ボロアパートの一件から数日後、俺達は休みの日にテレビでワイドショーを見ていた。
「はい、こちら高表市の東城ドリームランドです。こちらでは今ドリームパレードが行われていて、大変な大盛り上がりになっております!」
高表市の東城ドリームランド。
志葉県にあるのに東城の名前が付いている、まあよくある話だな。
ママー牧場も名前の候補が東城ジャーマン村だったとか、温泉施設には志葉の奥地なのに東城有浴城なんて場所もある。
まあ、志葉県よりは東城都のほうが響きがいいからそういうもんかもな。
「こちらで大人気なのが、クラウンのシモンさん。日本語のペラペラな金髪イケメンのクラウンキャストさんです。こんにちはー」
「ハーイ、ボクがシモンデス。二ホンのおねーさん、美人ばっかりでボク、とてもうれしいデス。おねーさんもゼヒ、ドリームランド、楽しんでいって下サーイ」
この胡散臭い日本語、誰かを思い出すな。
ツムギリフォームの住み込み社員のペドロさん、彼もこんな感じの胡散臭い日本語だったけど、あのシモンっての、それより胡散臭い。
「へー、ええ男やん。でもあのチャラチャラした感じはあーしの好みやないけど」
「ふむ、こやつには何か違和感を感じるのじゃ、何というか備長炭のような、表には見えんが何か内に秘めて燃えているといった感じか」
「まさかー、んなわけないやん。これタダの日本かぶれの怪しいにーちゃんやて」
シモンは大きなパレードの車の上に乗っていたが、その後転落、みんなビックリしたがなんと車の下から抜けて後ろから何事もなかったかのように表れた。
これは相当の運動神経が無いと大惨事で事故になるヤツだ、それをいとも簡単にやるって、下手なとび職より凄い奴だぞアレ。
「ごめんごめんレディ―達、ボクのこと心配させちゃったネ、これはお詫びだヨ」
といってシモンは胸に仕込んでいた鞭を使い、バラの花びらを辺り一面に撒き散らした。
これ、相当の使い手じゃなきゃ手元で鞭が絡まるやつだよな。
シモンの紹介はすぐに終わり、その後は着ぐるみや映画キャラの紹介になったけど、あの短時間でSNSはバズってた。
なんせ、紗夜のSNS友達になってる深山村分校に行った雪女ハーフのしずりちゃんからも反応があったくらいだ。
『あのお兄ちゃんカッコよかったよね。そうそう、今度とと様が関東に行く時、かか様もいっしょにドリームランドに行くんだよ、お土産、買って来るからね☆』
こんなのを見たら
そろそろ始まるぞ……。
「タクミー。ワシを東城どりーむらんどに連れて行くのじゃー! のじゃー!!」
あーあ、始まっちゃった。
東城ドリームランドのテレビ中継を見終えた俺は、ふと気になって公式サイトを開いてみた。
紗夜に言われて、下調べってやつだ。
「おい紗夜、お前ドリームランド行くって言ってたけど、これ……入場料ひとり七千五百円だぞ……?」
「む、ななせん……ごひゃくえん? それは……ぽてるこが何個買えるのじゃ……?……?」
「お前の基準はそれかよ。でもな、今はコロナ明けの人手不足でスタッフ確保に金かかってんだろ。パレード増やして設備維持して、物価高でこの値段……ってニュースにもなってたぞ」
「ぬぅぅううう……ワシのおこづかいでは無理じゃ……! たくみー、たくみー、しょーもない家具直しなんかしとらんで姫を遊園地に連れていくのじゃあ!!」
ジタバタしながら駄々っ子のたぬき着ぐるみで床を転がる紗夜。いつものことだ。
どう見てもこれが戦国時代の姫様とはとても思えん。
俺はため息をつきながら、冷蔵庫を開けた。そして出してきた。
「はい、コーラとぽてるこ、そしてアズキモナカアイス。特盛りセットで機嫌直せ、姫さま」
「ぬおっ……! こ、これは最強の組み合わせ……! し、しかも……あずきもなかあいすは“龍神ぷりんと限定しーる”じゃと!? ワシのこれくしょん魂が疼くのじゃあ!?」
「これで手を打たねーと、もう知らんぞ。あとでな、しずりちゃんの“とと様とドリームランド”って報告聞いても泣くなよ?」
「うぐぐ……そ、それだけは言うなぁぁあ……!! わ、ワシは今からあずきもなかとぽてるこの宴じゃあ!」
