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第9話 テスト



 その日はアンデレの仕事があったので後日に事務所に来てもらい、ユダとヨハネ、そして親友のペトロが同席し、事実を話した。

 説明を受けたアンデレは目を丸くする。


「おれが使徒って、本当っすか!?」

「恐らくね。使徒である条件があるんだけど、アンデレくんはその一つをクリアしてるんだ」

「条件て、なんすか?」

「アンデレくんはこの前の戦闘時に、一般人が入れるはずのない戦闘領域の中にいた。それが一つ目」

「他には何があるんすか?」

「深いトラウマを抱えてることなんだけど……」

「お前、そんな過去ある?」


 ペトロに尋ねられたアンデレは、生まれてから昨日までの記憶をダイジェストで振り返る。


「深いトラウマ……。うん。思い当たらない!」


 清々しいほどキッパリと言い切った。


「そんな話聞いたことないし、トラウマありそうな陰もないもんな。お前」

「それじゃあ。領域内にいられたのは、偶然なんでしょうか」

「それは考え難いと思うけど……」


 ユダは思考する。

 これまでの戦闘を振り返っても、逃げ遅れ以外に一般人が領域内に留まっていた事例は一つもない。使徒の条件であるトラウマはないようだが、ペトロが領域内に入ってしまった件を鑑みると、やはりアンデレは使徒に選ばれたと考えてもいい。

 ペトロは尋ねる。


「なあ。使徒の力って、資格が発生するのと同時に使えるものなのか?」

「たぶん、そうだと思う。『使徒になり、平穏を脅かす者から人々を救いなさい』ってお告げをもらってから、活動を始めてるから」


 と、ヨハネが答えた。それを踏まえて、ペトロはアンデレに訊く。


「アンデレも、そんな夢見たか?」

「あれがそうなのかな……。男の人とも女の人とも取れる声で、『あなたの持ち得る光で影を照らし、導きなさい』って。おれ、自発光できるの?」

「絶対そういう意味じゃないって」


 アンデレの天然ボケに、ペトロは真顔で突っ込んだ。


「僕たちが聞いたお告げとは違うのか」

「トラウマもない。だけど、戦闘領域内には入れた……。これは一度、試してみた方がいいかもね」


 事実が不確定のまま次の戦闘に加えるわけにはいかないので、ユダの提案で、アンデレが本当に使徒になったのかを確認してみることにした。




 また別の日。ユダとペトロは、アンデレを連れて郊外の公園へ来た。ぶっつけ本番で何もできなかったら大惨事なので、公園で使徒の力の有無を確かめてみるのだ。

 ユダは広大な敷地の中で、視界が開けて木々などの障害物のあるテストに適当な場所を選んだ。平日なのでそこまで人は多くないが、周囲に配慮して小さく戦闘領域レギオン・シュラハトを展開した。


「ユダ。試すって、どうやるつもりだよ」

「そうだなぁ……。ペトロ。ちょっと、デモンストレーションやって見せて」

「わかった」


 ペトロは力を制御し、少し離れた木に向かって攻撃を放つ。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 幾つかの光の粒が木に命中して穴を開け、葉を数枚落とした。


「アンデレくん。今のを見て、やれそうな感じ?」

「わかんないすけど……。やってみます!」


 アンデレは目を瞑り、手を強く握る。事前にアドバイスをされたように自身の中に湧いてくるものを感じ取り、力が手に集約されていくイメージをする。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 そして、木に向かって手を開いた。


「……」


 しかし、何も起きない。同じ手順でもう一度試すが、カスすらも出ない。


「……何も出ないっす」


 アンデレはちょっとヘコんだ。ユダも眉頭を寄せて腕を組んだ。


「おかしいな。なんで力が出ないんだろう……」

「本当は使徒になってないとか」

「もしくは。悪魔がいないから、緊張感不足で出せないか」

「そんな火事場の馬鹿力的なやつじゃないだろ」


 ユダは「うーん」と唸る。アンデレが戦闘領域内に留まったのは、イレギュラーが起きただけだったのか。しかし、今現在も留まれている。

 どうにかして真否を明らかにしようとユダは手段を考え、一つ思い付く。


「ちょっと荒っぽくなるけど、試してみたいことがある。ペトロ、協力して」

「どうするんだ?」


 ユダはペトロを手招きし、アンデレに聞こえないようにコソコソと耳打ちをする。ユダの策を聞いたペトロは「わかった」と頷くと、アンデレの側に戻った。

 するとユダは少し遠ざかり、右横に一つの光の玉を出現させ、二人に向かって人差し指と中指を立てる。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」

「へっ!?」


 光線が直進して来て、アンデレはその場にしゃがんで危機回避をしようとした。その行動を見たペトロは冷静に防御フェアヴァイガンを展開し、光線は弾かれた。


「ちょっとユダさん! 危ないじゃないすか!」

「ごめんね、アンデレくん。身の危険を感じれば条件反射で出せるかなと思って、試してみたんだ」

「だったら事前に言って下さい! 超ビビッたじゃないですか!」

「前もって言ったら絶対逃げるだろ」

「ペトロもグルか! 裏切り者!」

「お前のためだよ。驚かせてごめんな」


 使徒の力の有無を試す方法の一つだったんだと説明されたアンデレは、「じゃあ許す」と二人をすんなり不問にした。

 と、ショックを与えてみたので今度はどうかと再び試してみたが、それでもアンデレは力を出すことはできなかった。防御もできなかったので、二人はなんとなく予想はしていた。


