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第17話 デート?



 テンペルホーフ=シェーネベルク地区。史跡や語学学校がある付近で、ペトロたちは戦闘していた。

 憑依された二十歳前後の若い男性にはすでにヨハネが潜入インフィルトラツィオンしていて、ユダとペトロが戦っている。

 今回の敵は二匹の小型悪魔で、獣のように四つん這いになって襲い掛かって来る。いつものように一方からではない攻撃に、二人は背中合わせになって相対していた。


「一人から二体出て来るとかあるのか!?」

「これは初めましてだね。憑依された人のトラウマと何か関連してるのかも」


 二人の正面から二体同時に襲い掛かって来て、ユダが先行して攻撃する。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

「ギ@&ゥ£ッ!」

「しかも。二体が一心同体かのように、片方を攻撃すると必ずもう片方もダメージを食らう」

「双子みたいだな。じゃあ、同時に攻撃するとダメージも倍になるのかな」

「やってみる?」


 二人と距離を取った二体は周囲の建物の壁を走り、息を合わせたように空中で交差し、再びユダとペトロに襲い掛かろうとする。


「∈ケφ、ナ、キ∅ク……」

「ジブ#、ジャηイ、∂ブ#……」

祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「$ψャウσ!」


 ユダとペトロが同時に降らせた光の弾丸は、悪魔の身体を貫き弱体化させた。

 やがてヨハネが帰還し、祓魔エクソルツィエレンの準備が整ったユダとペトロは、〈悔責バイヒテ〉と〈誓志アイド〉を具現化させ、同時に鎖を断ち切る。


「天よ、濁りし魂に導きの光を!」


 そしてタイミングを合わせて悪魔を斬り、今回の戦闘もつつがなく終わった。


 戦い終えて帰る三人は、公園の中をのんびり散策しながら歩いた。


「ペトロもすっかり戦闘に慣れたな」

「だって、使徒になって結構経ってるし」

「もう背中を預けられるくらいだもんね」

「ついでに。積極的にオーディション行って、仕事取って来てほしい気もします」

「ヨハネくんも、ペトロくんに期待してくれてるんだね」

「この前の先方の反応を聞いたら、そりゃあ期待したくなりますよ」


 またユダが撮影に付いて行くなんて言いそうな予感をしつつも、事務所の運営としては諸経費のために頑張ってほしいとヨハネは思っている。

 気持ちのいい午後の公園は、ペット連れや老夫婦のちょうどいい散歩道になっている。三人の前からも、歩き始めたばかりの小さい子供が走って来た。おもちゃを握り締めながら、まだ覚束ない足取りで一生懸命走って来て、母親がその後を歩いて追い掛けて行った。

 親子と擦れ違ったペトロは、なんとなく立ち止まって振り向いた。


「ペトロくん?」


 ユダが気付いて声を掛けると、ペトロはまた歩き出した。

 ペトロの顔がなんだか元気がないように見えたユダは、適当な話題を振った。


「そうだ、ペトロくん。前に、趣味がないなら興味のあることを探してみたら、ってアドバイスしたけど、何か見つかった?」

「ペトロって、趣味ないのか。じゃあ、一人の時は何してるんだ?」

「大体寝てる」

「寝てるって……。退屈じゃないのか?」

「退屈だから寝てる」

「悪循環だな」

「でも。興味出そうなこと探してみたけど、これと言ってないんだよなぁ」


 ペトロも、今までずっと無趣味だった訳ではない。ある時期を境に趣味を楽しむことはしなくなったが、幼少期には電車などの乗り物が好きだったし、ギムナジウム時代には友達とサッカーに興じたりしたこともある。

