苦労した。
でも、百の土の槍を作りきった。今では、私の魔力の流れや、その量をはっきりと感じ取ることができる。
婆さんに見せたら、僅かばかりだが、驚きの表情を浮かべたことを私は見逃さない。
「修業は完了か?」
「生意気言うな。まだ、基礎ができただけだ」
「こんな事もできる」
土の槍を作る要領で、大地に流し込んだ魔力を操り、分厚い壁を作り出す。細かく操り、木の幹に、土を一定の厚さで纏わせる。
全て、人間たちへの報復のために私が考え出したものだ。
どうだ、婆さん。私は魔術を極めることができただろう?
婆さんは煙管から煙を立ち昇らせ、思案するように目を閉じた。
「一つ、忠告しておくよ」
「え……?」
「過去へ振り返り、トラウマを克服するんだ。そうしなければ、お前は」
「大丈夫さ。私は負けない。負けようがない」
漲る自信を見せつけるように言う。実際、厳しい訓練だったと思う。何度も昼と夜を繰り返し、「この間にもどこかでナキウが弄ばれている」と自分に言い聞かせ、魔術の訓練に励んだ。
そんな私の自信のほどが伝わったのか、頭を掻きながら、溜息を一つ吐いた。
「そうかい。それなら何も言わないよ」
「ありがとう。今まで。助かった」
「ふん。単なる気紛れだ。ここを出て行くなら、二度と戻るな。私は、もう、お前を助けない。いいね?」
「あぁ。その覚悟はある」
「生意気な。それなら、さっさと行け」
「うん!」
「最後の餞別だ。これからは『リュウヤ』と名乗れ。お前の名だ」
「リュウヤ……私の名前……! ありがとう!」
私は、身に着けていた衣服を脱いで婆さんに返し、幼少期から過ごした家を背にし、本懐を果たすために歩き出した。
もう、ここへは戻れない。
少し、後ろ髪を引かれる思いもあったが、後悔は無い。
いよいよ、私の戦いが始まる。
この気分の高揚こそが、あの家の文献に出てきた言葉の「闘争心」というものだろう。
ここへ戻るのは久し振りだ。
私が産まれた巣。既に、皆は土の下に埋まって眠っている。
その地面に向かって、私は誓いを立てる。
「皆に約束する。あの暴力者らは私が滅ぼす。皆の苦痛も、屈辱も、私が晴らす。見ていてほしい」
行く先は決まっている。幼い頃に、無謀にも歩んだ道。あの頃は、私を憎む両親との和解を望むだけで精一杯だった。言い訳のしようもない。私の落ち度であり、許されざる罪だ。
森の中の景色は変わらない。歩むごとに、あの頃の記憶が蘇る。
恐怖ではない。
闘争心だ。
もう、私は一方的に嬲られるだけの私ではないのだ。
森を抜け、そこにあったのは変わらぬ美しい花畑。幼い私の心を奪い、今も感嘆の息を漏らすに足る美しさ。
だが、今は、足を止めるわけにはいかない。
花畑の中を突き進み、その先、あの人間たちの住処があるであろう場所。
「……ここか」
あった。
何の偶然だろう。この町は、婆さんが私を連れて訪れた町だ。あのショーとやらを行っていた町。
まさか、目的の町が同一だったとは。僥倖とはまさにこの事だ。
「おい、ナキウがいるぞ」
「アレ、ナキウか? 体付きが違うぞ」
「突然変異か? 普通のやつは足が無いように見えるくらいの胴長短足だもんな」
私を見た町の者らは、私の体型を見て笑う。
笑っているがいい。それも今の内だ。
私は、足を通して魔力を地面に流し込む。形をイメージして、それを顕現させる。
爆発するかのような轟音が響き、町を囲むように土の壁が出現する。勿論、私はその壁の内側に入り込む。土の壁は建物を超える高さになり、例え、人間であっても抜け出すことは難しいだろう。
「何だ、どうしたんだ!」
「壁!? まさか、あのナキウが?」
「冗談だろ、ナキウだぞ!」
町の者らは口々に喚きながら、逃げ惑っている。
滑稽なものだ。
いつまでも、我らナキウが虐げられる存在だと思っていたのだろう。油断にも程がある。
今日が、貴様らの最期だ。
人間たちが逃げ惑う。わーわーきゃーきゃーと叫び、喚きながら。
そんな人間たちは次々と、地面から突き出されてくる土の槍に突き刺されて息絶える。
一部の力自慢が私を殺そうと歯向かってくるが、身に纏い、硬く固めた土の鎧がその攻撃を防ぐ。
人間は驚きの表情を浮かべる。
