(さて、光球を撃ち出すことができた。あとは、ダウンサイジングだね)
ナキウの成体たちは、その身長に反比例するように短い足を動かして向かってくる。走っているのだろうか。そうは思えないほどに遅い。
皐月はそんな成体たちに向けて掌を構え、光球を作り出す。その光球に回転を加えつつ、込める魔力量は減らさず、ぎゅっと圧縮する。回転させながら、球の中心に向けて隙間を埋めるイメージ。
(上手くいかないな。少しは小さくなったけど、思ったほどじゃないな。……うん? アレって)
ぎゅっと圧縮したつもりだったが、光球は少し小さくなったけれど、正直、誤差の範囲だ。
少しばかりがっかりしている皐月の目に映ったのは、ナキウの成体の股間でブラブラと左右前後に揺れるイチモツ。緑色で、棒と玉袋がブラブラ。
転生前を含めて、初めて見るイチモツ。
保健の授業で図解のモノは見たことあるが、生は図解のソレよりも不気味に見える。
「あ……あぁ……あぁぁあぁぁぁぁっ!!」
見る覚悟も無しに見てしまったモノに心は乱され、反射的に光球を放つ。
光球は直進し、速度を一切落とすことなく、狙ったわけではないが、ナキウのイチモツに直撃する。
「ビキィィィィィィィ!?」
ナキウの悲鳴を後にして、光球は直進を続け、後ろを走っていたナキウに直撃して爆炎を上げる。
股間を抉られたナキウは、気絶もできず、悲鳴を上げ続けることしかできない。そのうちに、抉られた傷口からボトボトと、内臓と思わしき器官が零れ出る。
「ビキィィィ…………」
大量に吹き出す青い血と反比例するように悲鳴は小さくなり、その命は消え去った。力無く、体が地面に倒れ伏す。その死体を中心に出来上がった血溜まりに、爆炎の炎が燃え移り、2匹の死体を焼き尽くす。
『ビキィ!? ビキィ、ビキィィィィィ!!』
吹き出した血を浴びた個体にも炎は燃え移り、その体を焼く。生きたまま焼かれる苦しみに耐えられず、悲痛な叫び声を上げる。後方にいて辛くも延焼を逃れた2匹のナキウは、仲間を助けようとしているのか、燃えている箇所をバシバシと叩く。
ボトリと、焼けて脆くなった腕が落ちた。
更に大きな悲鳴が上がり、助けようとした個体は恐れ慄き、1歩2歩と後退る。
そして、皐月を見ると、怯えた表情のまま、洞窟の中へと逃げて行った。
延焼して苦しんでいた連中も、長く保たずにその命を失った。
「さて、特に恨み辛みがあるわけじゃないけれど、どうにもこのナキウを見てると、部屋にゴキブリが出てきた時のような感じで嫌なのよね。楽しいバカンスの為にも、頑張って退治しましょうか」
変なモノを見せられたのは恨んでるけれど。
でも、その前に。
「少し、休もう。お腹空いたし、疲れた」
皐月はその場を離れ、食事と休憩をとることにした。
ナキウは、主に洞窟に巣を作る。森の中にも、木の枝や葉を使って巣を作るが、洞窟に作る方が手軽である為、基本的には洞窟がナキウの巣だ。巣の中は用途に応じて部屋割がされており、出産部屋や、養育部屋、上手く歩けないほどに幼い個体の為の遊び部屋や食料庫、複数の個体で使う寝室など。
ナキウは弱い。卵生でありながら、卵を産むとその負担に耐えられずに死んでしまう。そのため、胎内に卵が出来ると、それが小さなうちに股から卵管が伸びて、その先に『卵袋』が形成され、その中に卵が移動して成長していく。卵袋の上部、ナキウの胸元近くに出口があり、そこからナキウの幼少体が出てくる。大きさは5センチ程度。一度に30匹前後産まれるとされている。
卵袋は半透明で、卵も薄い膜に覆われているだけであり、中で蠢くナキウの姿を見ることができる。
「プユゥ、プユゥ」
ナキウ以外には悍ましい光景だが、ナキウにとっては、特に、メスにとっては愛おしい光景のようで、卵袋を抱える手は優しく表面を撫でる。表情も柔らかく、慈愛に満ちた目で卵の中のナキウを見つめる。