と、開き直って床でアイスにかじりつくタヌキ着ぐるみ。
今日も平和だ……たぶん。
◆
一方その頃――ドリームランドのパレードを終えたクラウン・シモンは、控室でキャスト仲間に声をかけられていた。
「おーいシモン、みんなで晩メシどう? あそこのピザ屋行こうってさ」
「あー……スミマセン、今日は妹と会う約束があってテー」
胡散臭い日本語は相変わらずだ。これが演技なのか素なのかは誰もわからない。
「え、妹? シモンって兄貴だったの?」
「まあネ……久々に会えるって話でシテ」
そう言い残して去っていったシモンの背中は、さっきまでのチャラさが一片もなかった。
そして向かった先は――下総港。
数日前、九頭蛇と呼ばれた闇の中華系マフィアが豪華船を残して**“全滅した”**という噂がある場所だ。
夕暮れの無人の港、空にはカラスすらいない。
静寂の中、シモンはジャケットの裏から、銀の十字架とエクソシスト用の呪符を取り出す。
「……無様に散ったな、九頭蛇。ここで何が起きたか、調べさせてもらうヨ。そして……あの悪霊共を利用していた日本の“霊的貴族”の正体も、全部暴いてヤル」
彼の眼はもう、“笑うクラウン”ではなかった。
ただ一つの使命――悪霊を根絶やしにする、そのためだけに“仮面”を被る男の本当の顔だった。。
「マリア……いったいどこにいるんだ?」
クラウンの仮面をかぶったまま、シモンは十字架の柄の剣を握り、無人のはずの豪華客船の中を歩いた。
この船は中華系マフィア九頭蛇の幹部達がいたはずなのだが、当の九人は満生の呼び出した饕餮によって全員が根こそぎ食われて消滅していた。
今残っているのは残酷な人肉ショーの犠牲者として残っている怨念の塊だ。
ゴミ捨て場に無造作に捨てられた人間の残骸、それらは恨みの念を持ったまま……屍鬼コープスとなり、辺りの全てを食らいつくそうとしていた。
「イタイ……クルシイ……ニクイ……ユルサナイ」
「ドウシテ、ドウシテワタシガ……コンナメニ……」
コープスは男女年齢関係なく苦しみを呻いている。
「イヤダ。イヤダ……カエリタイ、カエリタイ……ママ……ママァ……」
と泣きながら、内臓をぶら下げた少女のコープスがシモンの足元に手を伸ばしてきた――。
人間や現世への恨みでいくつもの屍が固まった怪物が船の中を蠢いている。
それらは船にいた他の動物や人間だったものを巻き込み、ドンドン巨大化していく。
その前に姿を見せたのが……黒い法衣に身を包んだ白い断罪者、シモン・ヘルシングだった。
彼はクラウンの仮面を外し、十字架の刻まれた銀色の瞳で目の前の怪物を睨んだ。
「哀れな……生きる事を呪いにされてまだ存在するとは……せめて、消滅させる事こそが救い。さあ、断罪の時間だ!!」
「……せめて、消滅こそが救い。祈れ、そして――断罪を受けろ!!」
シモンが銀の十字架剣を掲げると、その刃が光を放ち、軋む音と共に一瞬で変形。
銀の鎖がうねり、まるで意思を持つかのように周囲を這い回る。
それは――断罪の銀蛇。シモン・ヘルシングの“異端の神罰”――《ガリアンソード》だった。
このガリアンソードは神力の込められた銀を聖水で磨いて作られた最強の退魔剣だ。
シモンがガリアンソードを屍鬼に巻き付けると、銀の刃は屍を溶かしながら粉々に砕いた。
「汝、地に堕ちたれど、天に許されんことを願う――消えろ、コープス。せめて魂よ、安らぎのあらんことを……」
銀の鎖に浄化された屍鬼たちの残骸――その中に、血で書かれたような文字が残っていた。
《I AM WATCHING YOU ——Maria》
下総港の豪華客船の中で屍鬼を葬ったシモンは、呟いた。
「マリア、これはお前の仕業か。オレは……お前を裁かなければならないのか……」
そして、シモンはそのまま闇の中を駆け抜けて姿を消した。
彼の向かったのは下総霊園。
シモンはこの屍鬼を作ったのがネクロマンサーとなった彼の妹、ダークシスター・マリアだと感じ、その悪意を感じた方向に存在したのが下総霊園だったのだ。