとして、まるで冷蔵庫の前に立ったような冷気。
「おい、あれ……なんか貼ってね?」
「んんー? 『封』って書いてある……なんだコレ、霊的なやつか? しょーもな」
そこにあったのは、一台だけ異様に古びた業務用クーラー。
いや、クーラーというより扉のついた鉄製の冷凍庫のような形状。そして正面に、黄ばんだ札。
札には達筆でこう書かれていた。
「ザムス降雪機格納庫/解呪まで開封厳禁」
「※霊的封印中につき、関係者以外立入禁止」
「……へー、演出凝ってんな。これ絶対中にレア物入ってるヤツだろ?」
「なぁ八代っち、ワンチャン冷凍マグロとかだったらどうする?」
「売る。即売る」
札をつまんだ瞬間――
ペリッ……
張り詰めていた空気が、まるで破裂音のように弾け飛んだ。
次の瞬間、扉の隙間から真っ白な冷気が噴き出し、二人の体を一気に包み込む。
「う、うわ……さっむ!? やべっ……これ、クーラーってレベルじゃねぇ……!」
キィィ……という甲高い音を立てて、鉄の扉が内側からゆっくり開いた。
その奥に、青白い光に照らされて立っていたのは――
一人の女と、一人の少女。
女は、氷の結晶をちりばめた黒髪を揺らし、霧のような白い着物をまとう。
少女は、透けるように白い肌と、凍ったウサギのぬいぐるみを胸に抱きしめていた。
――そう、それが雪女の母娘、つららとしずりだった。
「……ここは……? あの、ひと……は……?」
少女の目が、キョロキョロと辺りを見回す。母・つららが静かに呟く。
「……また、都会……あの人の匂いが、しない……」
温度が一気に急降下し、足元から霜が広がっていく。
「ちょ、ちょちょちょ……八代っち、これマジで幽霊じゃね?」
「に、逃げようぜ、五条! ここ、絶対やべぇ場所だって!!」
二人が逃げ出そうとした瞬間――しずりが、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「かか様……また、まっ白なひやひやがいいよね」
「……ええ、そうね。冷やしましょう。全部、凍らせてしまいましょう」
キィィィン――ッ!
空気が軋むような甲高い音を立て、照明がチカチカと瞬く。
バタン――!
重たい鉄の扉が、まるで意思を持ったかのように自動的に閉じられた。
そして――夜のNUMA倉庫は、凍てつく静寂に包まれていった。
翌朝、NUMA周辺では信じられない現象が起きていた。
• 駐車場の車が霜に覆われてエンジンがかからない
• 店内の商品棚の水が凍りつき、天井からつららが垂れ下がっている
• SNSには《#夏なのに吹雪 #NUMAで雪合戦》のハッシュタグがトレンド入り
巧達がホームセンターNUMAに到着したのは、お昼前の時間だった。
――だが、その店内にはすでに「真夏の吹雪」が吹き荒れはじめていた。