ここはナキウの巣の、卵袋が形成され始めたメス個体が集まって出産を待つ出産部屋。6匹のメスが、どの個体も同じように慈愛に満ちた表情で、脆い卵袋が破れないように優しい手つきで撫でる。卵の中で小さなナキウが動くだけで、嬉しそうな鳴き声を出す。
「プユゥ? プユゥ、プユゥ」
卵から出てくるまで、もう数日もないだろう。
産まれたばかりの個体は歩くことは勿論、這うこともできない。這うことができるようになるまでは、母親の体の上で過ごし、小さく千切られたエサを貰って成長していく。
早く産まれてほしい。体の上で子を愛でるのは、どれほどの幸福だろうか。
そうやって卵の中の我が子を眺めていると、部屋の外、巣の出口の方向から悲鳴が響いてきた。
一瞬で巣の中が騒がしくなる。
卵袋を抱えるメスは身動き一つ取れない。取れば、卵袋は破れ、卵袋の中を満たす油脂が流れ出て、卵はたちまちの内に乾燥して死んでしまう。
何匹かのオスが、出産部屋の出入り口を塞ぐように立ちはだかる。守ろうとしている。
その直後、響いてきたのは幼体の悲鳴。二足歩行し始めたくらいの齢だろうか。
メスたちは、卵袋を守ろうと、そっと抱き締めた。
食事を終え、短いながらも昼寝まで済ませた皐月は、巣のあった場所まで戻ってきた。洞窟の入り口付近には、皐月の再来に備えているのか、成体のナキウが3匹、周囲を見渡している。
「フ! フゴッ!」
その内の1匹と皐月の目が合い、ナキウは警戒態勢を強める。巣の中にも声をかけ、更に成体は数を増やした。
「よし、やるか!」
皐月は深く深く息を吸い、両方の掌をナキウに向け、魔力を練り上げる。双方の掌の前で成形された光球は、一定の大きさになると1つに合わさり、より大きな光球となる。
「……!」
思いつきでやってみたが、想像以上に魔力操作は難しい。下手すれば、目の前で爆発しそうになる。
「これ以上は……っ! いっけぇぇぇぇ!」
制御しきれず、暴走する直前の光球を放つ。
しかし、光球は皐月の手元にあり、そこから一筋の魔力流が前方に向かって伸びていく。皐月のイメージ通りに時計回りの回転を保ち、光球の飛翔速度よりも速く、ナキウに直撃した。
一瞬の輝きの後、大爆発が巻き起こる。光球全てが魔力流となって注ぎ込まれ、2度目の爆発。
皐月の足下にナキウの、体から千切れた頭がとんでくる。
想像以上の威力に皐月が呆気にとられていると、爆炎の向こう側から、ナキウの大騒ぎする声が聞こえてくる。
どうせやるからには徹底的に。
シルビィからの教えを胸に秘め、炎を避けつつ、洞窟の中へと入っていく。
防臭マスク越しでも、ほんの僅かにだが嗅ぐことができる硫黄臭。マスクが無ければ相当に酷い臭いが充満しているのだろう。
光球を出してみると、数匹の幼体が腰を抜かしたように座り込んでいる。怯えた表情を浮かべ、涙を流している。
皐月は、躊躇することなく、練り上げた魔力を幼体にぶつける。たちまちの内に燃え上がる幼体は、悲鳴を上げながら、巣の奥へと逃げていく。
「案内、よろしくね」
皐月は、その後をゆっくりと追う。なにせ、成体でさえ、走る速度は大したことなかった。幼体なら尚更だ。体が燃えている危機的状況であっても、その速度がゆったりとしているところを見るに、今の速度が幼体に出せる最大速度なのだろう。
あとは、非常に簡単な作業だった。
光球じゃなくとも、投げつけた石でも簡単に殺せるのだ。
逃げ惑う幼体に狙いをつけて石を投げつけるのは、射的のようでなかなかに楽しい作業だ。「ピキィ」という悲鳴を上げながら死にゆく幼体は、とても滑稽な見世物だ。
怒って向かってくる成体でさえも、その戦闘能力は皐月の足下にも及ばない。石を投げつけ、倒れれば光球をぶつけて燃やす。
ひたすら同じ作業を繰り返していると、最初は楽しくても、だんだんと飽きてくるものだ。
目に付く部屋を巡り、出てくるナキウを片っ端からあの世に送る。異世界にも「あの世」があればの話だが。
「んー、もう、終わり……、……ん?」
