あの浄化の光の中で、ひときわ目を引いたのは、第三室戸丸がイサナサマの力で浄化された後に残った一人の少女らしいものが見えた。
その姿は、まるでギギギの義太郎に出てくる人気キャラ、猫又妖怪の猫ノ宮だ。
そっくり、いや……アニメや漫画自体あまり覚えていない俺ですら、そのものともいえるくらい似ている。
多分ここにペドロさんがいたら、一期から六期までの猫ノ宮について熱く解説するんだろうな。
猫ノ宮は大きなリボンが猫の耳のように見えるキャラで、この少女もその特徴的なリボンが見える。
「……あの子、何か言いたそうや。すまんけど、船もう少し近づけてくれへんか? 今のあーし、立ち上がる力もないんや。」
甚五郎さんが船をそっと近づける。
すると、かすかな波の音にかき消されそうな声で、少女が驚いた様子で問いかけた。
「誰……? あなたたち、誰なの?」
満生さんが疲れて船べりに寄りかかると、
「ワシに任せるのじゃ、満生少し休んでおれ。」
紗夜は静かに手をかざし、透き通るような霊力の光が少女の前に広がる。
少女の不安げな表情が少し和らぎ、紗夜は優しく語りかけた。
「怖がることはないのじゃ、ワシらは敵ではないからの というかおぬし、まさか猫ノ宮本人なのか?」「 猫ノ宮? 何ですかそれ? わたし、ミヤだけど……児島ミヤといいます」
ミヤは紗夜の声に引き寄せられるように、一歩ずつ船の方へ歩み寄る。
紗夜はその手を取り、そっと船の甲板へと導いた。
「ダメ、動けない!」
だが、ミヤはその場を離れる事が出来なかった。
紗夜が呟く。
「みや、おぬしの想いは強い。じゃが、この船に縛られているのはおぬし自身の悲しみもあるのじゃ。ワシの霊力で少しだけ縛りを緩めるが、その間だけ
紗夜が霊力で船の縛りを少し緩めた瞬間、
「みや、しっかりつかまるのじゃ!すぐに連れていくぞ!」
式神・弩流布院三世の背にミヤちゃんを乗せ、ゆっくりと霧のように消えかけた船の跡を飛び越えて進む。
背中から見る海風は冷たくも優しく、ミヤちゃんの目には初めて見る広い世界が広がった。
「よし、急いでこの海域を離れるぞ。甚五郎さん、お願いします」
「わかりやした、
船は無事、穏やかな夜の海を越え、船毛海岸にたどり着く事が出来た。
辺りはあの大嵐がウソだったかのように雨が止み、夜空に星だけが輝いていた。
みんな疲労困憊の中、全員を旅館の部屋に戻し、俺と甚五郎さんは釣り船を店主さんに返した。
幸い、船体に大きな傷は無かったので弁償や違約金を取られることはなく、通常の時間によるレンタル料金を支払う事になったが、操太の命と比べたら安いものだ。
一通りの作業を終わらせ、ようやく俺と甚五郎さんが布団についたのはもう外も明るくなりかけている頃だった。
満生さんはよほど疲れていたのか、普段なら飲むアームストロング缶チューハイすら飲まず、ただひたすらいびきと鼻ちょうちんでお腹を出しながら寝てしまったようだ。
疲れ果てて眠ってしまった俺達だったが、ミヤちゃんは幽霊なので寝ずにそのまま外の様子を見に出かけたようだ。
とにかく疲れ果てた俺達は、夕方まで誰一人起きる事なく……完全に寝てしまっていた。
「ん……今は?」
「にーちゃん、起きてよ。もう花火大会始まるよ」
「え? 花火大会??」
どうやら船毛海岸では花火大会が行われるらしく、大勢の人でにぎわっていた。
昨日の大雨で開催中止も危ぶまれたが、今朝からの快晴で例年通りに開催することになったらしい。
「ふー、ようやく起きれた。全く昨日は大変だったよ。おや、紗夜……どこだー?」
「ワシはここじゃ。今、みやと一緒にぎぎぎの義太郎を見ておったのじゃ」
紗夜はミヤちゃんと一緒にギギギの義太郎の平成版の映画、『ギギギの義太郎 海より来りて、海へ還る』を見ていた。
これはペドロさんが説明していた平成版リメイクでの決戦! 南海大妖界ともいえるもので、細野誠監督による水本シゲオ完全監修の、南海の白鯨の大妖が娘と共に海に去っていくラストの作品だ。
テレビやタブレットに驚いていたミヤちゃんだったが、この作品に出てきた猫ノ宮を見て、自分がモデルになっていたと理解したようだ。
「これって……ひょっとしてアタシなのかな。お兄ちゃんの描いてくれた絵に似てる」
「お兄ちゃん? それは誰なのじゃ」
