目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第9話 深層潜入



「ペトロくん。付いて来られてる?」

「大丈夫!」


 悪魔の出現を感知したユダとペトロとヨハネは、現場へ急行していた。


「ヤコブとシモンが先に到着してるはずです!」

「休日だから人手も多い。なるべく早く片付けよう!」


 到着したのは、五つの通りが交差し、多くの飲食店などの店舗や大学があり、地下鉄駅もある交差点だ。

 すでに交差点を中心に展開されていた戦闘領域レギオン・シュラハトの中に三人は飛び込んだ。


「お待たせ!」

「待ってたぜ!」

「状況は?」

「絶賛弱体化中!」


「ヴ@%ゥ!」鎌の腕を持つ悪魔は、振るった勢いでその腕を切り離した。黒い鎌は地面を裂きながら走り、使徒はそれぞれ回避する。


「……∂メン、ナ§イ……∀ナタ……ゴ∑……」


 鎖から負のエネルギーを吸い取る悪魔の腕は再生し、独り言のような呻き声で使徒の動揺を誘う。


「誰が行く?」

「じゃあボクが……」

「オレが行く」


 シモンが立候補しようとしたが、ペトロが初めての潜入インフィルトラツィオンに挑もうと名乗りを上げた。


「大丈夫。ペトロくん?」

「行かせてくれ」


 練習などしておらず、ぶっつけ本番だ。ユダは案じるが、決意を固めた表情を見て引き止めることをやめた。どちらにせよ、やらなければならない使徒の重要な役目だ。


「わかった。気を付けて」

「よろしくね、ペトロ」

「無理するなよ」

「行って来い!」


 ヨハネたちに応援されたペトロは大きく頷き、倒れる女性の傍らに座り手を握った。


潜入インフィルトラツィオン!」


 ペトロが深層への潜入を開始したのを確認したユダたちは、悪魔へと意識を向ける。


「さあ。私たちはこっちをやるよ」

「四人掛かりでいかなくてもよさそうだけどな」

「じゃあ、ジャンケンして誰が戦うか決める?」

「平等にそうするか! せーの! ジャンケン……」

「こら、ふざけるな」

「二人とも。そんなこと言ってると……」


 今度は空中から黒い鎌が二つ飛んで来た。回避した四人がいた場所が大きなバツを描いて抉られる。


「狙われるよ?」

「わーったよ。真面目にやるって。 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


「℃ア§ァッ!」悪魔は光の粒の雨を食らうが、攻撃してきたヤコブを狙って反撃。街灯を切り倒した。軽々と見切ったヤコブは、通りの中心の時計塔の上に着地する。


「飛び道具だから油断はできないけど、手こずることはなさそうだな」

「ペトロが頑張ってくれてるから、ボクたちも頑張ろ!」


 ヨハネたちは目の前の敵に一点集中する。

 ユダも油断せずに相対するが、初めて潜入インフィルトラツィオンをしたペトロを気に掛けた。


(ペトロくん……)




 憑依された女性の深層に潜ったペトロは、真っ暗な深海のような中を深く深く降りて行き、底に行き着いた。


(ここが、深層……?)


 何もないだだっ広い暗い空間は、宇宙に投げ出されたような感覚だ。先が見えないせいで、どこまでも続き、歩いてもどこにも行き着かない無限の世界の恐ろしさを感じる。

 辺りには何枚もの写真と、思い出の品の数々。その中に、現実とは違う服装の女性が項垂れて座り込み、何かを呟いていた。


「私はあなたを裏切った……。愛していたあなたがいたのに、新しい人を愛して幸せになってしまっている……。喪ったあなたのことを、ずっと愛すると誓ったのに……」


 女性の左手の薬指には、結婚指輪が控えめに輝いている。そしてその手元には、違う結婚指輪が二つ落ちていた。


(もしかして……。旦那さんがいたけど、亡くしたのか? だけど、そのあと再婚して、新しい家庭を築いてる。それを、前の旦那さんに対して罪深く思ってるのか……?)