 昔好きだったことにも興味を示さなくなったペトロに何かをプラスしてあげたいユダは、少し考える。


「じゃあ。今度一緒にどこか出掛けない?」

「えっ!?」


 その提案に驚きの声を上げたのはヨハネだ。それはつまり「デート」ではないかと動揺した。


「急に何で」

「出掛けたら、何か面白いことに出会うんじゃないかなと思って」

「ていうか。何でお前と?」

「そこを突っ込まれると回答に困るんだけど……」

「別にいいよ。一人の時間を持て余すのは慣れてるから」


 と、ユダの誘いは軽く断られた。危うくデートが約束されるのを目の前で目撃しかけたヨハネは、内心ものすごくホッとした。




 その週末。朝食のあとしばらくして、ユダはペトロに一つのお願いごとをした。


「あ。そうだペトロくん」

「何?」

「もしも用事がなかったら、買い物に付き合ってくれないかな。買っておきたいものとかちょっと多くて、荷物持ちを手伝ってほしいんだけど」

「特に用事ないから、それくらいいいけど」


 二人が支度をして部屋を出ると、リビングルームから戻って来たヨハネと出会した。


「二人揃ってどうしたんですか?」

「ちょっと二人で買い物に行って来るよ。ストックなくなりそうなものもあるし」

「そういえば……。気付かなくてすみません」

「いいよ。せっかくの休日なんだから、ヨハネくんはのんびり過ごして」

「じゃあ、お願いします」


 階段を降りる二人を見送り、ヨハネは自室に戻った。

 しかしその直後。ふと冷静になり、大変な事態になっていることに気が付いた。


「二人で買い物…………。え?」

(ちょっと待て。それって……)


 慌てて窓を開けてバルコニーから下を覗くと、ユダとペトロが車に乗り込む瞬間だった。


「ちょ……!」


 引き止めようとした言葉は無念にも届けることができず、二人を乗せた車は走り去ってしまった。

 呆然と見届けたヨハネは、バルコニーにしゃがみ込んだ。


(僕のバカ! 何ですぐに気付いて、行きますって言わなかったんだよ! しかも今日は、ヤコブとシモンもデートに出掛けてるし!)

「ヤバい。ぼっちだ……」


 一人取り残されたヨハネは自分の間抜けっぷりに呆れ、慰めてくれる相手もいないのに泣きそうになった。




 ユダの買い物の付き添いで出掛けたペトロは、後部座席に乗っていた。

 ところが、車がいつもの道とは違う道を走っていたので、ちょっと不思議に思って訊いた。


「いつものスーパーに行くんじゃないのか?」

「たまには気分を変えようと思って」


 いつもとは違うスーパーに行くのか、とペトロは解釈した。

 気温は約20℃と過ごしやすく、流れる窓外を眺めていると、休日なので買い物に行く人や、カフェのテラス席でお茶をする人を多く見かける。公園の木々の緑も鮮やかで、窓を開けると涼しい風が入り込んで髪を揺らした。

 やがてシュプレー川を越えた車は、しばらく走ると目的地に到着して駐車スペースに停まった。しかし着いたのは、スーパーではなく映画館だ。


「なんで映画館? 買い物は?」

「買い物も行くけど、その前にいろいろと行きたいところがあって」

「いろいろって……。オレ、そんなつもりで来たんじゃないんだけど」


 久し振りにユダに騙されたペトロは、信用し過ぎたことを少し後悔した。つい先日にも誘われたことを考えれば、行き先がスーパーではないことくらい察することもできたはずだ。


「言ったでしょ。たまには気分を変えようと思ったって」

「それって、ユダの休日に付き合えってこと?」

「違うよ。きみのため」

「オレの?」

「だって、今日もまた寝て時間を潰しそうだったから。趣味探しって訳じゃないけど、たまにはあちこち連れて行ってあげようかなって」


 信用して簡単に付いて来てしまい後悔したが、ユダの気遣いにペトロの心はちょっと動いた。


「だからって、騙さなくても……」

「買い物はちゃんと行くよ。それに、こういう誘い方しないと来てくれなそうだったし。さ。入ろう」


 誘うことに成功して、ユダは心なしか嬉しそうだ。そんな顔をされてしまったら、言いたいことも言えなくなってしまう。しょうがないので、ペトロは付き合ってあげることにした。

