泣いている甚五郎さんの周りに子供達の霊が寄ってきた。
いきなりやってきたお爺さんが泣いているのが気になったみたいだ。
「ねーねー、せんせー。このおじいちゃんだれなの? なんでないてるの?」
「あのね、先生はこのおじいちゃんとお話があるから、みんな向こうで遊んでてちょうだいね」
「「「はーい」」」
子供達は先生のいう事を聞き、その場から離れた。
そして、俺達を見て……彼女は真剣な表情になり、深々と頭を下げた。
「貴方がたは、甚五郎くんの関係者の方ですね。わたしは夏目花子。この六街道村国民学校の師範です。貴方がたはわたしがもうこの世の者では無い事はご存じなのですね……」
彼女はもう、自分がこの世の者ではないと気づいている。
それでも、あの子たちの前では“先生”であろうとしている―― だが、それを理解できていない子供達の為にあえて知らないふりをしていたようだな。
「すぐにわかりましたよ。甚五郎くん。わたしはもうこの世の者では無いので、魂の色が見えるのです。貴方の色は昔から変わらない純粋な色、だからわたしは君が毎年来てくれていたのを知っていました」
夏目先生は、静かに笑った。
「声を……かけたかったのです。でも、わたしにはもう……その資格はないと思っていました。君が見ているのは、もう死者の、残り香に過ぎませんから」
そう言って、少しだけ目を伏せた。
その瞬間だった。――空気が、変わった。
鈍い音とともに、校庭の片隅に**“何か”**が落ちた。
子供達が、驚いたように一斉に振り返る。
ぼそぼそと、すすり泣く声が混じりはじめる。
「……なに?」「あれ、なに、せんせ……」
「こわい、なんか、きた」
見ると、そこには、**歪んだ鉄と焦げた布が絡み合ったまま、黒焦げの“何か”**が地面を引き裂くように這い出してきていた。
――それは、かつて墜落したB29の残骸とともにこの村に落ちた、戦火の亡霊。
その“何か”は、焼け爛れた顔で笑っていた。顔の半分は白骨化し、残った口元は異様に歪み、機銃を持った腕はまだ戦場にいるかのように震えている。
「アメリカ……兵隊……?」
子供達の誰かが、震える声で呟いた。
「せんせ、こわいよ……いやだ……」
夏目先生が、すっと子供達の前に立った。微動だにせず、揺れる亡霊に対峙する。
「――やめなさい。ここは、戦場ではありません。子供達を、脅かすのはやめて……!」
彼女の声は、震えていなかった。
だが、その身体が次第に透け、淡くなっていくのが見えた。
――霊力の干渉が、強すぎる。
霊の中でも格の違う悪鬼が現れた今、夏目先生のような穏やかな存在は、その圧に耐えきれないのだ。
「……花子先生、下がってくれ。ここは、儂の仕事じゃ」
甚五郎さんが、すっと前に出た。足元は震えていたが、その背筋はまっすぐに伸びていた。
夏目先生の声に対し、爆撃機の亡霊――いや、米軍兵の怨霊は、首を傾げるような仕草を見せた。
そして次の瞬間、口を開いた。
「Identify yourself. Are you hostile?(身元を明かせ。テメェ、敵か?)」
低く、焼けただれた喉から絞り出すような声――だが、意味は、はっきりと“聞き取れた”。
「なっ……英語なのに、わかる……?」
「……翻訳呪術ではないのう。これは“霊感の同調”。やつは――こっちに敵意を向けたから、その“感情”が“言葉の意味”を超えて伝わってきとるんじゃ。これはワシの知る伴天連の使うぽるとがる語でもいすぱにあ語でも無い」
まるで頭に直接、意味だけが叩きつけられるような……心が侵されるような感覚。
やつは、見ている。
強い霊力を持つ存在を“敵”として。
「Hostile force detected. Commence engagement.(敵性反応確認。撃ち方、始めぇ!!)」
――その瞬間、空気が震えた。
兵士の霊たちが、続々と機体の残骸から這い出てくる。
焼け焦げた顔、失われた片腕、うめき声と共に動くその姿は、もはや人ではなかった。
戦争の亡者。
――いや、**“戦場の霊的自動兵器”**だ。
「ワシの霊力を“戦力”と誤認し、敵だと判断して動き出した……ようじゃの!」
「せやな、あーしらが来た事が反対にこいつ等を目覚めさせるトリガーになるとは、皮肉なもんや」
甚五郎さんが歯を食いしばった。
この悪鬼たちは“戦争が終わったこと”すら知らない。
ただ焼け死んだその時のまま、味方も敵も見境なく、“霊力”を感知すると自動で殺戮に向かうプログラムになってしまったのだ。
夏目先生が震える声で叫ぶ。
「皆、あっちの校舎裏へ走って! 絶対に、こっちを見てはダメ!」
「せんせい! いやだ、こわいよー!」
「いいからッ!」
先生の声が張りつめ、霊とは思えぬ力が宿る。
