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第13話 ゴシップ



 ある日の午後のことだった。

 いつもと変わらずに仕事を進め、業務の一つである事務所公式のSNSの更新をやっていたヨハネは、フォロワーの反応が今日はやけに多いことに気付いた。


(やけにメッセージが多いな)


 通知マークに、五十を超える数字が表示されていた。反応がいい時は三桁近くはいくので、不思議ではない。「仕事争奪ショートダンス動画対決」を告知した時も、そのくらいいっていた。

 しかし、昨日は大した投稿はしていないので、こんなに反応があるのは不思議だった。

 メッセージを確認すると、フォロワーからの心配の声がずらっと並んでいた。その中に、「大丈夫ですか!? 心配になってしまって。知っているかもですが、一応お知らせしておきます!」という一文とともに、ニュースサイトのリンクが貼ってある。

 それを開いたヨハネは、その記事に載っていた写真に目を見張る。


「えっ!?」


 ヨハネが思わず驚きの声を上げたので、ユダはパソコン画面から目を離した。


「ヨハネくん?」

「ユダ。これ……」


 動揺し戸惑いながら、ヨハネはユダにネット記事を見せた。

 その見出しは、『使徒のメンバー二人、チョコレート専門店で仲良く買い物』と書いてあり、ユダとアイスを食べるペトロの写真が載っていた。

 内容はこうだ。

「ある休日。有名なチョコレート専門店の店内に、目を引く男性二人組を見掛けた。誰かと思えば、街のヒーローで有名な使徒の二人だ。一人はリーダーの男性。もう一人は変装していたが、露出で徐々に注目度が上がっているペトロだ。店内をゆっくり見て数点購入した二人は、アイスを店内で食べた。何を話していたかはトップシークレットだが、非常に仲が良く、リーダーがペトロの口元に付いたアイスを取ろうとするような場面もあった。その距離感は、仲間や友達よりも近かったように見受けられた」

 などと書かれている。写真はちょうど、ユダがペトロの顔に手を伸ばしている瞬間の一枚だった。


「この写真……」


 写真を見たユダはすぐに気付き、あの黒いキャップの男性の正体を確信した。


「いつ撮られたか、心当たりあります?」

「この前のデートの時だ。外に気になる人がいたんだけど、やっぱり撮られてたのか……」


 もしかしたらと思うも、撮られた証拠もなく言い逃れされそうだったので様子見にしたが、実際に記事にされるとさすがのユダも少し動揺する。


「付き纏われたりしましたか」

「尾行されそうだったけど、撒いたんだ」

「店内で買い物したことも知ってるってことは、店に入る前から付けてたんですかね……」

「でも、『何を話していたかはトップシークレット』って。これ、たぶん聞いてないよ。偶然見掛けた可能性もあるかも」

「どうします? この記事に関して、何かリアクションしておきますか?」


 深刻に捉えるヨハネは、社長のユダに対応を仰ぐ。

 ユダは自分のデスクに座り、パソコンに記事を表示してもう一度内容を読んだ。それから、SNSに投稿されている周囲の反応に一通り目を通す。

 使徒の活動を始めた際にも記事が出たが、あの時は隠すこともなく、寧ろ起きていることを人々へ知ってもらうために取り下げ要請はしなかった。

 だが、今回はそれとは違う。プライベートに踏み込まれる寸前の、グレーゾーン記事だ。ユダは沈黙し、慎重な対応を考量する。


「……いったん、様子見にしよう」

「いいんですか?」

「記事には、私とペトロが交際している事実は書かれていないし。周囲の反応も、写真で少し沸き立ってはいるけど、言及する投稿はなさそうだし」

「ですが。『特別な関係を匂わせている』と……」


 記事の最後には『様々な人間を見てきた私見だが、特別な関係を匂わせているように思える』とある。そのおかげで周囲もちょっとざわついていて、ヨハネも騒ぎ立てられることを危惧した。


