バルトロマイがシェオル界に帰ると、敗走して来るのを待っていましたとばかりのフィリポに弄られまくられた。
「ははっ! 意気揚々と出て行きながら、何だ其の様は! テメェにプライドってもんは
「意気揚々とは出て行っていない」
「何だ。敵地視察にでも行ったって言い訳するのかよ。何の収穫も無く手土産の一つも無いのは、
ただでさえ歯噛みして終わったバルトロマイを、フィリポは威張って人差し指を差して非難する。
「またやってるー」
「同じ穴の
「とばっちり来ないよね?」
タデウスとマティアとトマスは、それを傍観する。トマスはマティアの陰に隠れ、また巻き込まれることを心配して怯えている。
「バルトロマイ! 結局テメェも口だけ糞野郎じゃねーか! 悔しかったら何か言い返してみろよ!」
「お前に言うことは何も無い」
というよりも、単純単細胞のフィリポにはあまり興味がない。
「何だ! 俺様よりも、テメェの方が糞だって事が分かったのか!」
「お前よりも、我はマタイに話したい事がある」
「何だと!? 俺様には用は
バルトロマイに興味を示されていないことに気付かないフィリポが、不良のごとくメンチを切った時だった。
「フィリポ、口を閉じろ。其の汚らしい言葉を吐く口を、今度こそお前の頭ごと吹き飛ばすぞ?」
黙座していたマタイが睨みを利かせると、以前の畏れを甦らせたフィリポはグッと黙った。
「其れで。話したい事とは何だ、バルトロマイ」
「我がゴエティアのビフロンスが、使徒に気になる者が居たと言っていた」
「あ……。そう言えば。ガープもそんな事言ってた気がする。面白い人間が居たって、喜んでた」
「そういや、俺様のグラシャ=ラボラスも同じ事言ってたぞ」
バルトロマイの発言で思い出したタデウスとフィリポも言った。それを聞いたマタイは、口角を上げて頬杖を突く。
「ほお。興味深いな。実は俺も、使徒の中に
「何なの、気になる人間て。アタシ達を脅かす力でも持ってるの?」
「もしかして。マタイが前に言ってた蝶と関係があるの?」
「そうだ」
「え。まさか其の蝶って、人間なの?」
トマスが問うと、マタイは意味ありげな笑みを薄っすら浮かべる。
「なぁ、マタイ。その蝶って一体何なんだよ」
マタイが探している『蝶』が何なのか疑問でならない一同は、少しくらいその正体を教えてくれと視線を向ける。
同士たちの要望に応えて、マタイは言う。
「『この世界を最初に飛んだ蝶』だ」
「何其れー」
「其の蝶が、使徒の誰かって事なの?」
「ああ。だが、人物はまだ不確定だ」
「ざっくりしか分かんねーって事かよ」
「いや。絞れてはいる」
「では、どいつなのだ。マタイ」
「まだ教えられない。俺も今一、確信を得ていないんだ」
バルトロマイは尋ねたが、マタイはそう言って断言を避けた。
「何気に秘密主義よね、マタイって。あの植物の事も、詳細を明かしてくれないし」
足りない刺激を欲しそうにマティアは言った。シェオル界の娯楽は、フィリポの同じ穴の狢イジりか、マタイが育てている植物の生育観察くらいだ。
「楽しみが有った方が、存在のし甲斐が有るだろ。果報は寝て待てと言う事だ」
マタイは、そんな
窓からアーモンドの形の宵月が見える夜。中庭の草木は夜風に揺らされ、さわさわと葉を擦らせる。
ベッドの中のユダとペトロは、スタンドライトの温かみのある明かりの下で、まどろみが迎えに来るまで語らっていた。
「ヤコブのMV撮影、無事に撮り終えて安心した」
「そうだね。あまり天気には恵まれなかったけど、逆にそれがいいって先方も言ってたみたいだよ」
「どんなふうに仕上がるのか、楽しみだな」
「ペトロのスキンケアのCMの放映も、来月からだよ」
「うっ……。思い出したら恥ずかしくなってきた」
なるべく思い出さないよう記憶を遠ざけていたペトロは、恥じらいを見せる。
「まだ露出は慣れない?」
「そんなすぐに慣れないよ。デリバリーしてると、広告見た人から声掛けられるし。バイトし難くなった」
モデルの仕事は嫌いではないが、ペトロにとってはメインのアルバイトの弊害となっているようだ。
「ペトロはかわいいよ」
ちょっと唐突だが、ユダは褒めて自信を付けさせるつもりで言った。
「何だよ急に」
「急じゃないよ。さっきもたくさん言ったし」
「言ってたけど……」
そういう意味じゃない、と最中を思い出してペトロは少し赤くなる。
「ペトロは自分に自信がないから、恥ずかしがってるのかと思ったんだけど」
「まぁ、確かに。顔面とか普通だし」
「そんなことないよ。十分かわいいし、すごくキレイだよ」
ユダはペトロの頬に掛かるブロンドを掻き揚げ、頬に触れた。まだストレートな愛情表現にも慣れないペトロは、顔の赤みが増す。
「だから。かわいいとか言われても嬉しくないから」
「肌もさらにキレイになったし。モテたらどうしよう」
「モテないし。余計に性別間違われるようになるだけだから」
こんなに愛情表現をしているのに、相変わらず無自覚なペトロが愛おしいユダは、頬に触れていた手の位置を首筋へと滑らせる。
ふと、ユダの視線はペトロのネックレスに留まった。
「……ねぇ。このネックレス、フリーマーケットでもらったって言ってたよね。どこの会場だったの?」
「地元周辺だったと思うけど」
「トレプトー=ケーペニック区、だよね」
「昔のことだから、詳しい場所までは覚えてないけど……。このネックレスが気になるのか?」
ユダはT字のトップに触れる。
「このネックレスに、縁があるような気がするんだ」
「何か思い出したことがあるのか?」
「そういうわけじゃないんだ。でも。撮影前に預かった時、そんな気がしたんだ」
あの不思議な感覚を、ユダは忘れられずにいた。知らないはずなのに知っていると、自分の中の何かが言っているような気がした。
すると、ペトロが言う。
「もしかして。オレたちが出会ったのは、このネックレスのおかげなのかな」
「縁結びみたいな?」
「出会ってすぐにバンデになったのも、これのおかげだったりして」
ペトロは半分冗談のつもりだが、ユダは、ライトに照らされるアンティックゴールドのネックレスに、そんな力があるような気がしてくる。
「言われてみると、そんな気がしてくるね。この前だって、不完全なバンデとしては息ピッタリで、結構調子がよかったし」
「オレが生き方を少し変えられたのも、ユダに出会えたおかげだし。きっと全部、このネックレスのおかげなんだよ」
「ペトロがこのネックレスを持ってるのも、私と出会えたのも、運命ってことだね」
その「運命」という単純な表現が、不思議な感覚を例えるのにぴったりだと、ユダはそんな気がした。
「運命か……」
「ペトロは、そうは思わない?」
「……ううん。でもなんか、小っ恥ずかしい」
「なんで恥ずかしいの」
ペトロの何気ないかわいらしさに、ユダは微笑する。
面識がない時からユダがペトロに酷く惹かれたその理由は、「運命」以外にどう説明を付けられるだろう。二人が出会ったのも、バンデとなったのも、「運命」によって決められていたことなのだ。
ユダとペトロは、互いの名前が刻まれた手を繋ぎ寄り添う。
そして充足の中、まどろみへと落ちていった。