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第3話

 露草は別に、絵が好きってわけでもなければ芸術がどうこうというタイプではない。



 それでも彼の思考はまったく読めず振り回される。



「知ってる? マレビトの秘密」



「知らないよ。マレビトは六月の梅雨――雨の日に現れるとか見た目が美しいとか」



 誰もが知っている、この学園では常識の類だ。



 でも何故今、それを。



 「――――」



 彼がなんて、言ったか思い出せない。



 雨音と夜の底に沈んだ月のような微笑。


 あの日の彼は、どこまでも昏く遠かった。――本当に何を想っていたのだろうか。



校舎から香る梅雨の匂い。憂鬱で、幻想的で、仄暗い――まるで水底にいるようだ。



 声がした、露草と、誰かもうひとりいる。



 学園の小さな箱庭と呼ばれる六月の楽園で、神秘的な青と紫の紫陽花が花開く中に佇むふたりの少年。


 ……あれは誰。梅雨に、紅葉が咲いている。



「お前、もうすっかり馴染んでるよな。すれ違っても気づかんかった」



「それはほら、“露草”だからかな」



  雨音と混ざり合う声。




  それ以上は聞いていられなかった、遠ざかる、秘密から。





   あれは、露草じゃない。


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