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異世界ギルドに都市伝説の依頼がくるのでどうにかして!
異世界ギルドに都市伝説の依頼がくるのでどうにかして!
碧美安紗奈
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年03月26日
公開日
2,153字
連載中
異世界vs都市伝説! 都市伝説には異世界ぶつけんだよ! アストラルは、典型的な剣と魔法の中世ファンタジーな異世界のはずだった。 この地のモンスター的存在である魔精《ダイモン》退治を主に請け負う冒険者ギルドに都市伝説が訪れるまでは。 UFO、UMA、幽霊、宇宙人、口裂け女、くねくね、きさらぎ駅……。 ドラゴンやらゴブリンやらスライムやらからなるファンタジー世界に、突如出現しだした現近代オカルト都市伝説的な存在たち。 人類も魔精も混乱する世界で、唯一事情を察しているような少年がいた。その名はトラヨシ・コウセン。 彼こそは、現近代オカルト都市伝説的現象〝異世界転移〟によって地球から訪れた、都市伝説を召喚できる日本人だった。

依頼1 口裂け女討伐

ベートーヴェンの肖像画をどうにかして!

 今朝の冒険者ギルドはおかしい。いや、この世界アストラルのどこにでもある、魔精ダイモン退治の依頼を中心に請け負う職業たる冒険者たちが集う場所としては、ありふれている。

 喫茶店のような店内の壁一面。掲示板を埋め尽くすように貼り付けられているそうした依頼書たちまでは、いつもと同じだ。

 違うのは内容である。


「店員さん」

 掲示板を吟味する老若男女のうち、十代後半ほどで中肉中背、そこそこイケメンで気だるそうな少年が尋ねる。

「この〝口裂け女〟って、なに?」


 途端、ひそひそとしゃべっていた客たちが静まり、注目した。

 どこかの高校のブレザー制服というこの世界に存在しない出で立ちで、日本刀のようなものを腰に帯び、乱れた髪にバンダナを巻く少年自体が妙なせいもある。が何より、彼の示した『境界の森に出没する〝口裂け女〟討伐』という依頼書の方が異常だったからだ。


 近くのカウンターにいる、金髪碧眼の美人で尖った耳を持つ洗練された制服姿のエルフ族たる受付嬢が、首を捻って答えた。

「さあ?」


 掲示板前の客たちはずっこけそうになる。

 ややあって、最初の少年以外も騒ぎだした。


「き、気になってはいたけど、堂々と掲げられてるから有名な新種かなあと」

「でもギルドの運営さんも知らないならそれはないわね」

「変なのはそこだけじゃなくて全部だよな?」

「え? な、なんかおかしいとこあったかな」


 ここは、人類全体と敵対する魔精種族のおう魔精皇ませいこうが支配するダイモン皇国こうこくに最も近い人族ヒュームの街〝キャメロット〟だ。

 魔精軍との最前線でもあり、世界最強クラス百戦錬磨の冒険者たちが集うギルドである。故にみんな無知だと思われたくないらしく、しらばくれていた。


 最初の少年だけが無遠慮に指摘する。

「他にも普通の依頼はなくなって、未知の魔精ばっかりになってんじゃないかな。〝くねくね〟、〝八尺様はっしゃくさま〟、〝ニンゲン〟。……ニンゲンって、人族じゃないよね?」


 他の客たちの注目が再びカウンターに向く。

 エルフは、肩を竦めて両手の平を顔の横で水平に上げた。

「さっぱりわかんない」


 冒険者たちは苦情を述べる。

「なんだよそれ!」

「誰も知らない魔精退治なんて、受けようがないだろ!?」

 いちおう依頼書には対象の絵や説明も添えてあるが、新種となればどれだけ当てになるかもわからない。


「うっさいわね!」

 受付嬢はカウンターテーブルを叩いて逆ギレした。

「今んとこ、ここは魔精っぽいだけマシよ! 水晶通信で他のギルドと交信したら、世界中でもっと意味不明な事物が出現してんだから。〝UFO〟とかいう飛行する変な船が出たり、〝きさらぎ駅〟とかいう変な道沿いの場所への転移とか起きてんの! 何がなんだかみんな把握しかねてんのよ!!」


 あまりの気迫と伝えられた異常事態に一瞬しんとした室内。真っ先に疑問を述べたのは、やはり最初の少年だった。

「そりゃ妙だろ」

 彼は、カウンターに歩み寄りながら訊く。

「どうして、未知の事物に名前がついてるんだよ。本人が名乗ることもあるし人類が命名することもあるそうだけど、仕事が早すぎじゃないかな」


 エルフは、めんどうそうに掲示板を目顔で示す。

「勝手に増えんの!」


 そこで、冒険者たちは全員目撃した。

 まさしく掲示板の空いたスペースに五芒星を基調とした魔法陣が出現、召喚されるように新たな依頼書が貼り出されたのである。


 呆気にとられる人々をよそに、さらなる気付きを得た受付嬢は反対側の壁も指差した。

「で、異常な事物もあんな具合に現れてるらしいのよ」

 冒険者たちが今度は指先を追うと、部屋の角に設置されているピアノだった。

 ギルドは依頼を待ったり解決を祝したりチームを組んだりする彼らの憩いの場でもあるため、音楽を奏でて吟遊詩人なども呼びもてなす等にも使われる。そのための道具で、元からあったものに過ぎない。


「……なんら変哲はなくないか?」結論を出しそうになった男性冒険者を女性冒険者が遮る。「待って、後ろの壁。あんな肖像画なかったよね!」


 示されたのはピアノの背後だった。

 額入りの肖像画が掛けられている。さっきまではなかったはずのもので、こちらは誰も出現の瞬間を気取れていなかった。

 描かれているのは男性の胸像。銀髪で厳しい顔つきの壮年男性が、赤い襟飾りの黒いシャツを着て、楽譜らしきものを描きながらこちらを向いている姿で、目が動いている。


 そう、目だけがギョロギョロと動いているのだ。


 冒険者たちは呆気に取られて口々に言った。

「なにこれ、呪いのアイテム?」

「魔精の擬態か?」

「つーか何者の絵だよ」


「ベートーヴェンだね」

 最後の台詞を発したのは、先程の少年だった。

「ヨーゼフ・カール・シュティーラーが描いたもののコピーで音楽室の【目が動くベートーヴェンの肖像画】かな。学校の怪談レベルまで出てるみたいだ」


 彼へと注視が戻り、やっぱり冒険者たちが疑問を呈する。

「へ? 学校の? 士官学校か術士学校か? の前に階段はどっから出てきた話題だよ」

「宮廷作曲家や放浪画家には詳しいが、ベートーベンなんて画家もモデルも初耳だぞ。どこ情報だそれ」

 そしてついに、受付のエルフは謎の少年へと問うのだった。

「ていうか、あんたこそ見ない顔だけど。誰よ?」


 少年はベートーヴェンを観察し続けながら、誰へともなく名乗った。

「おれはトラヨシ・コウセン、超常現象研究家だよ」

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