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第33話

「奈央、出来たぞ!」


 付け合わせだけ用意した奈央に、疲れたからステーキは俺が焼くよう命令を受け大人しく従った俺は、奈央の前に焼き上がった肉を並べる。


「美味しそう」


 嬉しそうな顔して喜ぶのはいいけど、こう言う時の対応に困る。昨日のことはなかったように普通に話す奈央に、俺はどう接すればいいのか⋯⋯。


「あのさ、昨日のことだけど――」

「うるさいな。ステーキ冷めちゃうでしょ」


    俺はすげぇ悩んだのに、話より肉か?


「そんなに腹減ってんの?」

「今日一日、ほとんど何も食べてないの」


 喰ってないって、俺がいない時のこいつの食生活って、一体どうなってるんだよ。


「じゃ、食べながらでいいから。黙って聞いとけよ」


「いただきます」


「昨日、お前を疑ったこと、本当に悪かったと思ってる。言い訳はしない。あの時俺は、間違いなくお前を疑った」


「うん」


 奈央は食事をしながらでも、相槌だけは打ってくれるようだ。


「お前と一緒にいることが多かったのに、そんなことも分からないなんて、情けないって思ってる」


「うん」


「お前が昨日言った意味も、何となく分かった」


「うん」


「奈央の言うことが正しいのかもしれないって、思えることもある」


「うん」


「でもな、一つだけ納得できない」


「うん」


「お前が望んでるとやらの結婚じゃ、お前は幸せになれない。そんな考え今すぐ捨てろ」


「無理」


 最後だけは、相槌を打って貰えなかった。


「喋ってばかりいないで、敬介も早く食べなよ」


「おぅ、頂きます。でも、話は続けるぞ」


 奈央は顔を動かさず、チラリと目だけで俺を見る。まだ話す気? と言わんばかりだ。


「お前はまだ17だ。今から将来を決め付けることもないだろ」

「⋯⋯」


 相槌はない。それどころか『うるさい』とも『しつこい』とも言わず、怒りの一欠片さえ見えない。無表情で無言になるほど面白くないってとこか。


「親のためか?」


「⋯⋯」


「優等生気取って親の言いなりか?」


「⋯⋯」


 挑発しても乗っかってくる気配もない。

 ただ、


「それとも他に理由でもあんのか?」

「⋯⋯」


 この問いにだけ、手にしていたナイフの動きが一瞬止まった。


「敬介には、分からないよ」


 淡々と言う奈央は、またステーキをカットしていく。


「そうかもしんねぇな。でもな、考え方なんて一つ変わると、自分の中で信じてた色んなものが、呆気ないほどどんどん変わったりもする。今の俺が良い例だ」


「⋯⋯」


「誰かさんのお蔭で俺変わりっぱなし。あっ、振り回されっぱなしって言う方が正しいか?」


 嫌味を言っても一瞥くれただけで、また貝みたいに口を閉ざす。

 コイツに頭ごなしに言ったところで、頑なな思考を崩すのは難しいのかもしれない。


「まぁ、いい。ここで何を言っても奈央が聞き入れないのは分かってる。でも、奈央は俺に影響与えた大事な奴だからな。間違ってることしたら放っておくことはできない」


「⋯⋯」


「だから決めた。お前に結婚話持ち上がったら、俺が阻止しちゃおう!」


「何言ってんの? 何が『しちゃおう』よ。ふざけないで!」


 やっと喋ったか。目は据わってるけど。


「残念ながら俺、沢谷の人間だし。本気になれば、それくらいの力はあるんだよなぁ」


「今まで散々隠しておいて、何開き直ってんのよ。大人のやることじゃないでしょ」


「俺、大人になりきれてねぇもん」


「最低⋯⋯」


「お前に最低って言われてもな、今更、痛くも痒くもないんだわ。ま、結婚っていってもまだ先の話だし、それまでに奈央の考えも変わるかもしんねぇだろ? だからそんな怒るな。はい、この話は終わり~。ほら、これやるから機嫌直せって」


 自分の皿から奈央の皿に、目的のものをフォークですくっては移す。


「なんで人参ばっかなのよ。子供じゃないんだから、好き嫌い言わずこれくらい自分で食べなさいよね」

「言ったじゃん。俺、大人になりきれてねぇって」

「ムカツク」


 ムカツク、か。大いに結構だ。そうやってムカツキもするし、可笑しければ笑ったりもするんだ。言われるがままに結婚したら、そんなものも封印して、真面目ヅラ貼り付けて生活してくんだろ? そんなの本当の奈央じゃない。それを分からないバカ男なんかに、黙って奈央を渡せるか。


 奈央を見れば、珍しく膨れっ面。よっぽど俺の発言の数々が煩わしかったのだろうと、俺は、ひっそり笑う。


 こうして奈央の感情を揺さぶるのも悪くない。たまには俺が主導権を握らないと。いつも俺ばっかりが、やられっぱなしだし。


 そう、一人ほくそ笑むも束の間。


「痛ぇっ!」


 テーブルの下ではすねめがけて、奈央からの蹴りが入った。

 また『ムカツク』と言いながら。その『ムカツク』の前に『顔が』と、失礼極まりない科白まで上乗せして。



 ――そして、翌日。



 朝食には、ニンジンサラダに、ニンジンジュース。トーストにはニンジンペーストが塗られてあった。


 どんだけこの家には人参がストックしてあんだよ。まだ雑煮の方がマシだ。


 何だ、この仕返しは! お前の方こそガキじゃねぇか! と思っても、更なる報復を考えれば口にしない方が得策だ。

 大量のベーターカロチンを前に戦意喪失した俺は『頂きます』の代わりに白旗を上げる。


「参りました」


 手にした幻の主導権は、一夜にして奈央へと返上した。



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