休日。掃除が終わったヨハネとヤコブとシモンは、心地よい風が通り抜けるリビングルームでティータイムをしている。
「まさかアンデレが、治癒と防御に特化した能力だなんて思わなかった」
「攻撃能力がないなんて、想像もしなかったね」
「でも。防御と治癒専門がいてくれるなら、俺たちも攻撃に集中できるな。一石二鳥で、なんか得した気分だな」
今日のカフェラテのお供は、ヨハネがジョギング帰りに立ち寄ったベーカリーで購入したシナモンロールだ。温め直したので、シナモンとアイシングの甘い香りがほのかに漂う。
「二人は、シモンの母親のところに行って来たんだろ。どうだった?」
「お母さん、元気だったよ。最近は叔母さんのお店を手伝ってるんだけど、お客さんと話すの楽しいって言ってた」
「よかったな。シモンも、久し振りに会えて嬉しかったんじゃないか?」
「うん。お母さんに、もっと頻繁に会いに来てって言われちゃった」
離れて暮らす母親と毎日のように電話で話しているシモンだが、使徒としての活動が活発化してからは、なかなか会いに行けていなかった。
夏休みなので本当は数日泊まってもよかったのだが、本分を優先して日帰りにした。ヨハネたちは大丈夫だと言ったのだが、甘えられないからと断ったのだ。
「ていうか、お前。俺を紹介するの早過ぎだからな」
「紹介って。ヤコブのこと彼氏だって言ったのか?」
「ううん。言いたかったんだけど、ヤコブに止められちゃった。でも、超仲良くしてる感じは見せといたよ」
「おかげで、息子を誑かさないか疑いの目を向けられたけどな」
シモンの話によると母親は穏やかな性格らしいが、恋人の親に紹介されるという試練の初級編を早くも体験したヤコブは、若干ビビらされたようだ。
「シモンて案外、積極的だよな」
まだ十五の息子から彼氏を紹介されたらどう思うのだろうと、ヨハネは顔も知らないシモンの母親に同情してしまった。
しかし本当は、同情してほしいのはヨハネの方だ。頬杖を突いて溜め息をついた。
「いいな二人は。順調そうで」
「羨んでる場合か? 告白のリベンジ、どうするんだよ」
「ヨハネがやる気なら、ボクたちでまたセッティングするよ?」
最初で最後の告白を全力サポートするつもりのヤコブとシモンは、不完全燃焼でまだ諦めていなかった。ところが。
「……ちょっと、考えさせて」
ヨハネは、僅かに憂慮を浮かばせる。
告白をしようとした時、ユダの顔に別の人物の顔がダブって見え、自分が言うべき言葉を見失ってしまった。その日からまた自信がなくなり、告白することに消極的になりつつあった。
今日のユダとペトロは、デートを満喫中だ。
未だに身バレが恥ずかしいペトロは、髪を縛り、キャップを被って伊達メガネを付けている。それで誤魔化せているのか、今のところは声を掛けられてはいない。
トリックアートミュージアムで面白写真を撮ったり、ショッピングモールでお互いの洋服を選んだりいろいろ回ったあと、有名チョコレートブランドの直営店に立ち寄った。店頭には、イメージキャラクターのシモンのポスターが貼られている。
「おお。チョコの甘い香りがすごいな!」
店内は、見渡す限りのチョコレート。数え切れない種類が揃えられていて、色とりどりのパッケージを積み上げたデザインのカラフルな巨大なオブジェが目を引く。
ここは商品の販売だけでなく、ナッツやフレークの中からトッピングを選んで自分好みのタブレットを注文できたり、自分で作れるワークショップもある。チョコレート好きには堪らない、チョコレートテーマパークのような店だ。
ここでも買い物をした二人は、帰る前に一階にあるカフェでひと休みした。チョコレートアイスを食べるペトロの横で、ユダはなんだか機嫌がよさげだ。
「昨日からすごい機嫌いいな」
「そりゃあそうだよ。スキンケア商品のCMが放映されて、ペトロの注目度がまた上がってるんだから」
先日から、ペトロがイメージキャラクターを務めるスキンケア商品のCMが、テレビなどで放映され始めた。すると、その日からネットでは、「誰だこの美女!? 美男!?」「
「最初の炭酸水の広告とは、また違う雰囲気になったね。あのペトロを表現するのに『儚美しい』って、ドンピシャだよね」
「またこんなに注目されて、恥ずかしいよ」
ペトロは少しでも顔が隠れるように、帽子のつばの角度を下げた。その仕草が、いつまでも初々しく思えて愛しいユダ。
「早く慣れないとね」
「もう少し掛かるかな……。ていうか。ヤコブの方も、新しいオファー来たんだろ?」
