今日から3学期が始まったが、担任である福島先生が、初日からインフルエンザに罹りダウン。他にも男子生徒が一人、同じくインフルエンザで欠席だった。
そして、もう一人。柏木比奈乃の姿もない。柏木の仲の良い奴等に聞いても何も分からないようで、学校にも連絡は入っていなかった。
ただの遅刻か、それとも何かあったのか。
始業式が終わっても、姿を見せない柏木を気にかけつつ、HRを行う。
それにしても、冬休みの提出物ってこんなにあったのか。仕分けるだけでも一苦労の量だ。
生徒たちから必要なものを集めたあと、生徒の出来が良いのか、はたまた俺の統率力のお蔭か。目立った問題もなくHRを終えた。
「はい、今日はここまで。気をつけて帰れよー!」
挨拶も済ませ今日はこれにて解散。
但し、一人を除いては。
「クラス委員! 悪いがこの提出物、一緒に職員室まで運んでもらえるか? 川田が休みだから水野一人に押し付けて申し訳ないけど、手伝ってくれ」
川田とは、インフルエンザで休んでいる、もう一人のクラス委員である男子生徒だ。女子のクラス委員が優等生女子、奈央だった。
――悪いな、奈央。優等生奈央の時なら、教師の言うことも良く聞いてくれるもんな。
「はい、分かりました」
流石はクラス委員。思った通り嫌な顔もせずに引き受けてくれる。是非とも家でもそうしてもらいたいものだ。
「じゃ、これ頼むな」
教壇まで来た奈央に、俺と半分に分けた提出物を持たせる。
「はい」
「痛っ!」
優等生に相応しい良いお返事が聞こえたと思ったと同時、足に痛みが走る。
教室に残っている生徒たちからは、何があったのか机が邪魔して見えてはいないだろうが、
「先生、どうしたの? 大丈夫?」
俺の声に反応した優しい女子生徒が心配してくれる。
「あ、あぁ。ちょっと足を机にぶつけただけだ」
本当のことを言っても誰も信じてはくれないだろうと諦め、真実を偽る。
そんな俺の隣では、優等生が白々しい気遣いをみせる。
「沢谷先生、大丈夫ですか?」
偽装した優しい声を出す奈央こそが、俺に痛みを与えた張本人だっていうのに。
この小悪魔、人の足、思いっきり踏みつけやがって!
何が大丈夫ですか、だ。
手伝わされるのが面白くなくて、思いっきり力任せに踏みつけてきたに違いない。こうなりゃ、嫌がらせ的に仕分け作業までさせようか。
そんなことを企みながら、
「⋯⋯おぅ、大丈夫だ。じゃ、職員室まで行くか」
優等生の仮面を貼り付けた小悪魔を引きつれ、教室を出た。
職員室に向かう廊下を歩きながら、
「悪いが、面倒ついでに仕分けんのも手伝ってもらえるか?」
と、頼んでも
「はい、いいですよ」
綻びのない完璧な笑顔で引き受けてくれる。
「本当に水野はいい奴だな。どんなに嫌でも顔や態度に出さないもんな」
「嫌じゃないですよ。私でお役に立つなら、いつでも手伝います」
「そうか、そりゃ助かる。実は内心じゃ怒ってて、殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだけどな」
「まさか。先生に暴力だなんて振るうはずないじゃないですか」
「そうだよな。その言葉、頼むから絶対に忘れるなよ?」
「もちろんです」
とうとう職員室に着くその時まで、これこそ白々しい以外の何ものでもない会話は続けれられた。
それにしても見事だよ。その笑顔、絶対に崩れないんだな。女優だよ、お前。アカデミー賞もんだ。
偽善者奈央に、心の中で賞賛の嵐を浴びせながら職員室へと足を踏み入れる。
と、そこには、教室に顔を見せなかった柏木がいた。
――この状況。何かあったのかもしれない。