「なんも出ない……」


 元気をなくしたアンデレは、自分の掌を見つめて肩を落とす。そんな親友をペトロは励ました。


「落ち込むなよ。もしかしたら、何かの間違いだったのかもな」

「間違い……」


 ペトロがそう言うと、アンデレの顔はショックを受けて悲しむような面持ちに変わり、その胸の内を吐露した。


「おれ、悔しい。使徒かもしれないって言われた時はちょっと訳わかんなかったけど、尊敬する人の仲間になれると思ったら、嬉しさもあったんだ。今まで普通の人生歩いてきて、ペトロみたいに辛い経験もないけど、誰かを助ける力をもらえたんなら、おれも一緒にやりたいって思ったんだ」


 自分に起きていることの重大さを軽く受け止めているように見えて、アンデレはしっかりとその役割を果たそうと既に決意を固めていた。

 親友のその気持ちは、本当は嬉しいものだった。しかしペトロは、真剣な面持ちでアンデレに言う。


「でもアンデレ。この前近くで見てわかったと思うけど、結構危ないんだぞ。あんなの全然序の口で、もっと危険な敵がいるんだ」

「疲弊した姿の使徒を見たって話知ってるから、それはわかってる。たぶん想像できないような、すげー戦いをしてるんだろうなって」

「オレたちは弱音なんて吐けない。本当に身も心も削る思いで戦う覚悟がないと、無理なんだぞ」


 悪魔と戦うことは激烈でシビアであると、ペトロは親友に忠告した。こっち側へ来たらきっと後悔すると。


「ペトロは、おれが戦うのは嫌なのか?」

「嫌だ」


 アンデレがどんな理由を並べても、こっち側へ来てほしくなかった。


「オレにとってアンデレも、守りたい存在だ。あの出来事があって、自分の無力さを知って、強くなりたいと思ってあれから生きてきた。でもようやく、少しずつ生き方を変えられるようになったんだ。それなのに、お前に何かあったら……。だから。使徒かもしれないけど、戦ってほしくない」


 心から滲み出る切々たる思いが、ペトロの表情を曇らせる。その思いを知るユダは、心を同調させる。

 ペトロの暗然とした姿を知るアンデレも、自分への願いに疎くはない。その姿を知るからこその決意だ。


「だけど。ペトロが辛そうにしてた時、何もできなかったの辛かったんだ。だから今度は、誰かを支えて助けになりたい。たくさんの人のために何かできるなら、おれは使徒として頑張りたい」

「アンデレ……」


 ペトロを慰められなかった後悔を、アンデレは引き摺っていた。強いて言うならば、それが彼の人生で唯一のトラウマだろう。

 アンデレの思いに、ペトロの心は揺れる。その揺らぎを抑えるように、ユダは肩に手を置いた。


「今日はここまでにしておこうか。アンデレくんの力は、まだ開花してないのかもしれないし。焦らずゆっくりやっていこう」


 アンデレの力の有無の確認のしようがなく、今日のところは諦めて帰ることにした。

 さっきまで落ち込んでいたアンデレは、もう気持ちを持ち直して鼻歌を歌いながら歩いている。その楽観的な後ろ姿と対象的に、ペトロは少々気鬱になっていた。


「ペトロ」

「うん?」

「複雑だよね」

「……うん」


 気鬱になるペトロの肩を、ユダはそっと抱いた。

 ユダは、「もう目の前で誰かが酷い目に遭うのは嫌だ!」と言った時のペトロの顔を覚えている。あの時から変わったと言っても、トラウマの一部が少しでも侵されれば、そのぶんペトロの心も後戻りしてしまうこともわかっている。

 けれど、ペトロのためにアンデレの仲間入りを拒もうとは考えていなかった。


「ペトロは嫌かもしれないけど、私はアンデレくんの言葉は嬉しかったよ。使徒として頑張りたいって思うきっかけが、ペトロだなんて」


 アンデレの深い思い遣りの心は、事務所で話してくれた時も感じていた。普段見せる性格に隠れて、素敵な人間性を持っていると。

 すると、ペトロは言う。


「……あの時、アンデレに辛い思いさせてたなんて思わなかった。親友なのに、わからなかった……。あの時もさ、助けになれるなら何でもやるから何でも言ってくれ、って言ってくれたんだ……。変わらないな。本当に」


 陽気にフンフン歌う後ろ姿を見つめ、ペトロはふっと笑った。


「たぶんあいつ、事の重大さをちゃんとわかってないよ。いざとなったら泣いて逃げ惑うんじゃないかな」

「そうなったら、親友のペトロが守ってあげないとね」

「そういう意味で守りたいって言ったんじゃないんだけど」


 車道に留めた車の方へ歩いている途中、サッカーボールで遊ぶ幼い子供が三人の前で転び、運悪く石で膝を切ってしまった。子供は痛みで泣き始めた。


「大丈夫かー?」


 アンデレはすぐに駆け寄った。ユダとペトロも近寄り、周囲を見回した。


「近くに親御さんは……」

「痛いよな。大丈夫、大丈夫……」


 アンデレは泣き続ける幼児の傷口付近に触れた。すると、意外なことが起きる。

 傷口がみるみる塞がっていくのだ。


「えっ……」

「傷口が……治った」


 ユダとペトロは目を見張る。アンデレも目をぱちくりさせて目を疑った。


「す……。すげー! 傷治ったよ! すごいよ少年! どんな魔法使ったんだよ!」


 傷が治ったのが幼児自身の力だと勘違いするアンデレは、その奇跡に感動して一回り以上年下に尊敬の眼差しを向けた。

 しかしそれは、齢三〜四歳の少年にできることではないことは、にわかに驚くユダとペトロにはわかっていた。


「いや。それたぶん、アンデレくんだよ」

「え?」

「アンデレが、傷を治癒したんだ」

「……はい?」


 それは自分が治したんだと言われたアンデレはまたも状況がよくわからず、目をぱちくりさせて首を傾げた。




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