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第54話


 テンションを上げた俺の声は、可哀想なほど空回りだ。

 だが、挫けて引き下がるわけにはいかない。話しかけた以上、今更窓を閉めるわけにはいかなかった。何より、さっきまでの林田の様子が気になる。


「林田は、夏休みどっか行くのか~? あ、でも受験だしな、そんな暢気なこと言ってられないか⋯⋯。でも息抜きも必要だぞ?」

「⋯⋯」


 ⋯⋯ですよね。


 やっぱり無視だよな。と思いつつ、何か気の利いた科白はないかと、めげずに重苦しい沈黙の中で思考を巡らす。


 沈黙の時間を埋めるのは、けたたましいせみの鳴き声だけ。

 ジリジリミンミンと騒がしいBGMをバックに悩んでいると、合唱の合間から違う音を拾った。


「⋯⋯盗み聞き?」

「っ!」


 応じてくれたのは何よりだが、言われた言葉が何とも複雑だ。


「いや、盗めるほど聞こえなかったんだわ」


 決まり悪くて頭を掻き掻き潔く正直に話すしかない。


「安心して。水野さんを苛めてなんてないから」

「いや、別に俺は⋯⋯」


 確かに不安を感じた。もしかして、奈央が何かされるんじゃないかって、脳裏を掠めたのも事実。


 言葉に詰まりかけ、すぐに慌てて言い添えた。


「まあ正直、二人の様子に心配しなかったわけじゃないけど⋯⋯、そんなとこで話すのも何だしさ、こっちで話さないか? 少しは涼しいぞ?」


 誘いに乗ってくれるのか自信はなかったが、立ち去りもしない林田を見て僅かな期待も胸に芽生える。


「冷たいお茶くらいしかないけど、一杯くらい飲んでけよ」


 口を閉ざした林田は、警戒の色を濃くして俺を冷たく見る。


 こりゃ、駄目か。そう諦めかけた時、林田が俺の方へと向かって動いた。


 ぐるっと建物を回って、部屋へと入って来た林田。誘っておきながら、こうして来てくれたことに驚きつつ、やはりそれ以上に素直に嬉しい。


 林田を椅子に座らせ、冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を差し出す。


「悪いな。ホントにお茶ぐらいしかないんだわ」

「⋯⋯」


 話をしようと試みるも、さて、何から切り出せばいいのやら。


 どうせ盗み聞きをしていると思われているのなら、ストレートに奈央と林田の関係を聞いてみるか。そう思い口を開きかけ、しかし、一足先に林田が声を発した。


「都合の良い相手?」

「お? えーっと⋯⋯何がだ?」


 林田から口火を切ってはくれたが、質問の意図は全く以て意味不明。


「水野さんの都合の良い男かって、あんたに聞いてんの」


 イラついた様子で、林田は細めた目を俺に向ける。

 解説してくれたことで漸く理解が追いつき、俺の顔も強張った。


「言ってる意味が分からないんだが?」

「あの子が、どんな風に男と付き合ってるか知ってる。あんたもそのうちの一人? それとも、あんたがあの子をもてあそんでるとか?」


 刺々しい物言いは、俺と奈央が普通の教師と生徒だけの間柄じゃないと匂わせていた。


「何を勘違いしてるのか分からないが、お前が思っているような関係じゃない」


 こいつの前で何の話だ? と惚けても意味ないだろう。

 歪で褒められた関係ではないことは認めるが、だが、林田が指摘するような付き合いは、実際、俺達の間には存在しない。


 林田が俺達のことを疑っているとしたら⋯⋯多分あの時。雨の日に、柏木を送って行った時だろう。


「じゃ、本気で付き合ってるとでも?」


「林田。お前に俺のプライベートを話す必要があるか? でもな、水野の名誉のために言っとくよ。俺達は付き合ってもないし、水野も俺が知ってる限り、お前が思っているような男関係はない」


 確かに昔はあったんだろう。けど、今の奈央にそんな男は居ないって、近くにいる俺が一番良く知っている。会っている様子すらない。


 射るような林田の真っ直ぐな眼差しを、俺もまた真正面から受け止めた⋯⋯⋯⋯のだが。



「⋯⋯ぷっ! ごめん!」


 怖い顔から一変。林田は、いきなり盛大に噴き出し、そして、大いに笑った。

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