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第14話 昔日に囚われ



 休日に一人で出掛けたヨハネは、時々訪れている花屋にやって来た。店頭にも店内にも種々様々な切り花や観葉植物が置いてあり、ポットやガーデニング用の人形なども揃えられている。

 季節の植物の香りを感じながら、何か目ぼしいものがあればと店内を十数分見て回った。けれど結局、何も買わずに店を出てしまった。


(気晴らしにと思って来てみたけど、あんまり買う気にならなかった……)

「たまには、切り花でも買えばよかったかな」


 乗って来た自転車を引いて、ちょっとだけ後ろ髪を引かれながら帰り道を歩いた。

 買い物に来た家族連れなどと擦れ違う中で、親しげな男性二人組が横を通り過ぎると、ふと立ち止まって振り向いた。


「また、行けなかったな……」

(最近、をよく夢に見る。忘れるなと言われているように……。僕は、次に進んでるはずだ。そのはずなのに……)

「なんで、言えなかったんだろう……」


 ヨハネは、ユダに告白するチャンスを棒に振ってしまったことを引き摺っていた。


(告白できるチャンスだったのに、ユダの顔を見た途端、何も言えなくなった。というか。何を言えばいいのか、わからなくなった。自分の気持ちがブレたような。誰に思いを伝えようとしていたのかが、わからなくなった)

「次に進んじゃダメなのか?」


 過去に囚われるのはいけないと思い、ヨハネは次へ進もうとしていた。ユダへの告白は、成就しないとしても通らなければならない門で、告白は通るために必要な鍵でもあった。

 ヨハネは、また歩き出そうと前を向いた。そしたら目の前に人がいたので、びっくりして声を上げた。


「うおおっ!?」

「やっと気付いたー」

「ア……アンデレか。驚かすなよ」

「驚かしてませんよー。何度も声掛けたのに、ヨハネさんが気付かなかったんすよー。で。何してんすか?」

「買い物。アンデレは、今日は休みか?」


 見るとアンデレは、半袖Tシャツにハーフパンツで身軽な服装だ。


「今日は仕事が半日だったんで、これからちょっと遅めのランチっす。そだ! ヨハネさん、一緒にランチしましょうよ!」

「僕はお昼済んでるから」

「じゃあ、付き合って下さい!」

「お腹空いてないのに?」


 ヨハネは、ちょっと面倒臭そうな顔をする。


「いいじゃないっすか! ぼっちランチつまらないし、行きましょうよー!」

「悪いけど、誘いに乗る気分じゃないから。一人で行ってくれないか」

「えー! おれといれば、楽しくなりますよー! だから行きましょー!」


 アンデレは、ヨハネの手を掴んで誘った。ヨハネはあからさまに顔に出しているのに、天性の空気ノーリーディングでお構いなしだ。

 このまま流されてランチかとなった、その瞬間。ヨハネは、重く纏わり付く死徒の気配を感じる。


「……本当に無理だ。火急の要件ができたから、片付けに行かないと」

(しかも、二つ感じる)


