美術室を出ると、峰の誘いで彼がかつて顧問をしていた公式テニス部の出店へと向かった。場所はグラウンドで、どうやら色々なクラスや部活が出店を出しているらしかった。
結構繁盛していたようで少し待ったものの、無事たこ焼きとジュースを購入できた。
「適当にどっか座るか」
峰はそう言いながら、人混みをかき分けるようにして中庭へと歩みを進めていた。千尋もまた、人混みの中を押し進むようにして歩いていく。
さっきのバングル作りのおかげで、千尋の気分はかなり高揚していた。届くのがまだ先でも、別にいい。マイレリーフもそうだが、本当の狙いは内側の……。
「あそこでいいか」
峰が指差したのは、かろうじて空いている即席ベンチだった。頷くと、峰は少し早足でベンチへと向かう。おかげで何とか他の人間に取られる前に座ることができた。
ベンチに座ると、早速峰はたこやきに手をつけだした。何だかんだ、空腹だったのだろうか。
「そういえば、この間のことだが」
「この間?」
千尋もまた、ジュースの蓋を開ける。そんな彼に向かい、峰はぼそりと呟いた。
「ピアスのことだ」
思わず、ジュースを口に運ぼうとしていた手を止めてしまった。まさか、ここで蒸し返されるとは。
心臓がバクバクいうのを感じながら、峰の言葉を待つ。彼はその沈黙に急かされたと思ったのか、ぼそりと呟いた。
「悪かった、あの時は」
まさかの謝罪に面食らう。それでも峰は、彼らしくもなく気まずそうにぼそぼそと続けた。
「その……色々あって、落とした本人と話したんだが」
「それ、椿さんじゃないよね」
不意に口にしてしまい、はっとする。峰もまたこちらを見てくるが、すぐに「そういえば会ったらしいな」と呟く。それはさすがに椿から聞いているのか。
「椿じゃない。別の奴だ。でもそいつ、ピアスなんて開けてなかった」
「……ん?」
思わず、首を傾げてしまった。内心どんなひどい内容がくるか、覚悟までしていたのに。
必死に頭の中をぐるぐるさせても、まったく話の意図が読めない。そんな千尋に対し一から説明しようとしているのか、峰はたこ焼きを食べる手を止めていた。
「その、椿の奴が他の男の痕跡をものすごく嫌うんだよ。それを狙ってやった、って言ってて」
「待って待って待って? 要するにその人が、椿さんに対する嫌がらせでそれをやったってこと?」
つまり、その人物にとっては千尋まで飛び火するのは想定外だったということなのだろうか。つまり、千尋からすれば完全に巻き添えをくらったようなものなのかもしれない。
(ていうか、世話役同士やっぱり仲悪いってこと……?)
よく考えれば、全員峰に対して何かしら気持ちを抱えながら世話役という地位に甘んじてでも傍にいようとしているのだ。それで揉め事が起こらない方が、本来はおかしい気もする。実際千尋も椿に対して敵意混じりの複雑な気持ちを熱烈に感じているし、むしろ椿があんな風に千尋にフランクな方がおかしい気もする。
(いや、でも椿さんもあの感じだと僕にいい思いはしてないよな……言ってることも正直わけわからないし)
千尋が色々考え込んでいる隣で、再び峰が口を開いた。
「椿、他の世話役に対してお前のことを話したらしい。ジュエリーショップ勤務だっていうのを言って、だから金森がやらかしたって椿に見せかけるためにわざと用意したと言っていた」
「椿さんが……え?」
つまり椿は、ある意味世話役たちの管理もしているということなのか。確かにやけに介入してくるとは思っていたが……いよいよ峰の世話役が組織めいている気がしてくる。
しかし、他の男の痕跡を嫌うくせに、というのがどことなくその管理体勢とは矛盾を感じる気もする。だが話の流れ上、あえて千尋は別の質問をした。
「えっと、椿さんは結局それを知ってたの?」
「いや、俺がお前に確認したあとに俺から言った。そしたら、『千尋くんそれ聞いて体調ぶっ潰してたぞ』って。あと、謝っておけって」
「えええ……」
本当に、彼の思惑が分からない。ただそれ以上に、気になるのは。
「その、本当の持ち主さんは?」
「連絡がつかない。多分ブロックされた」
……それも椿によるものなのだろうか。峰はふう、とため息をついた。
「まあ、去るものに関してはとくに追及する気もないからそれはどうでもいいんだが」
「そ、そっか」
やはりドライというか、その冷たさに一瞬どきりとしてしまう。
もし、自分が峰の元から去ったら。彼は、追ってはくれないのだろうか。
「その人ってどれくらい来てたの? 世話役をしに」
「月一あるかないかだな。呼べば確実に来てた」
だとすれば、だ。
「……その人のぶん、僕で埋められる?」
千尋の言葉に、峰は目線を向けてきた。そして再び、たこ焼きを口に入れる。咀嚼しきってから、改めて千尋を見た。
「だからって無理に予定合わせたりするなよ、社会人は仕事が第一なんだから」
その言葉に、頷く。
表情には必死に出さないようにしていたが、内心にやけが止まらない気分だった。