ナキウにとって、残虐非道な虐殺を行っていた皐月は、ある一点を見て動きを止めた。
その視線の先には、5匹のナキウの成体。壁際に並んで佇んでいる。目の前で皐月によって行われていた虐殺を見ていたはずなのに、微動だにせずに立ち尽くしている。怒り心頭を表情に浮かべる個体、恐怖に引き攣った顔の個体、それぞれの感情を浮かべているものの、皐月に向かってくることも、逃げることもしない。
それは、つまり。
「後ろに、何を隠してるのかしら?」
皐月は、試しに石を拾い上げると、右端のナキウに向かって投げつけた。石は、ゴツッと額に当たったものの、ナキウは痛みに耐え、血を流す傷口に手を当てる。
それでも、その場から動こうとはしない。
「結構、頑ななのね。ふむ……」
どかすにはどうすればいいかしら。殺すのは簡単だけれど。
そう考えていると、皐月の耳元に小さな泣き声が入ってきた。
「……ピ、ピキィ……ピキィ……」
そこにいたのは幼体のナキウ。どうやったのか忘れたが、その腹は破れ、内臓をはみ出させている。それでも、死にきれなかったようで、滝のような涙を流し、助けを求めるように手を伸ばしている。
その手の先には、壁際のナキウ。
助けを求められているナキウは、僅かに足が浮くが、それでも、その場から動こうとはしない。
今にも死にそうなのに、目の前にいる成体に見捨てられたも同然の幼体の表情に絶望が浮かぶ。
「あら、捨てられたわね。無様、じゃない、哀れね」
言いながら、皐月は幼体へと近付く。
幼体の、小さな頭に足を乗せる。
「いいの? 助けなくて?」
僅かに、足に力を込める。
幼体の目は見開かれ、血走る。
「ピ、ピキィ……ピキィ……。…………ピキィ!」
最後の力を振り絞り、成体に助けを求める。
成体は、本心では助けに行きたいのだろう。目は血走っているし、歯を食い縛っている。
それでも、動かない。
余程、大事なものがその後ろにあるのだろう。
その姿に、ますます、皐月の興味は唆られる。
「ふん、死に損ないはいらないってことね?」
言うが早いか、幼体の頭を踏み抜いた。目玉が飛び出し、頭の破片や、脳味噌が飛び散る。
「フゴォォォォォォッ!」
5匹の内の1匹が怒鳴り声を上げるが、隣に立つ個体がその口を塞いで黙らせる。
皐月は、聞き逃さなかった。
怒鳴り声の直後、5匹の後ろから上がった悲鳴を。
皐月は懐中電灯の代わりにしていた光球に魔力を追加し、回転を加えて練り上げる。
入り口を塞ぐオスの向こう側から聞こえてくる、成体や幼体の悲鳴が止んだ。
それでも、オスは入り口を開放しようとはしない。
この異様な状況は、どう考えても、外敵が襲撃してきたことを示している。本来ならば、卵袋を抱えるメスしか入れない出産部屋に、地を這うようになった幼少体やその母親までもが詰め込まれている。卵袋に影響が無いように距離を置いているが、卵袋を抱えるメスは気が休まらない。
「ピキュ?」
地を這うことしかできない幼少体でも、この異常さを感じ取っているのか、母親から離れようとはせず、不安気に見上げている。
そんな幼少体を優しく撫でながら、母親たちは笑顔を浮かべて安心させる。
そこへ、オスの悲鳴が響く。
見れば、入り口を塞いでいたオスが1匹残らず燃えている。藻掻き、苦しみ、地面を転がる。
やがて、黒く焼け焦げて、オスは息絶えた。
地獄のような光景に、メスも幼少体も震え上がっていると、焼け焦げた死体を踏み潰して、1人の少女が姿を現した。
皐月は、その部屋の中を見て、鳥肌が立つ。
体と同じ幅で、胸元まである大きさの卵袋を抱えるメスが6匹、数十匹の這いずり回る幼少体を隠して守ろうとする7匹のメス。
卵袋の中には数十個の卵があり、その卵1つ残らず、赤子のナキウが入っている。しかも、活発に蠢いている。産まれるまで、もう、時間は無いのだろう。
なんて、悍ましいのだろう。オスたちは、こんなモノを守ろうとしていたのだろうか。さっさと逃げていれば、命は助かった可能性があっただろうに。無駄死にじゃないか。
