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怪異9 時の止まった学校 六街道分校跡編 7

「な……なんじゃ、こりゃあ……?」


 甚五郎さんが子供をかばいながら、呆然と空を見上げていた。  俺も、その視線を追って空を見た――それは、もう“機械”じゃなかった。

 完全に変質していた。霊的生物としか言いようのない、異様な姿の爆撃機。  その側面に、英語でこう書かれていた。


 The Flying Coffin(空飛ぶ棺桶号)。


 鋲の打たれた機体の表面には血のような錆が浮き出し、  コックピットの中には、一人の男の影が見えた。

 それは……カーチス大佐だった。

軍服姿のまま、顔の半分は焼け落ち、皮膚と金属が癒着している。

彼は叫ぶでも、笑うでもなく、ただ無表情に呟いた。


「Mission... not complete...!!(戦闘は……まだ完了していない!!)」


 その瞬間、B-29亡霊爆撃機が、ゆっくりと浮上し始めた。  瓦礫を巻き上げ、空気を震わせながら、戦場が新たな霊的大気圏突入モードへと変貌する。


 その中で、あいつが叫んだ。


「……おい、鎧ども! 空を飛べ! いちなな式ふらいとふぉーめーしょんじゃ!!」


 タヌキ着ぐるみ姿の紗夜さや

 周囲の武者霊たちは一瞬、「は?」という顔(に見える)で見合わせた。


「よいか!? 一番槍はワシが決める! お主らはその後、編隊を組んで上昇! その後合体じゃ!  左肩には黒、右肩には紅、真ん中の旗は白!! 音楽は口で再生せい!!」

「姫、それはちと無理が――こないだの立ってるだけより酷いでござる」

「いいからやるのじゃ!! これはワシの浪漫じゃ!!」


 紗夜が両手を広げて叫ぶと、武者たちは一瞬たじろいだが、  次の瞬間には、


「うおおおおおお!! 死なばもろとも!」


 と気合を入れて地面を蹴り、霊力による跳躍と術式を駆使して、空へ舞い上がっていった。


「……マジか、飛んだ……!?」


 俺も思わず呆れと感動がごちゃまぜになった声が出た。

 空を舞う武者たちの姿は、あの特撮ヒーロー“鉄巨人イチナナ”の飛行合体シーンそのものだった。

 まさか本当に再現されるとは……。


 でも、悠長なことを言ってる場合じゃない。


 亡霊爆撃機の火力は桁違いだった。  格納庫が開き、呪詛混じりの霊弾があたり一帯に降り注ごうとした、そのとき。


「……ほな、こっちは地上から行くで」


 満生みつきさんが、独鈷を地面に突き立てた。  両手を合わせ、力をこめて叫ぶ。


「出てきーや……ゴブラン将軍!!」


 校舎の影から、地面を割って異形の“手”が生えた。

 ――黒い西洋甲冑に、両手に巨大な“眼”を持つ守護霊獣。

 特撮番組『宇宙兄弟テツジーン』の敵将軍、ゴブランだ。

 あれは本来、テレビの中だけの存在だった。……でも、今は違う。


「御意。ゴブランレーザー、照準完了ッ!!」


 手のひらの眼がギョロリと見開き、紅蓮の光を蓄える。

 空間が歪み、光がねじれる。


 ――発射。


 咆哮のような音とともに放たれた霊線が、B-29の右翼を撃ち抜いた!!

 空に浮かんでいた“空飛ぶ棺桶号”は、崩れ落ちるように爆裂し、ついに――沈黙した。

 武者たちはふらふらと地上に着地し、ゴブラン将軍も静かに土へ還っていく。


 俺はようやく息を吐いた。


「……ふぃー。なんとかなった……」

「アホか、そりゃこっちのセリフや……あーしの呪具、霊力過剰でオーバーヒート寸前やで」


 満生さんが独鈷をしまい、空を見上げる。

 もう何も……いない。


「これで……終わり……かいな」


 ――その時だった。

 空気が“裂けた”。

 霊圧が空間を叩き割る、あの感覚。背筋に氷柱が突き立つような緊張感が走る。


「――この感じ……まさか……まさか……」


 振り返ると、瓦礫の上に、旧日本軍の軍服をまとった男が立っていた。

 言葉もなく、ただ“いる”だけで空気を圧迫する。


 花坂 弘(はなさか・ひろし)。


 かつての大戦を生き抜いた、大日本帝国陸軍最恐の霊的戦闘兵。

 死者たちを“戦場の掟”に従わせてきた、“処刑人”。

 以前、お化けマンションで出会った時には、全力の紗夜と満生さんが力を合わせてようやく互角という化け物だった。


 花坂は俺たちを見下ろすように言った。


「……おまえたち、余計なことをしたな」

「え……?」

「この場所はな……封じられていた。……それを、壊してくれたのはおまえたちだ」


 ぞくりと背筋が凍る。


「戦争の亡霊を殺したなら、戦争の秩序を破った報いも、受ける覚悟はあるな?」


 その時、カーチス大佐が低く唸るように言った。


「MY... MISSION... NEVER ENDED...(オレの任務はまだ終わっていない……)」

「よかろう。我が名は――元大日本帝国陸軍中尉、花坂弘」


 続けて、カーチスが唸るように応じる。


「Colonel Ronald Curtis... United States Army.(アメリカ陸軍所属、ロナルド・カーチス大佐だ)」


 霊と霊、戦争と戦争。

 いまだ果たされぬ“任務”が、今ここで交差する。


 亡者兵たちが一斉に襲いかかってくる――

 だが次の瞬間。


 ズシャアッ!!!!


