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第34話


「一緒に選んでやるよ」

「いい。一人でゆっくり見たい。どうせ敬介がいたって、碌なアドバイスなんて貰えないだろうし」


 相も変わらず失礼極まりない奈央と俺は、今、街中を走らせている車の中。

 というのも、生徒たちより一足先に冬休みが終わり、仕事を終えて隣の部屋に行ってみると、例の如く机にかじりつき勉強していた奈央が、ポツリと漏らした一言から始まる。


『新しい問題集が欲しい』


 それに便乗し、丁度腕時計の調子が悪かった俺は、新しい時計を見るついでだと、奈央を買い物へと連れ出したわけだ。


 明日からは新学期。買い物が終われば外で食事を済ませ、今日は早々に休ませてやるつもりでいた。


 でも先ずは、奈央の問題集を一緒に選んでやろうと思ったのに⋯⋯。


 碌なアドバイスなんて貰えない、だと? 

 人の好意を無下にしやがって!


「バカだな、お前は。俺がいた方が役立つに決まってんだろ。こう見えても教師だからな」

「へぇ、見えないね。知らなかった」


 お前の副担だということ、どうか思い出してはくれないだろうか。そして、二度と忘れないで欲しい。


「俺、一応○○大卒なんだけど。少しは役に立ちそうだろ?」

「嘘!」


 奈央は驚愕に目を見開いた。


 ふん、どうだ! 驚いたか。悪いが高学歴なんだよ。遊んでばっかいたと思うなよ?


「嘘ついてどうすんだよ。本当だ」

「信じられない」


 これで少しは見る目も変わるだろう。俺の株も上がるに違いない。


「敬介」

「ん?」

「裏口使ってまで、そんなに学歴欲しかったの?」

「⋯⋯」


 株爆上がりの淡い期待は泡と消えた。

 澄まし顔で言うこの生意気な口、どうにかならないものだろうか。


「ふざけんなっ! 俺は正真正銘実力で――」

「あ、敬介ここでいいよ。何時に戻ってくればいい?」


 懸命に訴える俺の真実の叫びは、目的地到着で敢え無く強制終了。奈央は手際良くシートベルトを外し、俺の話なんて耳にも入れていない模様。


「19時に戻って来い。時間厳守。絶対チョロチョロ動くなよ。それから、帽子ちゃんと被れ。あとダテ眼鏡持ってきてんだろ? それも掛けとけよ」


「はいはい、うるさいんだから」


 折角、付き合ってやろうと思っていたのに拒否したんだから、それくらいは言うことを聞いてもらわねば困る。


 奈央は面倒臭そうにしながらも、すんなりと言う通りにし、手をヒラヒラさせながら車を降りて行った。


 大丈夫だろうな?

 強引にでも付いてくべきだったか?


 アドバイスよりも、本当は変な男に声を掛けられやしないかと心配だから付いて行きたかった。

 でも、とりあえず帽子は被らせた。メガネも掛けさせた。忍び寄る魔の手を幾分遠ざけたとは思う。

 心配しながらも奈央が本屋を入っていくのを見届けると、俺も時計を買いにその場を離れた。




 ――そして、待ち合わせ時間。




 急いで戻って来た俺が到着したのは、約束の10分前。

 奈央が『お待たせ』と、暢気に戻ってきたのは約束から20分後。

 この30分もの間に、どれほどそわそわしたことか。

 場所をレストランに移し、聞く耳を持たない相手に俺の小言が始まったのは言うまでもない。


「恋人でもないのに、ホント煩い」


 非難を受けながらも、


「出来の悪い妹を持った兄の心境なんだよ。保護者代わりだ!」


 そう、奈央にも自分にも言い聞かせた。



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