ナキウにとっては愛おしい光景でも、皐月にとっては悍ましく、気持ち悪い光景でしかない。
皐月が部屋に入ると、メスが威嚇するように鳴き声を上げる。部屋の中で反響して、喧しいことこの上ない。
突然の、メスの威嚇の声に驚いた幼少体の泣き声も加わると、武器として使えそうなほどの騒音になる。
「……っ! うるさいわね……!」
そう言って耳を塞ぐ皐月の足下に、1匹の幼少体が這ってきた。周囲がこれだけの警戒態勢を敷いているのに、余程のマヌケなのか、バカなのか。身長10センチ程の個体が、興味深く皐月を見上げている。
「プキイ、フゴフゴ! プユゥ!」
この幼少体の母親と思わしきメス個体が、涙を浮かべながら手を伸ばしている。戻ってこいとでも言っているのだろうか。他にも似たような大きさの個体を抱えているため、拾いには来られないようだ。
皐月は、そっと足下の幼少体を拾い上げる。
「ピキー、ピコピコ? プユー?」
笑顔を浮かべて、皐月に向かって手を伸ばす幼少体。
それを眺めて、皐月は幼少体の頭を摘むと、メスたちへ向き直らせる。
「フゴフゴ! フゴォ!」
「もしかして、返せって言ってる? 私が盗んだわけじゃないわよ。勝手にコレが来たんでしょ?」
「フゴォ! フゴォォォォォ!」
「ちょっと、何を泣いてるの? 私がイジメてるみたいで気分悪いんだけど?」
「フゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
「こんなのはどうかしらね?」
皐月は魔力を練り上げ、光球を作り出す。燃やす程度には物理現象を引き起こす光球。
その光球の上に、幼少体を近付ける。
「ピキー! ピキー!」
チリチリと足を焼く熱さに耐えられず、幼少体は涙を流してバタバタと暴れる。それでも、頭を摘む皐月の指からは逃れられそうにない。黒目は上を向き、両手を上げて暴れる幼少体。
「ほら、お前の子供でしょ? 早く助けに来ないと死ぬわよ」
「ピキー、ピキッ、ピキー!」
「フゴォ! フゴォォォォォォォォォ!」
助けに行きたいメスだが、体には他にも数十匹の幼少体が纏わりついている。下手に動けば、これらの幼少体が危険に晒される。酷く脆い体の幼少体は、成体のナキウに踏まれただけでも死んでしまう。幼少体たちは、母親の慌てふためく姿に不安に駆られて、泣き叫ぶ。
「ピギィィィィィィィッ!」
光球に炙られ続けた幼少体の足からは煙が立ち昇り、焼けて収縮し、破れた皮膚から垂れた血を伝って、火が幼少体の体に燃え移る。
「あらら。可哀想に。お母さんに見捨てられたばかりにね」
そう言って、皐月は泣き叫ぶメス個体に向かって、燃えている幼少体を投げ渡した。
メス個体はなんとか燃えている幼少体をキャッチすると、大慌てで火を消そうと、手で覆う。己の手を焼かれる痛みは幾らでも我慢できるが、焼かれて苦しむ子の姿を見るのは耐えられない。手で覆って、何度も転がし、火を消そうと尽力し、数分後に火は消えた。
「プユゥ? プユゥ! プユユ?」
黒く焼け焦げ、プスプスと煙を上げる幼少体の体からは生命の気配は無い。
それにも関わらず、メス個体は幼少体に呼びかける。ほんの僅かにでも生きている可能性があるのならと、涙を流しながら呼びかける。
しかし、炭の如き姿になった幼少体は一切の反応を示さない。
「プユゥ!」
「うるさいわね。もう死んでるわよ。お前が見捨てたんでしょ」
歩み寄ってきた皐月は、手の上の焦げた死体をはたき落とす。
「フギィ! フゴォ! ッ!」
「あら? 何か文句ある?」
はたき落とされた死体は地面に落ちて、バラバラに砕けた。
その非道な行いに、怒り心頭のメスが皐月を見ると、その手には他の幼少体が握られている。自らの体にしがみついていた幼少体の内の1匹だろう。
「握ってみて分かったわ。潰さないように握るのは、とても気を使うのね。あ、いけない、ハックション」
