テンションを上げた俺の声は、可哀想なほど空回りだ。
だが、挫けて引き下がるわけにはいかない。話しかけた以上、今更窓を閉めるわけにはいかなかった。何より、さっきまでの林田の様子が気になる。
「林田は、夏休みどっか行くのか~? あ、でも受験だしな、そんな暢気なこと言ってられないか⋯⋯。でも息抜きも必要だぞ?」
「⋯⋯」
⋯⋯ですよね。
やっぱり無視だよな。と思いつつ、何か気の利いた科白はないかと、めげずに重苦しい沈黙の中で思考を巡らす。
沈黙の時間を埋めるのは、けたたましい
ジリジリミンミンと騒がしいBGMをバックに悩んでいると、合唱の合間から違う音を拾った。
「⋯⋯盗み聞き?」
「っ!」
応じてくれたのは何よりだが、言われた言葉が何とも複雑だ。
「いや、盗めるほど聞こえなかったんだわ」
決まり悪くて頭を掻き掻き潔く正直に話すしかない。
「安心して。水野さんを苛めてなんてないから」
「いや、別に俺は⋯⋯」
確かに不安を感じた。もしかして、奈央が何かされるんじゃないかって、脳裏を掠めたのも事実。
言葉に詰まりかけ、すぐに慌てて言い添えた。
「まあ正直、二人の様子に心配しなかったわけじゃないけど⋯⋯、そんなとこで話すのも何だしさ、こっちで話さないか? 少しは涼しいぞ?」
誘いに乗ってくれるのか自信はなかったが、立ち去りもしない林田を見て僅かな期待も胸に芽生える。
「冷たいお茶くらいしかないけど、一杯くらい飲んでけよ」
口を閉ざした林田は、警戒の色を濃くして俺を冷たく見る。
こりゃ、駄目か。そう諦めかけた時、林田が俺の方へと向かって動いた。
ぐるっと建物を回って、部屋へと入って来た林田。誘っておきながら、こうして来てくれたことに驚きつつ、やはりそれ以上に素直に嬉しい。
林田を椅子に座らせ、冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を差し出す。
「悪いな。ホントにお茶ぐらいしかないんだわ」
「⋯⋯」
話をしようと試みるも、さて、何から切り出せばいいのやら。
どうせ盗み聞きをしていると思われているのなら、ストレートに奈央と林田の関係を聞いてみるか。そう思い口を開きかけ、しかし、一足先に林田が声を発した。
「都合の良い相手?」
「お? えーっと⋯⋯何がだ?」
林田から口火を切ってはくれたが、質問の意図は全く以て意味不明。
「水野さんの都合の良い男かって、あんたに聞いてんの」
イラついた様子で、林田は細めた目を俺に向ける。
解説してくれたことで漸く理解が追いつき、俺の顔も強張った。
「言ってる意味が分からないんだが?」
「あの子が、どんな風に男と付き合ってるか知ってる。あんたもそのうちの一人? それとも、あんたがあの子を
刺々しい物言いは、俺と奈央が普通の教師と生徒だけの間柄じゃないと匂わせていた。
「何を勘違いしてるのか分からないが、お前が思っているような関係じゃない」
こいつの前で何の話だ? と惚けても意味ないだろう。
歪で褒められた関係ではないことは認めるが、だが、林田が指摘するような付き合いは、実際、俺達の間には存在しない。
林田が俺達のことを疑っているとしたら⋯⋯多分あの時。雨の日に、柏木を送って行った時だろう。
「じゃ、本気で付き合ってるとでも?」
「林田。お前に俺のプライベートを話す必要があるか? でもな、水野の名誉のために言っとくよ。俺達は付き合ってもないし、水野も俺が知ってる限り、お前が思っているような男関係はない」
確かに昔はあったんだろう。けど、今の奈央にそんな男は居ないって、近くにいる俺が一番良く知っている。会っている様子すらない。
射るような林田の真っ直ぐな眼差しを、俺もまた真正面から受け止めた⋯⋯⋯⋯のだが。
「⋯⋯ぷっ! ごめん!」
怖い顔から一変。林田は、いきなり盛大に噴き出し、そして、大いに笑った。