季節はジリジリと熱い太陽を従え、体力を奪う毎日へと変わっていた。
今日で一学期も終了。林田との距離は思うように縮まなかったが、とりわけ他に目立った問題もなく、明日から夏休みへと突入だ。
しかし、三年にとっては大事な時期。それを預かる俺も同じで、生徒たちが帰った後も講習の用意やらで仕事は山ほどあった。
クーラーが効いている職員室で仕事をしようかと思ったが、如何せん暑い。それもそのはずで、クーラーの設定温度は、環境のためにと27度に固定されてある。
だったら、何故クールビズを推奨しない!?
それでなくても、日頃からネクタイの締め付けがイヤだって言うのに、この暑さでは息苦しさも半端じゃない。
進学校で名高いうちの学校は、身なりもきちんとするよう義務付けられていて、特例として許されているのは、体育教師くらいだ。
だが、それも俺にとっては迷惑なことこの上ない。
タンクトップでウロウロする体育教師の田村先生。はっきり言って暑苦しい。その無駄な筋肉と脂ぎった顔が視力を通して熱さを倍増させる。
その上、体育会系のノリで話しかけられては堪ったもんじゃない。俺の体力が、いや、気力までもが不必要なまでに奪われていく気がする。
俺は、必要書類を纏めて抱えると、誰も使っていない資料室へと場所を移した。
別棟の一階奥にあるこの部屋は、裏庭にある木々に遮られ、日があまり当たらない。クーラーの温度は固定調節されているが、職員室よりは断然マシだった。
誰に気兼ねするわけでもなく首に纏わりつくネクタイに指を引っ掛け、それを抜き取る。
シャツのボタンも一つ外し、「さて、やるか!」 と気合と共に椅子に座ろうとした時だった。窓の向こう側に、二人の女子生徒を見つける。
落としかけていた腰を持ち上げ窓際に寄れば、途端にその光景から目が離せなくなった。
――――何故、お前たちが一緒にいる?
目を向けた先にいるのは、教室の最後部を陣取る二人――奈央と林田だった。
とてもじゃないが仲が良さそうには見えなかった二人が、どうして一緒にいるのか。人けのないこんな裏庭なんかで。
奈央が林田を誘うとは考えられない。だとすれば、林田からか。
でも、どうして? と首を捻らずにはいられない。
まさか、優等生の奈央が気に入らなくて呼び出したとか!?
いやいやいや、自分の教え子を信じよう。林田は柏木を庇った奴だ。そんな乱暴な真似、好んでするはずない⋯⋯よな?
信じたいのに消しきれない一抹の不安が後押しし、二人の様子を窺うために、熱を帯びた空気が一気になだれ込もうが構わず窓を静かに開けた。
しかし、少しばかり距離があるために、会話の内容は断片的にしか聞こえてこない。
「⋯⋯つもり?」
この声は奈央か?
「⋯⋯めん⋯⋯⋯⋯ほしくない」
「⋯⋯⋯⋯けいないでしょ」
「⋯⋯帰ってくるよ」
「⋯⋯」
「⋯⋯も、苦しんでる」
「こういうの迷惑だから」
最後だけ、はっきりと捉えた奈央の声。言い捨てた奈央は、林田を一瞥すると踵を返して正門の方へと歩いて行ってしまった。
全く掴めない会話の内容。でも俺が思っていた展開とはまるで違い、どちらかと言えば、奈央の方が態度が冷たく、口調も強かった。
一方の林田は、辛そうに顔を歪めている。奈央がいなくなった今でも。
取り残され林田は俯き、縫い付けられたように、そこから動かなかった。
ふぅー、と息を一つ深く吐き出す。
そして、遠慮がちに開いていた窓に手を掛けると、わざと音が立つよう乱暴に開け放った。
ビクっと肩が跳ねた林田。素早く顔を上げ、音の発信元を探して辺りを見渡し、やがて俺を捉えた。
「よぅ! 日陰でも、やっぱ外は暑いなぁー!」
「⋯⋯」
⋯⋯だよな。喋ってくれねぇよな。