 その気配をアンデレも感じ取り、胸を抑えた。


「これ……なんすか? すっげー気持ち悪い……。これがもしかして、前に聞いた死徒ってやつのっか?」

「どうする、アンデレ。行くか?」


 危険性だけは教えてあるが、死徒との遭遇はこれが初めてのアンデレに覚悟はあるかと訊いた。


「ヤバいやつなんすよね」

「まだ戦闘経験が浅いアンデレには、キツいと思う。お腹空いてるなら尚更」

「辞退可能ってことっすか? 確かにお腹鳴りそうなくらい減ってるけど、死徒の方が大事っすよね」


 アンデレはお腹を触り本当に空腹のようだが、腹を満たすのはしばらく我慢することにした。


「じゃあ行くか。死徒デビュー」

「行きます!」


 普段の空気は読めなくても、使徒としての意識はちゃんとしているアンデレを連れて、ヨハネは死徒の気配が感じる方へ急いだ。




 気配を辿り到着したのは、この街を象徴するスポットの一つである、チェックポイント・チャーリー。周囲には博物館が多数点在し、観光客が非常に多い区域だ。

 二人が着くのと同時にヤコブとシモンも到着し、ビルの屋上で合流した。


「ヨハネ。アンデレも連れて来たの?」

「偶然会ったんだよ」

「アンデレ。来たからには、途中で逃げるのは許さねぇからな」

「が……頑張る」


 死徒の禍々しい気に当てられて、気合いも入らないアンデレ。この空気に慣れない今は、アンデレらしさ出力30%だ。

 すると、ヨハネたちと同じ高度で女性らしき声が聞こえてきた。


「あら〜? 噂の可愛子かわいこちゃん達じゃないの」


 声がした対角線上の建物の屋上に注目すると、長い黒髪を靡かせた黒装束の死徒の姿があった。


「出やがったな!」

「やだ。幽霊みたいに言わないでよ。アタシには一応、『嫉妬のマティアマティア・デア・ナイト』って名前が有るんだから」

「似たようなもんじゃねぇか」

「失礼しちゃうわ。これからお楽しみタイムにしようと思ったのに、タイミング最悪で遭遇しちゃうし」

「お楽しみ?」

「こう言う事よ」


 マティアは、道路の真ん中に立っている兵士の看板の上に降り立った。

 突然現れた謎の黒髪美女に、周囲はざわつく。地元民は危険を察知して即座に逃げたが、何も知らない観光客は、パフォーマンスか何かと勘違いして写真や動画を撮り始めた。


「呑気だ事。貴方達の中のヘドロで、溺れちゃいなさい」


 黄色い双眸で人々を一瞥したマティアは、髪をかきあげて抜いた毛をランダムに彼らの影に刺した。

 すると、髪の毛が刺さった影はヘドロとなり、人々に襲い掛かろうとする。


「なんだあれ!」

「やめろ!」

「〈恐怯フルヒト〉! 泡沫覆う惣闇ホフノン・星芒射すリヒトシャイネン!」


 シモンは瞬時に〈恐怯フルヒト〉を出現させ、十数本の光の矢を放ち、人々を襲うヘドロを消滅させた。


「ちょっと! 何よ其れ!」

「ヤコブたちは、一般人を避難させて!」


 何が起きたのか理解できないが、恐ろしいものだと直感で理解した人々は悲鳴を上げ、大混乱しながら逃げ惑う。

 マティアは逃げる人々をまた弄ぼうとするが、シモンが再び矢を放って阻止する。そのあいだにヨハネたちは迅速に人々を避難させる。

 そこへ、遅れてユダとペトロも到着した。


「シモンくん!」

「この混乱は何事だよ!?」

戦闘領域レギオン・シュラハトもテリトリーも展開してないのに、一般人を巻き込もうとしてる!」

「はあ!? 何考えてんだよ!」

「非常識この上ないね。厳重注意しておかないと」


 ユダは建物の屋上からスマートに地上へと降り、マティアと笑みを向き合わせ一人で相対する。


「あら。可愛子ちゃんが増えたのね」

「次から次へと刺客を送って来るのは構わないんだけど、最低限のマナーは知っておいてほしいな」

「御免なさい。元々人間だったって言っても、の世界ごと大嫌いだから」

「ああ。そうだったね。でもだからって、私たちの前で好き勝手は許せないな」

「アタシが、貴方達のルールに従う理由は……」


 ユダと対話していたマティアだが、何かを察知してパッと上空を見上げた。


「はあっ!」

「!?」


 ハーツヴンデ〈誓志アイド〉を手にしたペトロが、マティア目掛けて急降下して来た。だが、マティアの瞬発力の方が早く、ペトロの剣は看板を通過してコンクリートを突くだけに終わった。

 地面に着地したマティアは、むくれながら髪をかきあげる。


「可愛子ちゃん達だと思ったのに、全然可愛く無いわね」

「それで結構だ。かわいいは散々言われて、うんざりしてるから」

「ペトロには、もう二度と言わないであげて」

「マティア。何を鈍鈍のろのろしている」


 もう一人の声がした。見上げると、建物の上からマタイが地上を見下ろしていた。


「あいつ……!」

「二つ目の気配は、怨嗟のマタイマタイ・デア・グロルだったのか」


 フィリポとの初戦以来の遭遇だった。死徒二人を同時に相手をしたことがない一同は、怯む気持ちを敵愾心で抑え込み、緊張感を走らせる。初対面のアンデレは威圧感を僅かに感じるだけでも身の毛がよだち、遁走したくなった。


「お前が呑気にしている間に、相手のテリトリーになってしまっているぞ」


 避難具合を見て、シモンが戦闘領域レギオン・シュラハトを展開し終えていた。


「分かってるわよ。見学は野次を飛ばさないで頂戴」


 マティアは統括に口を尖らせて言う。


「やつは戦わないのか」

「無視してくれて良いわよ。貴方達の相手は、アタシがしてあげるから」


 避難誘導を終えたヨハネたちも集合すると、ペトロはアンデレもいることに気付いた。


「アンデレ。お前も来たのか!?」

「当たり前だろ。おれが来なきゃ、みんな困るだろうし!」


 この数分で死徒の気に慣れてきたアンデレも敵愾心を奮起させ、本調子を取り戻してきたようだ。

 しかし、さすがに死徒戦はまだ参加しないだろうと思っていたペトロは、引き返させようとする。


「今回はやめた方がいい。お前が想像してない戦闘になるんだぞ」

「それはこの気配だけでわかるよ。でも帰らない。使徒の根性で絶対逃げない!」

「アンデレ……」


 拳を握り覚悟の面持ちのアンデレは、与えられた役割を果たしたいと言うが、ペトロはその思いを素直に汲んでやれない。

 そんなペトロの肩に、ユダは手を置いた。


「こういう時こそ、アンデレくんがいてくれると助かるよ。サポートよろしくね」

「はいっ!」


 頼られたアンデレは、恐れを払拭するように元気よく返事した。

 ユダは、ペトロに一つ頷く。アンデレのことが心配でならないペトロだが、その気持ちを完全拒否することもできず、親友を信じようと頷き返した。


「それじゃあ。アタシのゴエティアちゃんも紹介するわね」


 マティアの掌に紋章シジルが光り、同じ模様が紫色の光を放って地面にも現れる。


「出てらっしゃい」


 マティアが喚ぶと紋章から青い炎が激しく燃え上がり、その中からゴエティアが現れた。

 炎を蓄えた槍を持ち、黒いスーツに白いマントを肩掛けし、白と黒の髪色をした見目のいい容姿の悪魔だ。


れが、アタシのアミーちゃんよ」

ようやく吾輩の出番かい。お嬢」

「待たせちゃって御免ね~。存分にやってくれちゃって良いから」

「分かった」

「アタシはー。あの子を指名するわ」


 マティアは、使徒の中からヨハネを指差した。


因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ!」


 すると、ヨハネの周りに黒く太い棘が次々に生え取り囲んでいく。


「ヨハネ!」

「くそっ!」

「駄目。逃さないわよ」


 逃げる隙きを見つける間もなくババババッ! と一瞬で多くの棘が生え、茨の棺に囚われたヨハネの姿は見えなくなった。


「さあ。本当のお楽しみの時間ね」


 マティアは紫色の唇をひと舐めして黄色い双眸を細め、妖艶な笑みを浮かべた。




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