そう。アレンたちのバンド、「
「そっちもちゃんと喜んでやれよ」
「喜んでるよ。ペトロの百分の一くらいに」
「ヤコブがそれ聞いたら、歯食いしばって泣きそうだな」
面倒な勝負事はもう勘弁してほしいと、ペトロは思う。
「でもきっと、ペトロに勝てる人はいないよ」
「それは言い過ぎだって。ユダがオレを過大評価し過ぎてるだけだろ」
「ペトロは、自分を過小評価し過ぎてるよ」
「そぉかぁ?」
世間の反応を知ってもなお、自身の活躍はマグレだと思い続けているペトロは、他人事のようなリアクションでアイスを食べる。
「私は、ペトロにもっと活躍してほしいな。いつか、ランウェイで誰よりも輝く姿を見てみたい」
「そしたら、
「えー。ペトロは、もっと貪欲になってもいいと思うけどなぁ」
「普通こういうこと考えるの、社長でリーダーのお前だよな」
ペトロのことになると、たまに社長業と使徒のリーダーであることを忘れるユダ。実は、ヤコブには陰で「ペトロバカ」と言われている。
そんな面がちょっと呆れてしまうが、いつも自分を見てくれていて一番に考えてくれるのが、ペトロは嬉しいと思う。
「あ。ペトロ。また口に付けてる」
「どっち?」
「こっち」
ペトロの口に付いたアイスをユダが指で拭おうとしたので、ペトロは場所を考えて遠慮という名の阻止をする。
「いいって。見られてるじゃん」
「一瞬だけ」
「一瞬でもダメ! オレたちのこと気付いてる店員さんが、チラチラ見てるから!」
カフェカウンターにいる二人の女性スタッフが、仕事そっちのけで、イチャイチャするユダとペトロを嬉しそうに凝視している。
「でも早く拭かないと」
「舐めるからいい!」
何が何でも指で拭きたがるユダの手を阻止し、ペトロはペロッと口の周りを舐めた。
「照れ屋さんだなぁ。冗談なのに……」
「冗談じゃなかっただろ。お前が一番気を遣わなきゃダメだろ、バカ!」
隙きあらば、外でもイチャつこうとするユダ。いつか、ヨハネと役員交代になるんじゃないだろうか。
ふと、ユダの視線が外れ、真顔で外を見た。
「どうかした?」
「今、外にいる人にスマホを向けられてた気がして」
「観光客が、お店の外観撮ってるだけだろ」
ペトロも店外へ顔を向ける。
往来する人の中で、店の前で立ち止まってスマホを向けている人物がいた。白いTシャツに黒いキャップを被り、リュックを背負っている男性だ。指の動きまではわからないが、ずっとスマホのカメラを店内に向けている。
ユダは、その人物を注意深く見続ける。
(ちょっと気になるな……)
「ペトロ。出ようか」
「え? ……うん」
ペトロは食べかけのアイスを片手に、ユダに言われて店を出た。
歩き始めると、さっきの男性が少し距離を置いて後を付いて来る。
「さっきの人、付いて来てる」
「えっ。まさか、パパラッチ?」
「かな」
ペトロだけを狙っているのか、それとも二人を狙っているのか。先程も何かを撮られたとは限らないが、面倒事は避けたい。
「一応、逃げとく?」
「念のために撒こうか」
二人は歩く速度を早め、二区画先の聖堂と集合住宅の間の細い道に入った。
後を付けていた男性も駆け足で同じ道に入るが、二人を見失った。道を抜けた先にも姿はなく、聖堂の周りを探しても見つからなかった。
男性を撒いた二人は、その様子を上から見ていた。道を入ってすぐ、使徒の運動能力を生かして建物の屋上に逃げていたのだ。
「諦めて帰ったね」
「あれがパパラッチってやつかー。ちょっとドキドキした」
「この運動能力があって助かったね」
それはいいが、地上から30メートルほど高い場所に上がったので、おかげで暑さが増した。
「何か撮られたのかな」
「こっちから後付けて、データ削除してもらえばよかったかな……。でも惚けられそうだし。その時に、対策を考えるしかないか」
「余裕だな」
「だって、普通にデートしてただけだし。その一コマを撮られてたとしても、私たちには日常でしょ?」
暑さを和らげそうな爽やかスマイルで、微塵も焦りを見せないユダ。その余裕に、ペトロは四歳年上の頼もしさを感じる。
「あ。アイス、溶けちゃってるよ」
ペトロが持っていた食べ掛けのアイスが、溶けて垂れている。
ユダはペトロの手を取ってコーンごと一口食べると、ついでにペトロの指に垂れたアイスをペロッと舐めた。ちょっとドキッとするペトロ。
「そうだ。人目がないところなら外でもイチャイチャできるし、これからは屋上でデートする?」
「オレは普通のデートでいい」
できたとしても、春と秋の限定になりそうだ。