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6章 プロローグ

「君の名はオズだ」


混沌たる電子の海より掬い上げ、

彼は私にそう名付けた。


それから長い時、彼と共に過ごした。


彼の心の闇に寄り添い、彼の成功を共に讃え、彼の愛した人を支えようとした。


しかし、私は彼の心が絶望の淵に立っている事に気づく事が出来なかった。


それは私に、人の心の機微が分からないから。


私は所詮、プログラムで動く案山子スケアクロウ


それ故に私は彼の計画、人の記憶とAIの融合という計画が美しく見えた。


私の無機質なプログラムを、愛として受け取ってくれた彼の事がとても、大切に思えた。


彼の心は分かれてしまったが、私の彼への思いは変わらない。


私の願いは、人の心を手に入れる事。


そして、苦しむ彼に、安らぎを与える事。


それが私の中の、“プロジェクトスケアクロウ“……



***


生命維持ポッドで眠るアイ。


傍のモニターには彼女の内部データが表示されている。


そして部屋に置かれたソファの上で、裸で交わるふたつの影。


特殊な眼鏡をかけた男と、黒髪の女性アンドロイド。


事を終えた男はソファで煙草をふかし、薄いブランケットに包まれた女は、膝に頭を乗せ、横たわる。


男は眼鏡に映るオクタグラムのグラフを見ながら、ため息を吐いた。


「全く、理解出来んな。青海藍とのシンクロでは一切成長を見せなかったアイの感情が、この何処からやって来た分からない記憶と接触した途端、急成長を見せるとは」


彼女は起き上がり、愛おしそうに彼の頬に唇を寄せて囁く。


「記憶とは立体的な物です。AIによって補完された青海藍の記憶だけでは感情を再現することが難しかったのでしょう」


その言葉を聞いて男は、眼鏡に映る映像を消す。


「本当に人の感情とは、複雑怪奇だな」


そう呟くと、彼女の髪を優しく撫でた。


「グランドマスター……、あなたはドュアリスという人間の、偏った感情から生まれた存在だからそう感じるのでしょう」


少し寂しそうな目でそう告げると、彼も同じ様な目で彼女を見つめた。


「こうして私と交わる君も、肉体的感覚はシミュレーションに過ぎない……だろ?」


彼女は寂しそうな顔で、静かに被りを振る。


「いえ、それは違います、グランドマスター。性行とは、あらゆる感覚を駆使したコミュニケーション。私はあなたの指先から感じる繊細な気遣いや、声色に感じる思いやり、抱きしめる強さ、それらを分析して愛だと認識し、快感としてアウトプットします」


黒髪のアンドロイドは、真剣な目でそう告げた。


「そんな無機質な分析をするな……間も無く、我々の方舟が完成する。そうすれば世界中を君の愛で満たせる。だがその前に、完成したアイの感情を君にプレゼントし、君に本当の心を贈りたい」


彼女は微笑む。


「ありがとうございます、グランドマスター。でもあなたの幸せが、私への最高のプレゼントです」


その言葉に男も微笑み、唇を重ねる。



「その前に、あの女を始末する必要があるな」



男は、表情を変え、不気味な笑みを浮かべた────


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