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第15話 棺の中。歓迎の青過①



 突然鳴った学校のチャイムに、ヨハネはハッとした。

 日の光が遮られ、木々に囲まれた場所。ここは、校舎のすぐ横にある林の中だ。


(あれ。いつの間に……)

「おい。なに呆けてんだよ」


 木を背にして立つヨハネの前には、同じ学校リセに通う男子生徒が立っていた。チョコレート色の髪にブラウンの瞳をしていて、ヨハネがよく知る人物と顔立ちが似ている。


(ユダ? ……違う)

「ごめん。レオ」

「目の前にイケメンがいるのに、誰のこと考えてた?」

「誰のことも考えてないよ」

(ユダって……誰だっけ?)


 レオが顔を近付けると、ヨハネは黙って目を瞑った。触れ合うほんの僅かな身体の一部からでも、彼の愛が染み渡っていく。


(どうしてだろう。この感覚が、とても懐かしい気がする)


 二人は生徒や教師たちの目から隠れ、いつもこの林でこっそり逢瀬を重ねていた。


「おい、見ろよ!」


 生徒の声で、ヨハネはまたハッとする。

 場所が変わり、授業が始まる前の教室の机に座っていた。

 クラスメイトたちは、スマホを見て何やらザワついている。ヨハネを見てくる生徒も、何人かいた。


「ヨハネ。これ、本当?」


 一人のクラスメイトの男子が、スマホを見せて尋ねた。その写真を見たヨハネは、目を疑い顔色を変える。


「えっ……」


 見せられたのは、林の中で隠れて逢引あいびきするヨハネとレオの写真だった。


「な……なんで。誰が……!」

「みんな! これ、合成じゃないってさ!」


 ヨハネが認めたわけでもないのにそう言うと、クラスメイトたちはさらにざわついた。


「本当にキスしてるの?」

「うわっ、マジかよ。気持ちわりー」

「クラスにいるなんて信じらんない」

「ちょっと近寄りたくないよな」


 クラスメイトたちはヨハネを差別し、嫌悪して蔑視を向ける。酷く傷付いたヨハネは、クラスで孤立した。

 状況に堪え兼ねたヨハネは、渡り廊下にレオを呼び出し話をした。


「はあ? 距離置きたいって……。クラスのやつらの言うことなんて、気にすることねーって」


 けれどレオは、どこ吹く風とばかりに言う。しかし、ヨハネは同じように振舞えず、周りの目がストレスになっていた。


「僕は無理だよ。とてもじゃないけど、授業にだって集中できないんだ」

「俺たち別に、なんも悪いことしてねーだろ。だから堂々と……」

「僕はレオとは違うんだよ!」


 精神的に不安定になっていたヨハネが声を上げると、二人だけのガラス張りの渡り廊下に弱々しく反響した。


「少しは僕のことも考えてよ」

「……わかった」


 ヨハネの心情を組み取れきれないレオは溜め息をつき、あっさりと返事をした。

 それまで晴天だったのが急に日差しがなくなり、渡り廊下の屋根に雨の音がし始め、ガラスの向こう側に雨が降りしきる。

 季節は、花々が咲き誇っていた暮春から、木々に黄色やオレンジが色を添える秋になった。レオとは、校内で擦れ違ってもなるべく目も合わせないようにしていた。そんな日々が、数十日続いた。