わざとらしいクシャミと同時に、幼少体の頭を握っていた指に力が入る。
プチュッ、という感触とともに、幼少体の頭は潰れ、体だけが地面に落ちる。手袋を装備しているからこそできたこと。指には、頭のパーツがバラバラのグチャグチャになってこびり付いている。
「ビキィィィィィィィィィィィッ」
大粒の涙を流し、地面に落ちた体を拾い上げる。ピクリとも動かない。
そんなメスの様子になど歯牙にもかけず、皐月は手を伸ばす。メスは慌てて幼少体たちを両手で覆って守ろうとするが、それだけでは守れないほどに幼少体の数は多い。目の前で幼少体が摘み上げられ、幼少体は恐怖から泣き声を上げる。
「ほら、どうしたの? この子も見捨てる?」
「フゴォ!」
体に纏わりついている幼少体を落とさないように気を付けながら、懸命に手を伸ばす。
もう少しで幼少体に手が届く。
そのタイミングで、皐月は力を込め、プチュッと幼少体の頭は潰れた。
頭を失った小さな体が、地面に落ちる。
「フゴォォォォォォォォォォォォォ!」
涙を流して泣き喚くメス。他にも、数十匹の幼少体がいるのに、たった3匹殺されただけで、ここまで取り乱すところを見ると、それなりに愛情深いように見える。
「ふう、あまり、楽しくないわね。1匹ずつ殺すのは大変だし。あ、いいこと思いついた」
この無人島に来た時に渡された荷物の中に、透明の素材で作られた袋があったことを思い出した。ビニールかと思ったが、ビニールとは違うらしい。それでも、ビニール袋よりも強度はある。
皐月は、その袋の中にメスの体にしがみつく幼少体を入れていく。メスは我が子を守ろうと皐月の腕を遮ったり、腕を掴んだりするが、オスよりも弱いメスの腕力に加え、あまり力を込めると、自分の腕で我が子を押し潰してしまうかもという不安が過り、皐月の奪略を阻害しきれない。
結局、全ての幼少体が袋に押し込められる。
『ピキー、ピキー』
そのどれもが、涙を流し、助けを求めるように手を伸ばす。
しかし、袋を破くことはできず、脱出はできない。
袋を取り戻そうと、メスは立ち上がり、皐月へ押し寄せる。
その目の前で、皐月は袋を地面に叩き付けた。
ブチュッと音がして、透明だった袋が青く染まる。
「フゴォォォォォォォォォォォォォ!」
半狂乱になって泣き喚き、ナキウのメスが涙を撒き散らしながら、皐月に迫るが、皐月は軽やかに躱す。
基本的には勉強ばかりの皐月だが、護身術程度の武術は教えてもらっている。身に付いているとは言えないが、ナキウの攻撃を躱すくらいは簡単だ。
躱しながら、2度3度と袋を地面や岩壁に叩きつける。
疲れたらしいナキウのメスは、動きを鈍らせながらも、止まることなく、皐月に迫る。
皐月は、繰り返し叩きつけて、水音が立ち始めた袋を逆さまに引っ繰り返し、中身を地面にぶち撒ける。
粉々に砕け散り、体内のものが全て吹き出して死んだ幼少体の死体の山。
「――――――――ッ!」
もう、声にもならない叫び声しか出ないメス。
しかし、すぐに気付いた。
体液に包まれたのが功を奏したのか、1匹だけ幼少体が生き残っている。体液が衝撃を和らげたのかもしれない。
「ッキ! ピッキ! ピッキ!」
飲み込んでしまった体液を吐き出すように咳き込む幼少体。この1匹だけでも守ろうと、メスは大急ぎで駆け寄る。
もう少しで手が届く。
ほんの数センチ。
その距離で。
「気付いてないって思った?」
皐月の足が、幼少体を踏み潰した。
プチッと潰れて飛び散った幼少体の内臓が、メスの手や顔に付着する。
「フ、フフ、フッゴ、フゴォ……」
メスはワナワナと震え、両目は別々の方向を向き、体全体が痙攣する。全ての幼少体を失い、張り詰めていた心が砕け散り、メスは正気を失った。
皐月はつまらなさそうにその個体を見て、魔力を練り上げ、そのメス個体を焼き尽くした。
顔を上げて、周囲を見渡すと、他のメスは恐怖に満ちた目で皐月を見ている。
