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第12話 きれいな土足



 事務所に戻って来たヨハネは、ユダに許可を得て自室に戻って少し休むことにした。

 一人で静かに心を休めるつもりだったのだが、仕事に戻るはずのアンデレがなぜか付いて来た。


「なんでアンデレが、僕の部屋にまで付いて来るんだ」

「もう大丈夫かなー、って心配で」

「さっき、治癒してもらったから大丈夫だって言っただろ」

「でも、効いてるのかあんまわかんなくて。どのくらいやればいいのかなーって」

「だから、さっきので十分だよ」


 戻って来る道中も「大丈夫ですか?」「大丈夫だ」と何度か同じやり取りをしていたので、ヨハネはちょっとうんざりしている。

 ヨハネは作り置きのアイスコーヒーを飲もうと、キッチンに入った。


「あ。おれも喉乾きました!」


 冷蔵庫から取り出すのを見たアンデレは、厚かましくも所望した。ヨハネが呆れを顔に出しても、全く察していない。


「ていうか。仕事抜けて来たんじゃなかったっけ?」

「言い訳考えます!」

「考える前に、今すぐ戻った方が懸命だと思うけど」


 そう言いつつも、ヨハネは二人分のアイスコーヒーを用意した。甘めが好みのアンデレには、自分より一つ多くシロップを入れ、ミルクも注いだ。


「どうぞ」

「ありがとうございますー」


 ヨハネがソファーに座ると、アンデレも横に座った。さも当たり前かのような行動に、ヨハネはちょっと戸惑う。


「ていうか。この部屋、緑多いっすね」

「僕の趣味だよ」

「へえー。サンセベリアに、パキラに、ポトスに、ストレリチア。サボテンに、パキフィッツムに、セダム……」


 部屋を見回しながら、アンデレは観葉植物の種類を当てていく。知っているのが意外だったヨハネは、ちょっとだけ感心する。


「詳しいんだな」

「母親が好きで、実家もこんな感じなんすよ。もしかして、この前お邪魔したリビングルームの方も、ヨハネさんのチョイスっすか?」

「うん。大体、僕が選んだやつ」

「そーなんすねー。そっかー。実家と似てるから落ち着くのかー」


 そう言いながらソファーに沈んでいくアンデレ。とうとう寛ぎ始めた。


「いや。そうじゃなくて、仕事……」

「なんで、こんなに集めるようになったんすかー?」


 仕事に戻る様子がないアンデレの腰を上げさせようとするが、話を全く聞かず質問をされた。

 あとで店長に説教されても知らないぞと呆れつつ、ヨハネは質問に答える。


「集めてるわけじゃないけど……。落ち着く気がするからかな」

「何かあったんすか?」

「何かって……。なんで、そんなこと訊くんだよ」

「だって、落ち着くとか癒やされるとかっていうと、何かあったんじゃないかって思いません?」

「そう、か?」


 ヨハネの観葉植物集めは昔からの趣味というわけではなく、花屋を通り掛かってなんとなく目に留まり購入したのがきっかけだ。何かあったからという自覚はない。


「だから、何かあったのかなって。家族や友達と離れて寂しいか、恋人と別れたとか?」


 ヨハネの眉がピクリと反応し、一瞬ひそめられた。


「そういうデリケートなことを、軽々しく訊いてくるな」


 せっかく治癒してくれた本人だが、過去も何も知らずに雑に漁ろうとするので、さすがに意識して突っ撥ねた。


「やっぱ何かあったんすね!」

「お前には関係ないだろ」

「でも気になるっす! 寂しいのと別れたの、どっちっすか?」


 プライベート空間だけでなく、デリケートエリアにまで土足で入ろうとして来るアンデレに、顔を逸らすヨハネの眉がまたひそめられる。


「ただの興味で聞くな」

「ただの興味じゃないっすよ」

「そうじゃなくても、お前に言う必要がない」

「なんでっすか? 教えてくれないんすか?」

「だから、アンデレには関係ないって……!」

「知りたいっす」


 しつこいアンデレに怒ろうとして振り向くと、真面目な顔が真正面に現れた。案外真剣な心情を正視したヨハネは、予想外を認めたくなくて目を逸らした。


「しつこいやつには言いたくない」

「ていうか! 関係なくないです! おれも関係あります!」

「は? 関係ないだろ」

「おれも仲間です! だから関係なくないです!」

「いや。仲間内でもそこは……」

「それとも。ヨハネさんは、おれを仲間って認めてくれてないんすか?」

「そういうわけじゃない」

「じゃあ話して下さいよ!」


 仲間を心配して訊いてるんだからなんの問題もないですよね、と迫って来るアンデレ。しつこく粘り強い圧に、ヨハネはたじたじになる。


「……アンデレさ。空気読めとか言われないか?」

「言われたことあります! ペトロにもよく言われてました!」

(直ってないってことか……)