「ただ再婚するだけならよかった……。けれど……あなたとのあいだにできなかった宝物ができて……嬉しいと思ってしまった……。私は……二人きりでも幸せになれるって言ってくれたあなたと、幸せに……。なのに……」

(亡くした旦那さんと、どんなかたちでも幸せになることを嬉しく思ってた。だけど、新しい幸せのかたちを……“子供がいる”という幸せを知ってしまって、罪悪感を抱いてる……?)

「ごめんなさい……。あなたを裏切ってしまって、ごめんなさい……」


 女性は、恐ろしい出来事に遭遇してトラウマを抱えているのではなさそうだったが、何を罪悪感と思い苦しんでいるのかはわかった。

 ところがペトロは、さっきまでの決意の火を小さくさせてしまった。


(どうしよう……。オレは結婚なんてしてないし、好きな人もいない。同じ経験をしてないから、何を言ってあげたらいいのかわからない)


 自分と似た体験をした人だと勝手に想像していたせいで、自分とは全く違う境遇であることに困惑する。

 女性は繰り返し、亡き元夫への謝罪を呟いている。目の前で苦しんでいる彼女を救えるのは、ペトロしかいない。


(気持ちに対してどう寄り添ったらいいのか、わからない……)




天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「グ&$¿ッ!」


 ユダたちは攻撃を継続しているが、悪魔が弱まる気配は一向になく、しぶとく反撃してくる。それどころか、黒い鎌が分裂するという攻撃に進化し、一同を手こずらせていた。建物の壁も使って縦横無尽に回避するが、建物も道路も壊され続けている。


「なかなかしぶといな!」

「と言うか。なんで攻撃の威力が弱まらないの!?」

「ペトロのやつ、上手くやってんだろうな?」

「初めてだから、ちょっと手こずってるのかも」

「ユダ。誰かもう一人潜った方が……」


 ヨハネは初心者のペトロのサポートが必要ではと提案するが、ユダは懸念する。


「いや。二人掛かりでの経験はないし、相互干渉のバランスを考えると、憑依された人にどんな影響が残るかわからない」

(二人掛かりでできればいいんだろうけど、干渉の比率が偏ってしまうかもしれない。悪魔による負の感情の膨張と、私たち使徒の干渉の波長は、たぶん一人ずつがちょうどいい。それが倍ともなると、相手に負荷をかけてしまうかもしれない)

「とりあえず、攻撃ぶち込みまくるしかないってことだよな!」


 出窓を足場にヤコブは光の玉から光線を放つ。


「それにこれは、ペトロくんの初めての救済だ。その意気込みを信じて、私たちは外から全力でサポートしよう!」

「そうだね。ペトロを信じよう!」

「やってくれますよ。きっと!」


 ユダだけでなくヨハネたちも、初めて潜入インフィルトラツィオンしているペトロを心配している。けれど手助けができないなら、仲間として信じて待つ選択をするしかない。


「とは言ってもダルい!」

「ヤコブ……」


 しかし、長期戦を避けたいのも本音だ。


「それじゃあ。一発大きいのぶち込んでおこうか─── 御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


 ユダが手を翳した先の悪魔は大きな光に包まれ、光は爆発するように激しく弾けた。「ア"%≮Ψ……ッ!」


十字の楔カイル・クロイツェス!」


 間髪を入れずヨハネが拘束し、悪魔は動けなくなった。足掻くが、腕も張り付けにされているので攻撃もできない。


「これで少しは大人しくなるだろ」


 拘束を解ける悪魔はそうそういない。あとは、ペトロが深層から帰還するのを信じて待つことにした。


(ペトロくん。どうか彼女を救って。きみだけが頼りなんだ)


 ユダは、ペトロがやり遂げてくれることを心の中で祈った。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?