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第10話:遅効性の女心

 静寂が支配する教室……誰も何も喋らず、ただ気まずい雰囲気だけが流れていた。


「……………あのぉ」

「クズ」

「ふぐぁ!?」


 野亥の簡潔でありながらも鋭い言葉の刃先を受け、神小は膝から崩れ落ちた。

 自分だけならまだしも、小さな頃からの大切な友人までもが≪催眠アプリ≫の犠牲者になったのだ。

 もちろん他にも複雑な感情が入り混じっているが、ああいった言葉が出てしまうのも仕方がないだろう。


 ちなみに、目を開けて上を見上げればゆかりの下着が見えるのだが、神小はしっかりと目をつぶっていた。

 野亥の視線が五寸釘のように突き刺さっている現状で、パンツを見るほどの勇気を持ち合わせていないだけだが。


『とりあえず、口封じそのものは成功した。こちらとしては、コイツを襲ってもらっても構わんのだが――――』


 神小は、首が取れそうな勢いで横に振る。


「無理! 絶対無理! 野亥さんが見てる横でやるとか、絶対に勃たないよ!」

「…………最低」


 デリカシーのない発言により、神小はまた少し心の距離が離れた錯覚を覚えた。


「そもそも! ゆかりさん、好きな人とか気になってる人いるでしょ!?」

「えっ!? あぁ~………まぁ、その……いるにはいるっすけどぉ~……」


 神小から逃げるように顔をそらし、頬を赤らめながらモジモジする彼女を、野亥がじっと見つめる。

 まるで、何かを見定めるように―――――。


「ほらねぇー、ゆかりさんって人気者だし学校中のイケメンと喋ってるもんねー! ふぅ、早まらなくてよかった! 勘違いしなくてよかった! NTRにならなくてよかった!」


 だが、そんなことなどお構いなしに自己完結する男子を見て、女子二人組は溜息をついた。


 神小にとって恋愛とは一度も触れたことのない、空想のものである。

 頭の中にあるのは漫画やアニメ、ゲームものだけだ。


 だからこそ、覆せない固定観念がある。

 "何年もの積み重ね、もしくは劇的な出来事がなければ、自分が好かれるようなことはない"と。


 ゆかりにとって、あの事件は人を好きになるだけの十分な出来事であった。

 彼女にとってあの時の神小は、窮地に現れた王子様に見えたことだろう。


 しかし、神小にとってアレは"ただの犯罪と暴力"であり、ゆかりは"ただの被害者"であった。

 恋愛は空想で、現実は事実だけを捉えることしかできない。

 野亥に負けず劣らず、なんとも難儀な男子である。


『そうだとしても、その女には利用価値がある。これからぜいぜい使わせてもらおうか』

「使うって、何にですか」


 野亥が刺々しい雰囲気を出しながら、尋ねる。


『この馬鹿とお前だけでは事態が進展しないことは嫌というほど分かった。そこで、第三者からの客観的な助言を出させるということだ』


 これに異議をとなえたのが、他の誰でもない神小であった。


「待った! ゆかりさんの助言がなくったって、俺たちならきっとゴールまで行けるはず! そうだよね、野亥さん!」

「……いつかは辿り着けると思いますよ。今のペースだと来世になると思いますが」

「一度死んでからやり直せって……コト!?」


 野亥は何も答えなかった。

 嘘や誤魔化しが言えないからだ。


「あ~……確かに、野亥ちゃんはちょっと気難しいっすもんね~」


 神小からの質問に答えたことで命令待機モードが解除されたゆかりが答える。

 これまでの神小と野亥のやり取りを見ていれば"ちょっと"どころではないのだが、幼い頃からの付き合いだからこその認識であった。


「いいっすよ。このあたしにドーンと任せてほしいっす!」

「やったー! よっ、ゆかりさん! 太っ腹!」

「はい、減点っす」

「ほわぁぃ!?」


 仲良く漫才をする二人を見て、野亥は本当にこれでよかったのかと自問自答する。

 万が一、自分と神小が仲良くなってしまったら、それを間近で見せられるのは友人であるからだ。


 そして漫才をしているゆかりは、この状況を心の奥底で喜んでいた。

 フられたわけでも、拒絶されたわけでもない……むしろ距離が縮まる絶好の機会が勝手にやってくるのだ。


 奇しくも、この出来事の中心人物である神小のあずかり知らぬままに、事態はゆっくりと進行していくのであった。

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