 こんな圧を受けて、ペトロは避けようと思わなかったのだろうかと思うヨハネ。


「とにかく、話すことはないから」

「本当っすか?」


 アンデレはぐいっと前のめりになり、真剣な顔で食らい付く。


「しつこいぞ」

「おれ、今度こそちゃんと役立ちたいんです。助けたい人の側にいて何もできないのは、もう嫌なんで」


 昔のペトロが、親友の自分にも心の内を言ってくれなくなったのが寂しかった。アンデレが言っていた過去の無念が、ヨハネの脳裏に甦った。


「おれ、こうしたい! って思ったことをそのまま行動に移すんで、よくウザがられたりもするんすよ。ペトロにも、一回言われたことがあって。でも、そのやり方しかできないから、直んないんです。迷惑がられるけど、この方法しかわからないんです。今、ヨハネさんにもウザがられてるのもわかってます」

「だったら……」

「でもおれは、興味本位で人の過去を探ったりしません。純粋に、助けられることがあったら助けたいんです。昔なら話を聞くことしかできなかったけど、今は特別な力があるからそれができます。おれがしたいことができるんすよ!」

「……自己満足ならお断りだ」


 過去の無念を自分で晴らそうとしているのならと、ヨハネは突き放した。


「ちょっと……いや。半分くらいそうかもだけど。でも、そうだったとしても、仲間のためにって思うのはダメなんすか?」


 アンデレは、真っ直ぐにヨハネの目を見て尋ねる。その眼差しがあまりにも直線で、純粋で、心の内をポロッと漏らしてしまいそうだった。

 けれどヨハネは、また目を逸らしてしまう。


「ダメじゃない。アンデレのその力を僕たちは必要としてるし、今日は実際助かった」

「それなら」

「でも、それだけでいいんだ。アンデレは僕たちを支えてくれる縁の下の力持ちで、必要な時に助けてくれればいい。だけど、助けてくれる代わりに、僕の過去を話す必要はない」


 アンデレの真心が、偽物だと疑っているわけではない。ただ、助けてもらえるならユダがいいと思っていた。人に、また救われたいと。

 断られたアンデレは、切なそうに見つめる。


「……犬みたいに見つめてくるな」

「嫌です」

「え?」

「今日はもう大丈夫なのは、わかったことにします。でも、ちゃんと役に立ちたいのは覚えててください。痛かったり辛かったら、いつでもいいんで頼ってください。夜の出張も行けるように、スタンバイしてますから!」


 不屈の精神……いや。不屈のを持つアンデレは、女々しいヨハネと同等の諦めの悪さだった。


「いや。そこまで頑張らなくても……。アンデレの気持ちはわかったし、本当にヤバい時はちゃんと頼るから」

「本当っすか?」

「本当に」

「じゃあ。これからは絶対に、関係ないって突き放さないでください。寂しいんで」

「わかったよ」


 仕方がないなと、アンデレにバレないように心の中で降参した。

 納得したアンデレは、ようやく職場へ戻って行った。予定より長い不在になり連絡もしなかったので、戻ったら店長に称えられるよりも先に怒られるだろう。

 ヨハネも、業務に戻るために階段を降りた。


「しつこかったな……」

(でも。話してみて、少しアンデレのことがわかった)

「ちょっと変なやつだけど、いいやつだな」

(犬だったら、めちゃくちゃかわいがってやりたい。絶対、大型犬だな)


 そのうち耳や尻尾が見えそうだな。そんなことを思ったヨハネは、踊り場でふと立ち止まった。

 心持ちが何かいつもと少し違う気がして、胸に手を当てた。


(アンデレは、確かにいいやつだ。だけど。僕が頼りたいのは、一人だけだ)


 自身の思いを再度確認した。その足元に窓から太陽の光が射し込んでいたのは、気付いていない。




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