「噂話を立てられる前に、この記者に抗議した方が……」

「あくまで疑惑だ。ここで私たちが変に反応すれば、逆に騒ぎ立てられる。仕事も使命もこれまで通り続けるためには、それがいいと思う」


 この街には、セクシュアルマイノリティーに寛容な人々が多いので、全員から拒絶や非難をされることはないだろう。

 だが。認めた際のイメージキャラクターを務める企業の反応や、及ぼす影響。そして、興味本位の野次馬を戦闘に巻き込む恐れも少なくともある。それを考慮しての対応だ。


「今のところ、特に問い合わせもないし。訊かれないなら、律儀にこっちから答えることもないよ。ただ。心配の声もあるから、それには答えておかないとね」

「ユダがそう言うなら……」


 ヨハネは少し心配そうだが、平静で焦りもない社長の決定に意義の申し立てはしなかった。


「噂話は立つだろうけど、それで過敏になったら、それこそ記者の思う壺だ。噂が大きくなって騒がしくなったその時は、また対応を考えるけど」

「でも……」

「別に悪いことをしてるわけじゃないから、その時はペトロと相談するよ」


 交際を公表する覚悟はあると、ゆとりのある面持ちでユダは言った。

 誤魔化すつもりもなく堂々とする姿は、上に立つ者として尊敬に値する。しかし、今のヨハネには、ユダへの尊敬の眼差しはなかった。

 影響力を持つ使徒が、セクシュアルマイノリティーな交際の事実を公表する。それ自体がセンセーショナルで、絶対に好奇の目から逃れることはできない。

 だがユダには、バレたら別れるという選択肢はなく、責任を取る覚悟があるということだ。ペトロを世間の好奇の目から守り、これからも一緒にいることを望んでいるのだ。

 そこまでわかってしまったヨハネは、また嫌な感情が湧き上がってくるのを感じる。


「ヨハネくん?」

「はい」

「どうかした? 眉間に皺、寄ってるよ」


 ユダに言われて、ヨハネはパッと額を隠した。


「なんでもないです」


 今回のSNSへの対応はユダが行うと言うので任せ、ヨハネは別の仕事をすることにした。

 再びパソコンに向かうヨハネは、ユダに聞こえないように溜め息をつく。


(やっぱり、最近の僕はおかしい。なんでこんなに苛立つんだ。こんな自分なんて、見られたくないのに……)


 こんな女々しい自分は恥ずかしくて、知られたらユダに嫌われてしまう。だから、無理やり自分に嘘をついてでも、この淀んだ感情は誤魔化し続けたかった。




 シェオル界に植えられた植物は、マタイが手を伸ばしても枝に届かないくらいの高さになった。幹は太くなり枝葉も増え、立派な樹木へと育ってきている。死徒たちの切願を叶える準備は少しずつ、だが着実に育っていた。

 樹木の生育状態を確認したマタイは、いつもの広間へ向かった。

 ところが、やけに静まり返っている。敗走したバルトロマイを、フィリポが毎度の弄りでケンカになっているかと思いきや、そんな騒ぎが起きている音は一切しない。しかし、同士たちがいる気配はする。

 広間の扉を開けると、全員が大人しく着席していた。胡座はかいているが、あのフィリポまで口を閉じて座っているので、マタイはにわかに拍子抜けした。


「どうした。やけに静かじゃないか。特にフィリポ。負けて帰って来たバルトロマイと、喧嘩をしなくて良いのか」

「最初は何時も通り、お決まりの嘲弄ちょうろうから始まったわよ。バルトロマイも喧嘩を買いそうだったんだけど、フィリポが急に止めたのよ」


 と、手櫛で髪を整えながら先程までの状況をマティアは教えた。「そーそー」テーブルに伏せるタデウスも、フィリポの様子がおかしいことを言う。


「あと一秒で始まりそうだったけど、フィリポが突然大人しくなったんだよねー」

「流石の我も、困惑してしまった」


 ケンカを吹っ掛けられたバルトロマイも、その異変に大変困惑したらしい。


「でも。部屋がぐちゃぐちゃにならなかったんだから、良かったよね」


 争いごとにならなかったことに、トマスは心底安堵している。


「一体どうしたんだ。人格でも変わったか?」

「そーじゃねーよ。キレたマタイが怖かったから、今回は止めておく事にしただけだ。腹ん中じゃ、役立たずのただの糞筋肉野郎だと思ってるけどな」


 控えることを知らない達者な口に愚弄されたバルトロマイは、密かに睨みつけるが、マタイの恐ろしさはフィリポに同感なのでグッと怒りを堪えた。


「少しは利口になったと言う事か。見直せる余地は有りそうだな」

「じゃあまた、俺様に戦わせろ!」

「アンタ、の為に大人しくなったんじゃないわよね」


 フィリポに、呆れと疑念の眼差しを向けるマティア。だが、上座に座るマタイが、そんな単純に騙されるような人物であるはずがない。


「そう簡単に行かせる訳が無いだろう。奴等は、戦いを重ねる度に強くなっている。最初の段階しか知らんフィリポに行かせても、また負けて帰って来るだけだ」

「だとしたらよ。あとってねーのは、マティアとトマスだけだぞ」

「お……おれは、自信無いよぉ」


 名前を挙げられたトマスは、ビクビクして身を縮める。


「それじゃあ、アタシかしら」


 トマスの辞退で半ば仕方なしに意欲を示したのは、もちろんマティアだ。


「では、マティアに行って貰おう。それと今回は、俺も同行する」

「いよいよ、マタイも戦うのー?」


 タデウスは、戦況が一気に佳境まで進み早く楽ができることを期待したが、残念ながら、そんな怠けた願いはまだ叶わない。


「いや。探している『蝶』の確信を得る為だ。奴等の相手はマティアに任せる」

「見極められそうなの?」

「ああ。目星は付いていた。後は、匂いを嗅ぎ分けるだけだ」

「それじゃ。同伴で行きましょ」


 マティアは長い黒髪をかき上げ、カウントダウン代わりのヒールを鳴らして広間を後にした。




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