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第8話 六人目



 一般人であるはずのアンデレが戦闘領域内に留まっていることに、ユダたちは驚いて固まった。どうして驚かれているのかわからないアンデレも、目をぱちくりさせ戸惑う。


「えっ。なに? 三人揃って、なんでそんなに驚いてんの?」

「どういうこと? 自動的に領域の外に出るはずだよな?」

「この範囲であの距離なら、そのはずだけど……」

「そういえば。ペトロも最初、領域の中に入って来ちゃってたよね」

「うん。あの時は、知らずに領域内に入ってて……」


 三人は状況を整理しようとしたが、今はそんな場合ではない。

 悪魔が濃縮した黒い霧を掌から放出し、三人は回避する。消防車のホースから勢いよく放たれる水のごとき霧は、車道に並ぶ車を上下半分に切断し、コンクリートも削る威力だ。


「その件はひとまず置いといて。こっちを片付けよう」

「オレが潜入インフィルトラツィオン行って来る!」

「頼んだ!」

「アンデレくん!」

「はい?」

「危険な状況だと理解してくれているのを信じて言うけど。ちょっと隅で大人しく隠れててくれるかい?」

「わかりましたー」


 ユダはなるべく混乱させないよう配慮して促したが、アンデレは軽く返事をした。ちょっと心配を煽る緊張感のなさだが、言われた通りに、路上に出ているハンバーガー屋のテーブルの陰に身を隠した。


「始めよう、ヨハネくん!」

「はい!」


 ひとまずのアンデレの安全を確認し、ユダとヨハネは戦闘を開始する。

 悪魔は、両方の掌から黒い霧を放出する。食らえば肉を抉られる攻撃を俊敏に避けながら、ユダは正面から攻撃を仕掛ける。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 悪魔は後退しつつ、頭上から降り注ぐ光の弾丸を回避する。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」


 ヨハネは、後退して来た悪魔の横から雷を落とした。「∀ェ∉@ッ!」

 攻撃を食らった悪魔は、ヨハネを標的にして霧を放出する。ヨハネは住居のテラスを渡りながら回避し、道路を挟んだ30メートル向いの建物のテラスに飛び移ろうと跳躍した。

 悪魔は、空中で無防備となったヨハネを狙おうとする。だが。


闇世への帰標ベスターフン・ニヒツ!」


「@#∂ァッ!?」背後からユダが放った光線を食らい、胴体に穴が開く。

 間髪を入れず、ヨハネも空中から攻撃する。


天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」

「⊄∉ォ∅ッ!」


 ユダとヨハネは、悪魔を翻弄しながら弱らせていく。その華麗な戦いぶりをテーブルの陰から覗くアンデレは、目を見張っていた。


「すげー……。いつも遠くから薄っすらとしか見れてないからわかんなかったけど、こんなに迫力があるのか」

(あんな人並外れた動きができるなんて、マジでかっけー。使徒は本当にヒーローだ!)

「おれも、あんなふうにかっこよくなりたいなー……」


 憧れの眼差しで潜んでいた時だった。ヨハネが避けた悪魔の攻撃が、アンデレが隠れているすぐ側の街路樹に当たり、倒れてきた。


「うわっ!? びっくりしたー……」


 驚いたアンデレは、反射的に立ち上がってしまった。その声で四人目の人間がいることに気付き、それが使徒ではないと察知した悪魔が、無手のアンデレに襲い掛かる。


「オ∅σッ!」

「アンデレッ!」


 悪魔が車の速さで急接近するが、咄嗟の状況判断ができないアンデレは一歩も動けない。


(くそっ!)


 ヨハネが瞬時に動き出す。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「@∅∅µッ!」


 悪魔の手が、アンデレに届く直前に食らわせた。そして、〈苛念ゲクイエルト〉を具現化させて逆に構え、振りかぶって悪魔のボディーを殴った。撃退された悪魔はバーの出入口に激突し、ガラスが散乱する。

 アンデレは目の前で何が起きたのか把握できず、呆然と立ち尽くす。


「大丈夫か!?」

「は……はい」

「悪い。僕が避けたせいで」

「大丈夫っす……」


 ヨハネに吹っ飛ばされた悪魔に、ユダが追い打ちの御使いの抱擁ウムアームン・エンゲルを放った。だが、悪魔はまだ倒れる様子がない。


「あれ。意外としぶといね」


「&ア∉@ッ!」悪魔はヨハネを狙って攻撃してきた。避ければアンデレが危ないヨハネは防御フェアヴァイガンで防ぐ。

 ユダは更に攻撃して弱らせようとするが、悪魔は狙いを変えようとしない。


「こいつもしかして、一般人のアンデレを狙ってるな」

「さすが悪魔。目敏いね。ヨハネくん。アンデレくんを任せていい?」

「了解です! アンデレ。絶対に僕の側から離れるなよ!?」

「は、はい!」


 ユダは悪魔に攻撃をし続け、ヨハネはアンデレを守るために防御に徹した。そして、そう時間が経たないうちに悪魔は弱り始めた。


「ユダ! ヨハネ! もう大丈夫だ!」


 潜入インフィルトラツィオンからペトロが戻って来た。それを合図に、ユダはハーツヴンデを具現化させる。


「天よ、濁りし魂に導きの光を!」


 ユダが悪魔と憑依された男性を繋ぐ鎖を断ち切り、ヨハネが祓魔エクソルツィエレンして、戦闘は終了した。

 ペトロは、真っ先にアンデレの無事を確認する。


「アンデレ。大丈夫だったか!?」

「うん。ヨハネさんが守ってくれたから」


 戦闘が終わっても、アンデレは放心状態だ。


「本当に大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。迫力に驚いて、半分夢の中状態なだけ」

「突然放り込まれたんだから、夢か現実かわからなくなるのはしょうがないね」


 一般人が戦闘領域レギオン・シュラハト内に留まるなんてことは滅多にないので、ユダたちも戸惑ったが、怪我一つ負わせることなく終えられて胸を撫で下ろした。


「でも……。めちゃくちゃかっこよかったー! マジでヒーローだよー! めっちゃ驚いたけど、間近で見れて超感動したー!」


 無事に安堵したのも束の間、アンデレは思い出したかのように興奮し始めた。本当に身体のどこにも異常はないようで、呆れつつ改めてホッとする三人。


「おれを守るために武器で悪魔をドーンッ! て吹っ飛ばしてくれた時のヨハネさん、めっちゃかっこよかったっすー! もしもおれが女子だったら、キュンキュンが止まらないっすー! 握手して下さいー!」

「うん。もうしてる……」


 興奮MAXのアンデレに手を握られ、ブンブン振られるヨハネ。残像で軟体化して見える。


「うん。大丈夫そうだな」

「無事で一安心だよ」


 掠り傷を負っていても気付かないくらい元気だなと、ペトロとユダは無用な心配を排除した。


「それよりも。なんでアンデレは、戦闘領域の外に出されなかったんだ」

「それはもう、答えは一つしかないと思うよ」

「戦闘領域内に入れるのは、悪魔と使徒だけだ。ペトロも最初、無意識に領域内に入って来ちゃってただろ」

「じゃあ。アンデレは……」

「私たちの仲間、ってことになるね」


 まさかの展開が信じられないペトロは、アンデレを見遣った。

 また三人に視線を注がれるアンデレは事態がわかっておらず、目をぱちくりさせて首を傾げた。




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