 観る作品はユダが前もって選んでいて、ネットからチケットの予約もしてくれていた。そして約二時間鑑賞し、映画館を出た。


「面白かったー。気分爽快だね」

「主人公バディの掛け合いが抜群にクールだったし、アクションもめちゃくちゃかっこよかったな」


 なんだかんだでペトロも映画を楽しんだ。選んだ作品がペトロの好みに合ったようで、ユダは密かにホッとしている。


「あっという間の二時間だっなぁ。続編あったら観てみたいかもね」

「ていうか。お腹空いたー」

「じゃあ。お昼ご飯食べに行こうか」


 すっかりお出掛けモードになったペトロは再びユダ運転の車に乗り、次はハッケシャーマルクトへとやって来た。

 歴史を重ねた趣がある赤レンガのハッケシャーマルクト駅は、ターミナルであるとともにショッピングや食事も楽しめる場所だ。

 二人は高架下に並ぶ飲食店の中からイタリアンのお店を選び、パルマピザとサラミピザとアボカドスカンピサラダとドリンクを注文し、賑わうテラス席に座った。


「ピザ食べるの久し振りー」


 ペトロはサラミピザを1ピース取り、一口頬張った。


「朝と夜は一緒に食べるけど、バイトの時はお昼は何食べてるの?」

「その日の気分かな。サンドイッチをテイクアウトして公園で食べたりとか、カフェでパンケーキとか、ファストフードとか」

「甘いもの食べてるとこあんまり見たことないけど、パンケーキも食べるんだ。かわいいね」


 うっかり油断していた。不意打ちの「かわいい」をまともに食らい、ペトロは恥ずかしくなってしまう。


「別にかわいくないから。パンケーキくらい、ユダだって食べるだろ」


「かわいい」を否定するように大口を開けて男子らしくピザを食らうが、伸びて垂れたチーズが口の端にピタッとくっ付いてしまった。


「ペトロくん。チーズ付いてる」

「え?」


 ペトロは舌で舐め取るが、顎のあたりに少し残ってしまった。


「ほら。ここも」


 すると、正面に座っていたユダが手を伸ばし、残っていたチーズを指で拭い取った。


「はい。取れた」


 そして、指に付いたそのチーズを舐めた。その行為に、ペトロの全身がビリビリッとする。


「こんなに人いるのに、恥ずかしいことするなよ。見られてたらどうするんだよ!」

「大丈夫。誰も見てないよ」

「外なんだから、そういうのやめろよ。カップルだと思われるだろ」

「そう言われると……。今日はデートしてるみたいだね」

「デ……!」


 陽気に負けじと春の木漏れ日のような微笑みで口にしたユダの一言に、ペトロは激しく動揺して白い頬を染める。


「デートじゃない! お前が勝手にオレの休日をコーディネートしてるだけだろ!」

(そういうのを「デート」って言うんじゃないのかな……)


 ペトロの反応が予想通り過ぎてあまりにも素直なものだから、ユダは笑って思わず言ってしまう。


「やっぱり、かわいいよ。ペトロくんは」


 ペトロには、その笑みが周囲を気にしない大人の余裕に見えて憎たらしいが、怒る気になれなくてちょっと臍を曲げてやった。


「冗談言ってからかうなよ」

「からかってなんかいないよ。私は社交辞令は言っても、親しい人をからかうことはないよ。ほとんどね」

「全く言わない訳じゃないんじゃん」

「たまには言うこともあるよ。だけど、大事なことは絶対に冗談なんかにしない」


 コーヒーカップを傾けてユダは言った。その目はペトロに向けられてはいなかったが、心の丈の端を覗かせる表情と、真摯さが滲む声音だけで、嘘はない言葉だとわかった。


(大事なことって……)


 それじゃあ。「かわいい」は本音で言ったのだろうか。「素敵」や「魅力的」と言ったことも本音なのだろうか。「好きかもしれない」という告白まがいも……。

 一度は落ち着いたはずのペトロの胸がまたにわかに熱くなり、モヤモヤしてくる。


「……さて。そろそろ行こうか」

「あとは買い物して帰るのか?」

「他にも、一緒に行きたいところがあるんだ」


 次の目的地が既に決まっているということは、ユダはペトロを誘う前提で今日一日の予定を予め立てていたということだ。

 この“デートまがい”に、ペトロはどうやら最後まで付き合わなければならなそうだ。




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