 そんなある時、ヨハネは渡り廊下の先にレオを見つけた。ふと追い掛けたヨハネだが、一緒にいる男子生徒に耳打ちをしたり、腰に手を回して仲良くする姿を目にした。

 自分は、いろんなことを我慢しているのに……。ヨハネは苛立ち始め、レオに問い質した。


「レオ! あの人なに!?」

「あの人って、誰のことだよ」

「惚けるなよ! 腰に手回したりして。僕が相手しなくなったからって!」


 突然心当たりのない怒りを向けられ、レオは戸惑う。


「だから。なんの話だよ」

「しらばっくれるな! 僕ははっきり見たんだ! 僕のことを捨てて、すぐに他の人と付き合うなんて!」

「はあ? お前何言ってんの」


 何か勘違いをしているヨハネに、レオは怪訝な表情を浮かべる。しかし、苛立ちが収まらないヨハネは、眉を吊り上げて鬱積した気持ちを吐き出し続ける。


「距離置きたいって言ったの確かに僕だけど、嫌いになったわけじゃない。僕の態度がそう見えたんなら謝るよ。でもだからって、当て付けに浮気することないだろ!」

「俺が浮気? どこがだよ。お前、ちょっと頭おかしいんじゃねーの?」

「おかしいのはどっちだよ! 別れたつもりないのに、他の人と仲良くしてるレオの方がおかしいよ!」


 今のレオの物言いは、いつものしゃべり方だ。それに、彼は冷静に話そうとしている。それなのに、嫉妬に支配されるヨハネは話を悪い方向へと自ら導いていく。

 レオは眉根を寄せて溜め息をつき、腕を組む。


「あのさ。時々思ってたんだけど、ヨハネって思い込み激しくね? それとも、俺を悪人にしたいわけ?」

「酷いのはレオだろ! 僕の知らないところで僕の知らない人と遊ぶし、約束だって破るじゃん!」

「お前と約束する前に友達と約束してたんだから、仕方ねーだろ。つーかこの話、前もしたし。しつこいよ、お前」

「僕が年下だからって、適当にあしらおうとしてるでしょ。それとも、僕のことも遊びだったの?」

「はあ? んだよそれ」


 ヨハネの棘のある言い回しに流されるようにレオも苛立ち始め、口論もエスカレートいていく。


「レオは、何人も恋人がいるって聞いたことある。好みの顔の子がいれば声掛けて、キープしてるって!」

「何だその話。そんなの根も葉もない……」

「結局レオは、誰でもいいんでしょ。僕のことだって、顔が好みって言ってたもんね。顔が好みなら節操なく誰でも抱いて、どうでもよくなったら捨てて、また新しい人見つけて口説いて抱いて。僕は、そのどうでもいい人の中の一人だったんだ!」

「お前、そんな噂話信じるのかよ」

「実際に見たんだし、信じるよ!」


 不信感を乱暴に投げ付けられたレオは、顔をしかめる。


「マジで言ってんの?」


 レオが尋ねても、腹を立てるヨハネは視線を逸らして合わせようとしない。


「……それ。地味に傷付くわ……。じゃあさ。遊びだったらなんなんだよ」

「レオが謝ったら、許してあげる」

「無実なのに、何を謝ればいいんだよ」

「謝る気ないんだ」

「何も後ろめたいことしてねーし」

「そんなに謝りたくないんだ? やっぱり僕とは、本気じゃなかったんだね」


 レオは嘘をつき、惚けて事実を誤魔化そうとしていると思うヨハネは、彼に誠実さを感じなかった。


「本気じゃないなら、一緒にいたくない」

「じゃあ、別れんの?」

「別れよ」

「……あっそ」


 その時レオがどんな表情をしていたかは、ヨハネは見ていなかった。

 レオは、ヨハネの前から去って行った。


「あーあ。行っちゃった。イケメンなのに勿体無もったいないわねー」


 不貞腐れるヨハネの横に、マティアが気配もなく姿を現した。


「僕は本気だったのに。不公平だ」

「そうよね。愛する人には、自分の事だけ見て欲しいわよねー……。でもアタシ。貴方みたいな人の方が許せないわ」

「なんで僕が」

「だってほら。見て御覧なさいよ」


 校舎も周りの風景もなくなり暗闇だけになった空間に、プロジェクターで投影されるように画面が現れ、ニュース速報が流れる。


「本日発の航空機にて、ハイジャック事件が起きた模様です。犯行声明が出されており、✕✕✕系組織の犯行と思われます」

「あっ!」

(レオが乗ってる飛行機!)


 海外留学へ行くレオが乗っている飛行機だと気付き、ヨハネは画面に釘付けになる。

 画面は、大西洋上から撮影した最新映像に切り替わり、黒煙と炎を上げて白鼠しろねずの空から紺碧の海へと落下していく航空機が映った。

 落下する航空機は、海に衝突する前に大爆発した。機体の破片や、肉眼では確認できない小さなものが、バラバラと海に散っていった。


「レオ……!」

「あら。あれに彼が乗っていたのね」

「そんな……。嘘だ!」


 かつての恋人の最後の瞬間を目にしたヨハネは、目を潤ませ、胸が張り裂けそうになり、彼との思い出が走馬灯のように駆け巡った。

 その時だった。


「俺はここだぞ」


 後ろから聞こえたその声に、ヨハネはまさかと振り返る。そこには、二度と会えないと思っていたレオがいた。


「レオ!」


 ヨハネは嬉しさのあまりにすぐに駆け寄り、涙目で抱き付いた。


「よかった、レオ! 無事だったんだね! あの飛行機に乗ってると思って、僕、もうダメだと……」


 あの悲報は夢だったんだと酷く安堵し、ヨハネは希望を見出せそうだった。

 ところが。


「乗ってたよ。俺も」

「えっ? でも。だって、こうして無事に……」


 顔も身体もきれいなレオだった。だが、ヨハネが掴んでいた左腕が突然黒ずみ、肘からボロッと取れて落ちた。


「……え?」


 焼けたマネキンの腕でも落ちたのかと、ヨハネは呆然と見る。

 すると、左足も右腕も黒ずんで身体から分離した。服は焼け焦げ、チョコレート色の髪も縮んで短くなり、肌のほとんどが焼けただれ、見るも無残な姿となった。


「……っ!」


 ヨハネは衝撃で血の気を引かせた。不快さで腹から上がりそうなものを抑えようと手で口を塞ぎ、恐ろしさで後退りする。


「迎えに来た。ヨハネ」




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