「ダンナくん……本当に何もなかったの?」
「七川、本当に何もなかったよ。おかげで薫にチキンって罵られたよ」
ホテルの朝食バイキングにて、七川と太宰に詰め寄られていた。
「これで『何もなかった』って言い切れる?」
太宰がスマホを見せると、そこには昨晩俺と薫が撮った記念写真があったが、絶妙に加工されていた。太宰のスマホに送られた写真だと、跳び箱を背景に胸の谷間から上しか写っていない薫がダブルピースをしている姿しか写ってなかった。
何の事情を知らない第三者がみたら、「誰もいない体育倉庫に監禁されていじめられたあげく、笑顔でダブルピースしている女の子」に見えるだろう。
更に、この前の過呼吸で倒れた時に出来た頬の痣が薄っすらと残っていて、その周辺に薫が脱ぎ捨てた衣服と俺の腕が見切れている。これによって無理やり脱がされている感が出て、かなり嫌な方への説得力が増している。
実際は俺とバスタオル姿の薫と記念写真を撮っただけなのに、そこを切り取ったら凄惨ないじめ写真になっちゃった!
「待て、その写メは!?」
「かおちゃんが送ってきた♪」
「薫ぅぅぅ!! クソ……嵌めやがったな」
薫は寝不足なのか、飲みかけのホットミルクと食べかけのホットドッグを手にしたまま目が虚ろになってぼーっとしている。
「ハメたのは武岡龍世でしょ。薫ちゃんを。自分の女を」
「んー。うちらの仲だから、かおちゃんのマゾな所を知っているよ。だから双方合意の上での写真だってのは分かってるよー。だが、やっちまった後の責任取って自分の女と添い遂げヨロ」
七川と太宰は呆れた目で俺を窘める。なんか、外堀通り埋められて既成事実作られてないか?
「それはともかく、薫。ホットミルクこぼれそうになってるなら」
「あ、ありがとう。あなた」
「あなた呼ばわりやめて。普通に龍世で良いから」
「じゃあ、パパぁ。ちょっと眠いよ」
「まだ子供いねぇだろ。やめろよ、生々しい」
「ふふ、でもなんか寝不足で頭が回らないよ。ちょっと一緒にバイキングのメニュー選びにいこーよ」
「え! 妊娠! 寝不足? ねぇ、ダンナくん。ちゃんとゴムつけたの!」
「七川、からかうのやめろよ。本当に何も手を出してねえよ」
「香織は真面目な話してんだよ。お前、この子の事を本気で便利なおもちゃかなんかだと思ってんのか? あぁん!」
俺は七川と太宰にこってりと怒られた後、薫と一緒にホテルの朝食選びの手伝いをした。
「このふたりって凄い歪なカップルだよねー。お互いの好きな気持ちは真っ直ぐだから行き過ぎたプレイも健全に見えるの凄いってゆーか」
やっと、薫のお皿にコーヒーやサラダなどをチョイスして戻ってみたら、なんか七川と太宰が俺達カップルの話をしていた。
「だよね。薫ちゃんの深層心理ってマゾとサドが混ざっているよね。自分をいじめて喜んで欲しい。傷や痣だらけの自分をみてくれても嬉しい。そして自分に性的ないじめをした事を後悔してくれても嬉しい。ってなってるよね、これ」
「んん~結局、この二人ってこういう関係なんだよねー」
「そうだねぇ」
「まぁ、俺はこんなマゾで可愛い彼女と一生付き合ってくけどな」
俺がふたりに後ろから声をかけると、驚いた顔でまじまじと俺達カップルの顔をみる。
「あ! 噂をすれば!」
「聞いてたのかよー」
「嬉しい! でも、もっと可愛くいたぶってくれなきゃヤダ」
薫は俺の腕に抱きついて甘える。
「「やっぱこの二人、普通じゃねぇわ……」」
そこで、俺はふと思い出す。
「……でも、俺たちも普通のデートとか増やしていくか」
薫が「え?」と驚く。
「俺たち、いろいろあったけど、こういう普通のデートとか、もっとした方がいいんじゃねぇかなって」
薫がじんわり微笑む。
「そうだね。これからも色々な思い出作りたい」
「あと、観覧車のキスのリベンジはダメな」
「えぇー?」
「「やっぱこの二人、普通じゃねぇわ……」」
俺は薫と恋人になったからこそ分かる。変わったからこそ、今の薫と過ごせる時間が大切なんだ。