「目の前で子供が殺されてるのに、身動きもしないなんて、つまらないのね、お前たちは」
皐月は溜息を吐くと、魔力を練り上げ、数十匹の幼少体を抱え込むメスを焼いていく。
成体と幼少体の悲痛な叫び声が響き渡り、1匹足りとも逃がすことなく、全てが焼き尽くされる。
「さて、お前たちのソレは何? 卵? 随分と薄気味悪いモノを抱えているのね」
卵袋を抱え込むメスの群れに近付く。
卵袋を守ろうと、腕を卵袋に回し込むが、卵袋は酷く脆いため、積極的な防御態勢が取れない。だからこそ、オスの成体はこの部屋を守ろうとしていた。
「ふむ?」
ナイフを取り出し、ナキウの腕で覆われていない箇所に突き刺してみる。
ドロドロとした半透明の液体が流れ出てくる。油脂を含んでいるのか、粘りもある。
「ブキィ、ブキィィィィ!」
ナイフで開けられた穴を塞ごうとしているようだが、右腕も左腕も、その箇所に届かない。
止まることなく流れ出る卵袋の中身。みるみる卵袋は萎んでいき、薄い膜に包まれているだけの卵にも皺が寄る。
「ブキィィィィィィィィィィ!」
卵の中にいるナキウは、まだ、出生の時期を迎えていないため、呼吸が上手くできない。酸素を届ける役目を負っていたドロドロの液体が無くなり、膜を通り抜けて卵の中身も流れ出てしまっては、ナキウは窒息するしかない。目玉が飛び出すほど目が見開かれ、口を裂けそうな程に開いていても、呼吸器官が未発達の状態では呼吸など微塵もできない。
「ブキ、ブキィィィィィィ!」
死にゆく子供を見て、ただ、泣くしかできないメス個体。
「あらら、この卵が入ってる袋ってこんなにも脆いのね。ちょっと突いただけなのに」
つまらなそうに呟く皐月。
卵袋の中の卵が全て死に絶え、卵袋はしわしわの膜に成り果てた。それを見たメス個体は、先の個体のように発狂し、自我が崩壊した。
「このヌルヌルしてるのは、やっぱり、油なのかな?」
シルビィは言っていた。気になったら試してみればいいと。
皐月は他の卵袋に視線を移す。
どのメスも、卵袋を守ろうとしているが、皐月に対して抱いた恐怖を隠しきれていない。威嚇さえできないところを見ると、恐怖を耐えるのに精一杯のようだ。
それでも、やはり、皐月はメスの様子を気にすることなく、卵袋へと近付く。魔力を練り上げ、ナイフの切っ先を卵袋に突き刺す。ほんの小さな穴を開け、流れ出たドロドロの液体に光球を近付けると、あっさりと火が付いた。
「ブキ、ブキッ! ブキィィィィィィ!」
燃焼面積は増え、それに合わせて苦痛は増す。更に、卵袋を満たす液体は油脂を多量に含んでおり、それが流れ出るほど火の勢いは増していく。
そして、卵袋が火に耐えきれず、完全に破れ、中の液体と共に卵が全て排出される。地面に落ちる卵は割れて、中の幼少体よりも小さなナキウは火に焼かれ、窒息に苦しみながら息絶えていく。
流れ出た液体が地面の上に広がっていくに従い、燃焼面積も広がっていく。
『ブキィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!』
広がった炎に焼かれて他の個体が悲鳴を上げる。加えて、抱えている卵袋が次々と破れて、その中身が地面に溢れると、炎はその勢いを増していく。
部屋の入り口付近にまで退避していた皐月は、全てのナキウが焼け死んだことを確認し、殺し損ねた個体がいないか探す。
この時だ。
部屋の岩壁に触れた時に、違和感を覚える。
精密に岩壁に見せかけているが、他の壁と感触が異なる。
ナキウに、このような偽装を施す技術も、知識も無い。その必要性が無い。
皐月は、両手を壁に向かって広げ、大きな光球を作り出す。入り口にいたナキウの成体に放った魔力流を、違和感のある岩壁に向かって放つ。
爆発と同時に、岩壁が崩れる。
「……っ! これって……隠し通路?」
崩れ落ちた岩壁の向こうに、明らかに人工物の通路が口を開けていた。