 ……何が起きたか、俺にも最初はわからなかった。

 突撃してきた亡者兵たちがすべて、水平に真っ二つになっていたのだ。


 花坂は既に軍刀を抜いていた。

 帝国霊刀・天狼丸(てんろうまる)。


 どんな霊も斬り裂くという、最恐の霊刀。


「貴様の亡霊兵など、霊戦の訓練にもならん」


 地を滑るように踏み込み、花坂がカーチス大佐に斬撃を放つ。

 カーチスも黙ってはいなかった。

 口から幻影核爆のような呪霊光線を吐き出す――が、花坂はそれを刀一本で受け止め、切り裂いた。


「その程度の“呪詛の火”では、我が国の戦火は焼き尽くせん!!」


 花坂弘。こいつはやはり……怪異の中でも別格だ。

 あの天狼丸がカーチスの霊体に突き立てられようとしていた、そのとき。


「やめて!!!」


 声が響いた。  子供たちだ。

 怯えながら、震えながら、それでも彼らは花坂の前に立ちはだかった。

 しかも、一人ではない。


「この人、たすけて……」

「こわくない……もう、こわくないもん……!」

「だって、なんか……かわいそう……」


 花坂の刃の前に、小さな手が次々と差し出される。


 花坂は無言だった。冷たい目が、震える子供たちを見下ろす。

 その後ろで、血のような黒い霊気をまとって崩れ落ちている、カーチスの亡骸。


「……わかっていないだけだ」


 彼は呟いた。


「こいつが何をしたか……どれほどの死を撒いたか……おまえたちには、わからん」


 しかし――

 子供たちは答えなかった。

 答えの代わりに、ただその場に立ち続けていた。


 ――恐怖を知らないわけじゃない。ただ、「もう終わってほしい」と願っていたのだ。


 そして、子供たちの後ろから、夏目花子先生がそっと歩み出る。


「彼らは……戦争を知りません。だから、知らないままでいてほしいと、私は願っていました。敵か味方か、ではなく。誰かが死にそうだから、助ける――そのまっすぐな気持ちを、私は止めたくありません……」


 カーチスの前に、子供たちだけでなく、紗夜と満生までもが花坂の前に立ちはだかった。

 ――全身から霊圧を発する“処刑人”に対し、堂々と。


「もう……もう戦は終わったのじゃ、花坂弘」


 タヌキ着ぐるみのまま、紗夜が静かに言う。

 その声は、恐れを押し殺した叫びではなく、怪異の姫としての威厳を携えた、“赦しの宣言”だった。


「……これ以上、命をとる事も無かろう。この者たちを、死者として還してやるがよい」


 満生さんも隣で黙ってうなずく。

 花坂と視線を交わしながらも、決して引かない。

 花坂は無言で二人を見据えた後、ふっと笑みを浮かべた。


「……坂東の悪霊姫が、随分と丸くなったものだな」


 刀を鞘に納める。

 その仕草だけでも、戦場の空気がほどけていくようだった。


「よかろう。興がそげた。……ここは、見逃してやる」


 そして一歩、振り返って背を向ける。


「だが――」


 その声は静かに、しかし冷徹に。


「再び姿を見せた時は、貴様を葬る」


 そう言い残し、花坂弘は戦場を去っていった。風のように、そして死神のように。


 憑き物が落ちたようなカーチスは、そっと目の前にいた子供の頭を撫でる。

 傷ついた霊体の手が、優しくふれる。

 そして――


「I shall return. To settle the score.(オレは帰ってくる。この借りを返すために)」


 今度のその言葉は、復讐や戦火の再来ではなく、感謝と別れの合図だった。

 笑いながら、カーチス大佐とその部下たちは、B-29の残骸と共に、陽光の中に溶けて消えていった。

 カーチス大佐とその部下たちは、B-29の残骸と共に陽光の中に溶けて消えていったが、……でもサンダース軍曹だけは尾翼に刺さったまま、うっすら残ってた気がする。


 戦場だったはずの校庭には、静寂が戻った。

 もう霊気は残っていない。


 空気はただ、晩夏の日差しのもとで――あたたかかった。

 甚五郎さんがふと空を見上げると、あの壊れたままだった学校の時計の針が、再び動き出していた。


 ……時間が、動き出したのだ。

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