「なんか、中途半端だった」
「いや、腹パンどころか人を殴ったのって小三の時に薫と取っ組み合いの喧嘩した時以来だから、加減分かんねぇよ」
「あぁ、懐かしいね。喧嘩の理由が龍世がゲームでズルして私から殴りかかったっけ」
「そうだよ。よく覚えてたな」
「今思いだしたら下らないよね。笑っちゃうね」
「そうだな、この体育館倉庫の部屋を見るとあの頃を思い出す」
俺達が泊まっているホテルは、廃校になった小学校を利用して作ったもので、あたりを見渡すとその面影を感じる事が出来る。
「いやぁ、本当はあの遊園地か明日の即売会イベント会場近くにしたかったけど、どこも空いてなくてね。奇跡的にここしか空いてないの」
「そのかわり武岡龍世、薫夫婦の初夜の部屋は、人気の体育倉庫を改装した部屋にしといたからー。おやすー」
七川と太宰は、別の部屋へと行ってしまった。
「不思議だよな、この部屋。体操用マットレス代わりの布団とか枕があるのに、周りに跳び箱や平均台とかあるのって。……」
「そうだね、誰もいない体育倉庫にいるのってなんだがいけないことしてるみたい。いや、これからするんだし」
薫はシャワーを浴びながら、部屋にいる俺に声をかける。
「そ、そうだな。正直、俺もドキドキしてる」
「だったら今から女子更衣室に入ったら?」
「うるせぇ、なんで女子更衣室のあった空間にお風呂と脱衣場を作ったんだよ」
「良かったね、合法的に女子更衣室に入れて」
「か、からかうなよ。つーか、その中に脱衣場あるのになんでわざわざこの部屋に服を脱ぎ散らかしてんだよ」
俺の寝るマットレス近くには、さっきまで着ていた薫の衣類が脱ぎ捨てられている。
「ふふ、今なら下着盗んでも良いんだけどなー。それとも、風呂の鍵を開けっ放しだから覗いてみる?」
「いや、今はいいや」
俺は心臓をバクバクさせながら必死に目線を逸らそうとする。しかし、この異様な学校とホテルの部屋が混じった空間に慣れなくてますます落ち着かなくなっている。
薫がシャワーを浴びて、ドライヤーをかけながら「お風呂気持ちよかったー」と言ってでてきた。
「なんでタオル巻いたまま出てくるんだ!」
俺は顔を真っ赤にして目線を逸らす。
「え、そこ気にする? あ、タオル外した方がよかったね」
「……いや、気にするわ!」
「大丈夫大丈夫、龍世が襲っても誰にも言わないから」
「辞めろよ!」
俺の理性が耐えられねぇんだよ!!
彼女はそう言ってバスタオルを外すフリをするが、俺は目を手で覆って見えないようにした。
「りゅうせー。今日も、ここまで私を介護してくれてありがとう」
さっきまでからかっていた薫が、急にしおらしくなって俺の隣に座る。
「良いよ。俺は薫の事が好きだから頑張れる」
「そっか。私って本当に学校に妙な縁があるよね。学校で人気者になったと思えば、人気を失って片目を奪われた。でも、それでも龍世が助けてくれた」
薫は、遠い目で体育倉庫風のホテルの部屋の天井を眺める。俺も薫と一緒に過去を振り返る。あの出来事から、ここまで成長出来たな。俺も薫も。
「……そうだな」
「学校のグラウンドで倒れた私は龍世と恋人になり、今日と明日この体育倉庫で桐生薫は旦那様に襲われて処女を奪われていく。助けを求めても口を塞がれ、手足の自由を奪われてなされるがまま、いたぶられて」
「流石に重すぎるわ!! なんか途中から物騒な話になってません? というか、それ薫の願望だよね。さっきの思い出の振り返り台無しだよ」
恋人と星空をみてるノリで言ってるから大分可愛く見えるけど、字面にするとかなりエグい。
「ふふ、冗談だよ。チキンな恋人にはそれが出来ないんでしょ? こんなにも私がサービスしているのに、つまんない」
薫は頬をフグのように膨らませて脚をバタバタさせる。やめろよ、バスタオルから見えそうになってるって! 可愛いけど危ないだろ。
「チキンで悪かったな、チキンで」
「じゃさら、せめて今日は記念に写真撮って思い出作りしようよ。普通の恋人みたくさ」
「そうだな。せっかく珍しいホテルに泊まっているし、写真でも撮ろうか」
やっと、恋人らしい雰囲気になって俺は心底ホッとした。
こうして、俺は記念撮影をしてから眠りについたが、薫の事が気になって寝付きが悪かった。