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13.初陣

 軍用パワーアシストスーツ猟豹は、アルマンド社の兵器開発部門が手掛ける製品だ。

 スペックの割りに比較的安価であるため人気がある。


 機動甲冑ホワイトチャリオットとの違いを挙げるなら、まずは外見だろう。


 ホワイトチャリオットは白の装甲が全身を覆っており、中の操縦者の顔は見えない。

 対して猟豹は、身体の各所に機械部品とそれを覆う装甲があるものの、操縦者はほぼ剥き身だ。

 つまり甲冑であるホワイトチャリオットと、パワーアシストスーツである猟豹は、開発コンセプトが根本的に異なるということである。


 ……ホワイトチャリオットは銃弾をくらっても中の人が死なないんだよな。


 チェビルが身につけている猟豹に防御性能はない。

 それでもこの猟豹が人気なのは、同スペックの他社製品より割安だから、というだけではない。

 猟豹にはユーザーに愛されるだけの理由がある。

 それは軽量で小型であるため、衣服の下に簡単に隠せるという隠密性だ。


 実際、チェビルは制服の下に猟豹を身に着けている。

 校舎内で誰かに見咎められても言い訳ができるので、チェビルとしてはありがたいチョイスだ。


 潜んでいた教室から出て、窓からトラックを見る。

 黒いスーツ姿の4人組は、すぐ近くで待っていた被服部顧問の教諭と合流した。

 裏門から入ろうとする4人のエージェントの前に、チェビルは立ち塞がる。


「おい、今は授業中だぞ。こんなところで何をしている!!」


 教諭がチェビルを追い払うために凄んだ。

 エージェントの4人は見知らぬ子供への対応を教諭に任せつつ、しかし油断なくチェビルを観察する。

 そしてすぐに4人は戦闘態勢に移行するも、やや遅かった。


 チェビルが一気に間合いを詰めて、青白い光を纏った拳を振り抜いたのだ。

 防御する暇もなくエージェントのひとりがチェビルの拳で心臓を穿たれた。


「なっ――!?」


 教諭が目の前でエージェントのひとりが殺されたことに目を白黒させているとき、既に他の3人のエージェントは攻撃に移っていた。

 エージェントは懐から各々が使いやすいよう三者三様にカスタムした拳銃を取り出し、銃口をチェビルに向けて引き金を引く。

 しかし何故か引き金は硬くロックされており、外すはずのない三方からの至近距離での射撃に失敗した。


 エージェントたちは無線通信により拳銃の安全装置を確認し、自分たちの武器が既に敵の手によって制圧されていたことに気づく。

 拳銃を取り出し引き金を引き、拳銃の電子制御がハッキングされていることに気づくまで2秒ほど。

 だがチェビルを前にして、2秒の隙は致命的だった。


 青い残光が閃く。


 自分の武器が使い物にならない鉄屑と化していることに気づき、手放して後退しようとした3人の動きは的確だった。

 しかしチェビルはそれより早く、そして速く、もうひとりを斬り刻む。


「くそ――ッ」


 残りふたりのエージェントは高速で状況を覆すために演算を始めた。


 青の拳が届く近接格闘のレンジ内では圧倒的に不利だ。

 しかし振り切るだけの移動能力を、エージェントたちは持ち合わせていなかった。


 敵の正体が知れない。

 ただ青く輝く拳はエネルギーフィストと呼ばれる簡単な仕組みの白兵武器だということは見れば分かる。

 ただ拳銃と同じくらいこの島ではありふれた武装であるため、それが敵の正体に繋がらない点は痛い。


 全滅はマズいと判断したエージェントのひとりが、全魔力を物理障壁に注ぎ込んでもうひとりへの進路を阻むように立ちふさがった。

 心得たかのようにもうひとりのエージェントは戦場に背を向けて全力疾走に移る。


 敵の判断の素早さにチェビルは思わず舌打ちした。

 奇襲によりふたりのエージェントを撃破したまでは良かったが、ひとりが決死の覚悟で壁になられると、さしものチェビルも全力で逃走に入ったもうひとりを追い切れない。


 ……自力で処理できない場合は、と。


 密度の濃い新人研修では仲間を頼るべし、と習っていた。

 だから、そうする。


相棒バディ、逃走したひとりの処理をお願いします」


 チェビルは現場でのパートナーであるオーガイに任せることにした。


     ◆


「仕方ないですね、私の相棒バディは」


 現場付近の防犯カメラに侵入して成り行きを見守っていたオーガイが呟く。

 相変わらず屋上に座り込んでいるままだが、電子戦に物理的な距離や障害は関係ない。


 ……まあそもそもチェビルくんはこれが初陣です。エージェント4人をほとんどひとりで壊滅させたなら十分なんですけど。


 全力疾走するエージェントは、自分が所持している携帯端末すらも敵の制御下に置かれていることを確認して歯噛みした。

 どうにかして本社に状況を連絡しなければならない。

 援軍は間に合わないだろうが、全滅の知らせは届けなければならないのだ。

 敵の特徴から察せられる情報があまりに少ないのがまた嫌らしい。

 一体、どこの勢力が敵に回っているのだろう。

 エージェントは来たときに乗ってきたトラックまで辿り着いた。


 トラックは電子戦防御に対応しており、緊急時はここから本社へ連絡が取れるようになっている。

 個人で使用するようなチャチな携帯端末とは異なり、この防壁は簡単には攻略できない。


 実際、オーガイはトラックに強固な防壁が構築されているのを確認して、迂闊に手を出さないように監視状態に置いていた。

 敵エージェントが万が一、チェビルを振り切ってトラックに戻った場合、こちらの情報をグラスターウェア社に伝えられてしまう。

 それはなんとしてでも避けねばならない。


 だがそれ故、エージェントの懸命な行動は完全にオーガイに読まれていた。


「敵エージェントが奇襲に対応した場合、高確率でトラックに戻り通信する――定石ですね」


 トラックの車体の下。

 エージェントは気づかなかったが、既に小型ドローンを送り込み待機させてあった。

 ドローンには爆薬が積み込まれており、オーガイの命令ひとつでいつでも遠隔起爆できるようになっている。


 だから、起爆した。


 轟音とともにトラックが爆発炎上する。

 こうして4人目のエージェントはトラックとともに炎に包まれて死んだ。

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