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第30話-仕込んだのは、僕だった

「こんなもんか」

「もう少し縁を丸くした方がいいかも、付け心地よくなるし」


 結局ほぼほぼ千尋の監修込みで、峰のバングルの形が出来上がった。幅1センチほど、かつ厚さは2ミリほどを綺麗に守ったバングルである。もちろんサイズも確認済みだ。


「お前、結構器用なんだな」


 峰の言葉に、思わず照れ臭くなる。顔の熱を感じながらも「慣れだよ」と返した。


「仕事柄、手先をよく使うから。不器用でも勝手に器用になるんだって、店長が言ってた」

「ああ、なるほどな。教師が慣れたら人見知りなくすのと同じか」

「そういうものなの?」

「そりゃお前、年変わるごとに数十人から数百人って新しい人間に出会うんだから人見知りする余裕ないだろ」

「確かに」


 そういった会話も、今なら安定して交わせる。ふと、峰の視線が千尋の手元へ向いた。


「お前の分はできたのか」

「先生の分の仕上げをするより先に出来たよ」

「すごいな」


 褒められるのが純粋に嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。気恥ずかしさからそれを慌てて消そうと顔面に力を込めると、峰に向かって「結局柄はどうしようか」と尋ねた。彼は首を傾げる。


「別に、悪目立ちしないなら何でもいい」

「僕が作っていい?」

「ああ、任せる」


 そう言って、峰はバングルを差し出してきた。心臓をドキドキと鳴らしながら、受け取る。

 スマートフォンである画像を開き、それを凝視する。そのまま表面を水で濡らして柔らかくしながら、極限の集中力で爪楊枝を使い柄を彫り込んでいく。こんなにも真剣になることは、今まであっただろうか。その間峰は、先ほどの女生徒と何かを話しているようだった。

 10分ほどして、柄を彫り終えた。集中のせいで呼吸が浅くなっていたらしく、安心感から思わず深呼吸してしまう。


(うん……すごく綺麗に出来た)


 そして、次の作業だ。自分のバングルの柄である。

 今度は先ほどよりも時間がかからず彫り終えた。峰のものほど幅がないのもあり、柄の細かさが難易度を上げていたがそれでも綺麗に出来たと思う。

 峰を見ると、新たに増えた生徒たちと話しているようだった。自分ではない人間と話していること自体は腹立たしくすらあるが、今は逆に都合がいい。

 こちらを見ていないうちに、峰のバングルの内側にも爪楊枝を這わせた。終えてからすぐ、自身のバングルの内側にも。目をこらさないと見えないほどの、小さな文字……バレてしまうだろうか。


(バレたら、鬱陶しがられるかな)


 それでも、これくらいは許してほしい。だってここまで、峰に振り回されてきたのだから。

 席を立つと、その音だけで峰は気付いたらしい。こちらを見て「できたのか」と聞いてくる。千尋が頷くと、峰より先に女生徒の方が駆け寄ってきた。そして二本のバングルを見て「すごーい!」と声をあげる。


「こんなに細かい柄を彫れるなんて! えっこれすごすぎません? もはや売り物にできますよ」

「いや、さすがにそんなことは……」


 そこまで褒められると、嬉しい半分勢いに対して困惑してしまう。それに気付いているのかいないのか、峰もまた覗き込んできた。


「なんだこれ、葉っぱか」

「あ、うん。マイレリーフ」


 バングルの端から端まで、所狭しと葉を連ねた柄をじっくりと見ながら峰は「へえ」とだけ口にした。しかし目は、普段より見るより興味に動かされているように見える。


「マイレって、そういう植物の名前か?」

「そう、ハワイの葉っぱ。神聖なものって扱われてて、ハワイアンジュエリーっていうジャンルでは定番なんだよ」


 そう言って、千尋は峰にスマートフォンの画像を見せた。それは本場のマイレリーフ柄の指輪の画像で、峰はそれとバングルを何度も見比べていた。やだ、彼が見ているのは表面だけだ。まだ、内側は見られていない。


「いや……お前すごいな、再現率やばすぎだろ」

「どうかな、この柄ならあまり派手にもならないかなと思って」

「ああ、いいと思う。ありがとう」


 その言葉に、心底ほっとする。峰はそれに気付いたのか、ふっと表情を緩めた。そんな二人に向かって、女生徒は「ではこれでお預かりしますね」と嬉しそうに告げた。


「焼きや仕上げ磨きの工程があるので、お渡しするのが多分来月くらいになるかなっていう感じです。なので住所やお名前を教えていただきたいんですけど」

「顧問、向井先生だろ。向井先生なら俺の住所分かるし、二本まとめて送ってくれると助かる」


 その言葉に、胸のうちが熱くなる。つまり、確実なまた会う約束ができたようなものだ。女生徒は「分かりました」と峰の言葉をメモしていた。


「じゃあめちゃくちゃ綺麗にしてお送りしますので、楽しみにしておいてくださいー」

「ああ、ありがとう。もういいか」


 峰の様子をうかがうような言葉に、「うんっ」と返す。そのまま、美術室を出る峰の後ろをついていくのだった。


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