「チョコミント好きな奴は味覚終わってると思う」
「じゃあ何で買ってきたんですか」
「千尋くん食べるかなって思って」
「……遠回しに僕の味覚終わってるって言いたいんですか」
「いや、俺の料理うまいって言ってたし幅が広いだけだなって認識変えた」
デザートに、と椿はアイスクリームまで用意してくれていた。千尋はチョコミントのアイスクリームを食べながら、自身の体調が落ち着きつつあることに気付いていた。あえて、口には出さなかったが。
「んじゃ、俺そろそろ帰ろうかな」
アイスクリームを食べ終えると、椿は立ち上がった。
「明日俺早起きなんだよね、新台の予定あって」
「……あの、椿さんってお仕事何されてるんですか」
「ご都合色々アルバイターだよ」
答えになっているのかいないのかよく分からないが、それが彼にとっての線の引き方なのだとはもう理解できていた。なので、もう何も言わないでおくことにする。
「まあ、悠一郎のことでまたしんどくなったら俺に言いなね。また卵粥くらいなら作ってあげるから」
「……どうも」
もうこのマウントにも、何も感じなくなってきていた。それだけ、心が落ち着いたということなのかもしれない。昨日の狼狽えぶりが、自分からしても嘘のように感じる。もしかすると、色々一周回ってしまったのかもしれない。
「そうだ、せっかくだし連絡先交換しよ。今度悠一郎の愚痴大会やろうよ」
口調こそ明るかったが、断ることを許さないと言わんばかりの圧を感じた。なので、あえて逆らうようなことはせず連絡先を交換した。届いた連絡先を、椿は楽しそうに確認する。
「あ、そうだ。買ってきたものの余りは冷蔵庫とか戸棚の中に入れてるからまた見ておいて」
「ありがとうございます」
「いえいえ。そんじゃ帰るね、お大事に」
そう言って、椿は千尋の家を出て行った。それを見送ってから、胃のあたりを撫でてみる。
(体調、だいぶよくなったな)
やはり、ある意味ストレスの元だったことが少し解消したからかもしれない。
キッチンを見ると、すでに調理器具や食器などもすべて綺麗に洗われていた。ああ見えて、本当に家事のスキルは高いのかもしれない。
(そりゃ、筆頭の世話役をするくらいだもんな)
ふと、スマートフォンが震えた。そっと拾って見てみると、峰からのメッセージだった。思わず、顔をしかめそうになる。
『ピアスの持ち主が分かった。悪かった』
「……いちいち報告いらないんだけど」
せっかく持ち直した気持ちが、また揺らぎ始める。しかし、椿の言葉を思い出した。
『言っちゃ何だけど、悠一郎ってめっちゃ性格悪いでしょ』
性格が悪い、というよりはデリカシーや気遣いが無いだけのような気もする。しかし椿がああ表現するくらいにはそう見えていることも事実なのだろう。
なら、彼はもうそういう人間なのだと開き直るしかない気もする。そして、もう離れてもいいのかもしれない。
(そうだ、助けてもらった恩はあるって言っても……別に、恋であり続ける必要ないんだ)
それはそれ、これはこれ、と切り離してしまえばきっと楽になれる。今まではそれが出来なかったが、今ならできるかもしれない。
そう思った瞬間、改めてメッセージが連投された。
『ところで、来月の28日空いてるか』
「……え?」
峰から、まさか。そんな言葉が出るなんて。緊張で胃ごと震え出す。そのまま震えが連動していく手で「何で」と返すと、すぐに既読がついた。そして、あるリンクが送られてくる。それは、西沢高校の文化祭用特設サイトだった。開いてみる前に、立て続けにメッセージがくる。
『一人でいくのも何だし、と思って』
これは、誘われているのか。椿でも、他の世話役でもなく、自分が。
いや、分かっている。これはあくまで千尋の母校だからだ。だからこそ、他の世話役よりも誘いやすかっただけに決まっている。
それでも、まるで蜘蛛の糸のように思えた。
(踊らされてる、もはや)
こうやって期待させられて、突き落とされて。その後にまた、期待をさせてくる。それを断つことが出来れば、きっと楽なのに。
峰とのメッセージのルームを閉じ、職場のグループルームを開く。そこに、「昨日はすみませんでした」からメッセージを打ち始める。
「その上で恐縮なのですが、来月の28日希望休入れて大丈夫でしょうか?」
送信すると、すぐに他のスタッフからスタンプが送られてくる。最終的に店長も『全員の了承取れたのでOKです』と笑顔の絵文字付きで送られてきた。その内容に安心し礼のメッセージを打ち込んでから、再び峰のルームを開く。
「休み、取れたよ。行く」
結局そう送ってしまうあたり、逃げられないと痛感する。
峰からの既読はすぐに付いて、「また詳しくはおいおい」と送られてきた。これはこれでまた連絡する口実ができた、と内心浮かれてしまう。
(何だか本当に、タイミングがいいというか悪いというか)
この六年間決断できなかったことをようやくできそうだったというのに、それすらもぶち壊された。ここまでくるともはや腹立たしいまである。