「丁度良かった。今、沢谷先生を呼びに行こうと思っていたところなんですよ」
「何かありましたか?」
問題が起きたのは間違いないらしい。職員室に入るなり俺に声を掛けてきたのは、生活指導の川崎先生だ。
川崎先生の前には、うちのクラスの柏木と、確か⋯⋯、E組の林田だったか。その二人が並んで立たされている。
林田は、進学校である我が校において、派手な身なりと教師への反抗的な振る舞いで、職員室でも度々名前が挙がっていた。ただ成績は極端に悪くはなく、だからこそ余計に扱い辛い、とされている生徒だった。
俺の机で仕分けするよう奈央に指示を出し、柏木たちの元と急ぐ。
「一体、何があったんです?」
川崎先生の話によると、昨日、柏木たちは街中で喧嘩をしていたと言う。
喧嘩が収まり、その場に柏木の生徒手帳が落ちていたのを見つけた通行人が、わざわざ学校まで届けに来てくれたらしい。
その人曰く、女子同士の喧嘩で、柏木の他にもうひとりと、それに対して相手は三人だったと、詳細まで語っていってくれたそうだ。
林田と一緒に遅刻して登校して来た柏木に、川崎先生が呼び止め事実確認をしたところ、その喧嘩の場にいたもうひとりは自分だと林田が認めたために、職員室にふたりを引っ張ってきて事情を聞いている最中とのことだった。
にしても、このふたりって仲良かったのか?
柏木と言えば、決まった仲間といつも一緒にいるとばかり思っていたんだが。
「喧嘩したのは本当か?」
全く別の方向を向いて無言の林田と、コクリと素直に頷く柏木。
「ふたりとも怪我は? 痛いとこあるなら、保健室なり病院に行かないと」
口を止めるなり「ん?」と首を捻った。
林田が急に、怪訝な目を向けてきたからだ。林田だけじゃない。何故か川崎先生も睨んでくる。
⋯⋯俺、何か変なことでも言ったか?
「そんなことより、肝心な喧嘩の理由を聞いてくださいよ。三人相手に喧嘩したのは認めても、その理由をこのふたりは、全く話そうとしないんですから」
そんなことって言うけど、怪我してるか確認するのが先なんじゃねぇの?
呆れた顔を隠そうともせず、腕を組み椅子にふんぞり返る川崎先生を無視して、柏木たちと話を続ける。
「で、柏木も林田も痛いとこは本当にないか? 黙ってちゃ分からないだろ?」
「⋯⋯大丈夫です」
蚊の鳴くような声で柏木が答えた。
「林田は?」
ジッと探るように見た林田は、僅かにその首を縦に動かす。
「そっか。じゃ、次は何で喧嘩なんてしたのか教えてくれよ」
林田はともかくとして、柏木が喧嘩をするイメージなんてない。覗き込むように柏木の表情を窺えば、観念したのか、か細い声を出した。しかし、それと同時。
「わたし――」
「絡まれてた奴がいたから助けた。それだけ」
それまで頑なに口を閉ざしていた林田が、柏木を遮るように早口で理由を述べた。
「なんだ、そうか。なら、最初からそう言えよ。助けるなんて勇気あるな。でもな、お前たちは女の子なんだから、怪我でもしたら大変だろ? 今度からそういう時は、近くの大人に直ぐ言えよ?」
「何を甘いこと言ってるんですかっ!」
俺に飛んできた、川崎先生からの叱責。
それだけじゃなく、「これだから新米教師は⋯⋯」 と、溜息混じりの小さな嫌味も、俺の耳はしっかりとキャッチした。