その気迫に、子供たちは泣きながらも従い、甚五郎がその後ろにつく。
「花子先生、わしが最後尾につく。あんたは先に――」
「……ありがとう、甚五郎くん。あなたがいてくれて、よかった」
そして、校庭には二人の女が残る。
満生さんは水晶玉を掲げ、戦闘態勢に入る。紗夜もタヌキ着ぐるみのまま、冷たい目で敵を見る。
「こやつら、ただの亡霊じゃないのう……完全に戦闘もーどで動いとる呪詛兵器じゃ……」
「言っても聞かないなら、こっちも全力で行くしかあらへん、ちょっと手荒に行くで!」
満生さんの掌から火花のような呪符の弾が飛び、焼け爛れた兵士の一体を吹き飛ばす。
だが、その直後――
「Reinforcements inbound!(増援、来るぞ!)」
不気味な声が空中に響いたかと思うと、機体の残骸から新たな影が浮かび上がる。
階級章のついたヘルメット、折れた階級章を掲げる米軍兵の亡霊たち――
「I am Corporal Ryan... I called for backup... Sergeant Sanders! You're up(ライアン上等兵だ……増援を呼んだ……サンダース軍曹! 次はあんたの番だ!)」
そして、地を揺らすように歩いてくる大柄な男が現れた。
焼けただれた顔に、いまだ銃を抱えたサンダース軍曹だ。
その顔には、怒りでも苦悩でもない、ただ“戦争”しか知らぬ無表情の狂気があった。
「逃げるやつはイエローモンキーだ! 逃げないヤツは、よく訓練されたイエローモンキーだ!!」
狂った笑い声とともに、機銃を乱射。
幻でもなく、霊でもなく、確かな殺気と呪力を持った実弾のごとき霊弾が周囲を削る!
銃撃を避けながら、紗夜が目を見開いた。
「……ワシの、ことを……猿呼ばわりとは……」
その声が震え始める。
「のう……ワシは、ワシはのう……これまで色んな悪霊に会うたが……ここまで腹立つ奴は、なかなかおらんかったぞ!!」
手を広げ、呪詛を唱える。周囲の空気が変わり、重たく、湿った風が吹き込む。
「出てこい、鎧武者ども! 戦の時じゃ!! こやつらに、日ノ本の戦(いくさ)ってもんの礼儀、叩き込んでくれるわッ!!」
地面を割るようにして、甲冑を着た亡霊武者たちが次々と現れる。
紗夜の背後にずらりと並ぶその光景は、まさに地獄の戦国軍団!
「イエローモ――」
――バァァン!!!
サンダース軍曹の顔面が凄まじい衝撃で歪んだ。
紗夜の霊力を込めた掌底が、文字通り戦国の怪異力でねじ込まれる。
「誰が猿じゃ!! この腐れ外道!!」
ドガァァァァン!!
「五月蠅い、毛むくじゃらの金ピカ戦車が!!」
「What……!? Raccoon girl!?(アライグマ 少女!?)」
ズドォォォンッ!!
紗夜の拳で空高く吹っ飛ばされた。
「ツッコミどころしかないけど、あれで終わり……やな?」
「もう二度と帰ってくるでないわ、脳筋ごりら野郎……」
着ぐるみのタヌキ袖がひるがえり、拳が地を裂く。
吹っ飛んだサンダース軍曹は、墜落したB-29の尾翼に頭から突き刺さり、火花を撒き散らしながら沈黙。
その霊体すら揺らぐほどの一撃だった。
その後ろにいたのはヘルメットからヘンリーという名前が読み取れる軍人だった。
多分以前見た映画での階級章からすると少尉ってとこか。
その横では、満生さんが気合と共に呪具を起動。
「――成仏せーや、ルールも通じない軍人はん!」
「Please... I-I didn’t sign up for this... I just want to go home... (お願いだよ……ぼ、僕はこんなののために志願したんじゃない……ただ、家に帰りたいだけなんだ……)」
手にしたのは、独鈷杵(どっこしょ)型の呪具に霊力を通して形成された、紫電の刃 ―― “ビームっぽいけど本物の霊剣”。
「これでも“なんちゃって”だけど、戦場じゃ本物や!! あーしの必殺武器、なんちゃってビームソードってとこやな」
ヘンリー少尉が構えた銃を振り上げるより速く、
満生さんの一閃が彼の霊体を真っ二つに切り裂いた。
「Hooome……(家に……)」
呻き声を残して、ヘンリーの霊はかすれて消える。
――やっと終わることができたのかもしれない。
残る一体、ライアン上等兵はもはや戦意もなく、焼けた飛行機の残骸の方へ転がるように逃げ出した。
「C-Colonel!! Colonel Curtis!! We need... heavy... support……!!(か、カーチス大佐っ!! カーチス大佐ぁっ!! ……でっけぇ支援を……頼みます……!!)」
叫びと同時に、校庭の地面が……“呻いた”。
ゴゴゴゴゴ……
突き刺さっていたB29の残骸――
その“機首”が不気味に脈打ち、内側から爆音のような心音が鳴る。
機体が、浮いた。