「お兄ちゃん……シゲオ兄ちゃん。アタシのお兄ちゃんのお友達で、アタシと一緒に日本に帰るつもりだったんだ……」
そうか、この子……水本シゲオさんの事知ってたんだ。
「今ってすごい時代なんだね、日本が戦争で負けたって聞いたけど、それでもこれだけキラキラした世界になったんだ……あたし、さっき車っての轢かれたけど」
「車に轢かれた!?」
「でも幽霊だからすり抜けちゃった。相手の人がビックリしてちょっと車が柵に当たっちゃったみたい。あんなに速い車、アタシ生きてたら死んじゃってたかも」
まあ、幽霊になったのが昭和の最初なら自動車なんて珍しいはずだよな。
花火大会の音が遠くから響く中、旅館の一室で、誰かがむくりと布団を起こした。
アホ毛を揺らしながら、乱れた髪をぐしゃぐしゃとかき上げるのは――ようやく回復した満生さんだった。
今のTシャツには『海神』と書かれている。
「うぅ、まだくらくらする……ん? なんや、ぽぽぽん姫、浴衣なんて着て……て、黒髪やんか? あの青スプレーはどこいったん?」
「全部、海に流されてしもうたのじゃ。なかなかの海水力でな……」
そんなやり取りの横で、ミヤちゃんがポツンと海を見つめていた。
その姿に気づいた満生さんは、ふと真剣な表情で声をかける。
「なあ、ミヤちゃん。……あんた、どうして船と一緒に消えてしもわんかったん?」
ミヤはしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように口を開いた。
「……わたし、本当はあのまま消えていたはずだったの。でも……どうしても、どうしてももう一度、お兄ちゃんに会いたかったの……」
紗夜がそっと視線を送る。
「おぬしの言う“お兄ちゃん”とは、水本しげおのことか?」
ミヤは頷く。その表情には、幼いながらも深い喪失と後悔の色がにじんでいた。
言葉が途切れた。
紗夜が静かに告げる。
「会いたかったのじゃな、その想いは時を越えて、海をさまよう霊たちの“望郷”の念と重なったのじゃ。みや、おぬしの“会いたい”という気持ちが、この世におぬしの姿を留めさせたのじゃ」
「……そうなのかな。わたし、ずっと忘れられてたと思ってた。だけど……映画で“猫ノ宮ちゃん”を見て、思い出したの。あれ、きっと……お兄ちゃんがアタシのこと、ちゃんと覚えててくれたってことなんだって」
その目には涙が浮かんでいたが、今はもう恐れや悲しみだけでなく、ほんの少し微笑みが混じっていた。
「よっしゃ、お姉ちゃんが一肌脱いだろ。せやな、水本シゲオさんやったな……彼を呼べばええんやな」
「え、お姉ちゃん……そんな事できるの?」
満生さんはにっこりと自信ありげな笑顔を見せた。
俺、紗夜、ミヤちゃん、それに水本シゲオ氏の姿をどうしてもファンとして一緒に見たいといったペドロさん、そして操太。
全員が見守る中、満生さんが呪文を唱え、一人の人物を呼び出した。
その人物は片腕の無い眼鏡の老人だった、彼はニュースで見覚えがある。間違いない、水本シゲオ氏本人だ。
「シゲオお兄ちゃん!」
「その姿……ミヤちゃんなのか!?」
「お兄ちゃん……会いたかった」
ミヤちゃんが水本氏にしがみつきながら泣いていた。
後ろでは花火が次々と打ちあがっている。
「ミヤちゃん、寂しい想いさせたね」
「ううん、もう大丈夫」
そしてそこには、マイクを手にした妙にテンションの高い男がいた。
「はい、怪奇レポーター柳川ジュンジーです! 本日はこちら“噂の船毛海岸”から納涼花火&心霊スポット特集の生中継をお届けしておりまーす! ワタシ本来のレポーターじゃないんですが、大雨で来れなくなってしまったため、急遽ピンチヒッターで登場しましたー……って、あれ? 本物!? え、本当に霊、出てません???」
アレは、怪奇レポーターの柳川ジュンジーさん? 確かシバテレビの深夜怪奇番組のレポーターだよな。
あれ、こっち見てるのか? おーい、満生さん、今降霊術やったらテレビに映っちゃうよー。
だが降霊術はそのまま続き、ミヤちゃんは若返った水本氏、それにギギギの義太郎のファミリー、義太郎、手毬のオヤジ、猫ノ宮、イタチ男、砂ババア、ゴギャナキじじい、
ミヤちゃんのその手はしっかりと水本氏と握られ、消える時まで離れる事はなかった。