愉快だ。滑稽だ。
狩る側だと思い込んでいた者らの絶望する顔は、実に愉快だ。
目的地はある。
ショーが行われた建物。そこへ向かいながら、目に付く人間を片っ端から殺していく。
「着いた。ここだ。この不気味な色合い、間違いない」
意を決して、建物に入る。
あの胸糞悪いショーが行われたステージ。その奥へと入っていく。大小様々な部屋、檻。中には、幼少体から成体までの様々なナキウが押し込められている。別の部屋には、卵袋を抱えたメスが鎖に繋がっている。中には、発狂して自我を失っている個体もいる。
土属性の魔力は、土だけでなく、鉱物にも影響を与える。
部屋の扉を破壊し、檻を脆くして破る。
「ピ、ピキィ……?」
恐る恐る私を見上げるナキウたちに向かって、私は告げる。
「助けに来た。共に行こう!」
「ピキィ? ピコォ?」
「うむ。もう、我慢の時間は終わりだ」
私の言葉は、受け入れてもらえるだろうか。
暫しの静寂。
そして、
『フゴォォォォォォォォォォ!』
『プコォォォォォォォォォォ!』
幼体から成体までが、同調するかのように叫ぶ。幼少体は皆の真似をして、手を掲げる。まだ、大声は出せないから仕方ない。
私に同調する成体に、土の鎧を纏わせ、土の槍を与えた。防御力と攻撃力は、これで随分とマシになっただろう。
建物から解放された成体は、次々と町へと繰り出していき、手にした槍で人間を突き刺していく。非力なナキウでも人間を突き刺せるくらいに尖らせ、鋭くした槍だ。その威力は無視できるものではない。
「プコォ」
「どうした?」
一匹のメスが私に語りかける。
「プコォ、プコプコ。ピキィ、ピキピキ。ピコォォォ」
「分かった。探そう」
人間に連れ去られた子供を助けたいと、そのメスは言っていた。
恐らく、その子供はもう。
それでも、万が一の可能性に賭ける。確認するまでは、諦めるわけにはいかない。
建物の中を隈無く探す。幼い頃、巣の中で生き残りを求めて探していたことを思い出す。
どこにも、いなかった。
死体さえも。
「……まさか」
建物の裏にもあった扉から外に出る。短い足を懸命に動かして、メスもついてくる。
そこには、目を背けたくなる光景があった。
「ピキィ? ピコォ?」
メスは、その光景を前に、理解が遅れたようだが、理解できた途端、絶叫が響き渡った。
「ビキィィイィィィィィィィィィィ!」
私とて、目を背けたくなった。
ショーで使い潰されたのだろう。埋葬もするほどの価値も無いというつもりなのか。
幼少体から成体までの死体が山積みにされている。
メスはその山に駆け寄り、山の中から一匹の幼体の死体を見つけ出した。
「プユウ、プユウ? プユユ、プユユ! ピコピコ!」
目を覚ますように呼びかけ、体を何度も揺らしている。
幼体は、何も言わない。揺らされ、目玉がズルリと零れ落ちた。
「ビキィィイィィィィィィィ!」
どれほどの心の痛みだろう。
かける言葉が見つからない。暫くはそっとしておいた方がいいだろう。
私は、町へと繰り出す。
町は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。虐げられる存在だったナキウが武装し、人間たちを虐殺しているのだ。
土の壁に阻まれ、逃げ場のない人間たちは反抗しようとしているようだが、私の土の鎧は簡単には砕けない。
いつもとは違い、人間たちの悲鳴や叫び声に包まれた町は、日が沈む頃には静かになった。
町の中、家の中、全てを探し回り、生き残っていない人間がいない事を確認した。
町の中心の広場。一際高く設置されている台座に私が登る。
集まったナキウが私を見上げ、私の言葉を待っているようだ。
「皆の協力あって、今日! 我々は自由を得た!」
『フゴォォ!』
「私は幼い頃、この町の人間らに痛めつけられ、巣の者らを皆殺しにされた!」
『ビキィィ……』
「私はその復讐をすべく修業を行い、力を得た! そして、本日、私は復讐を敢行し、それを達成した! それだけでなく、心強い味方をも得た!」
『フゴォォ!』
「しかしだ! こうしている間にも、他の地では同胞たるナキウたちが人間に! 魔獣に! その安寧を脅かされている!」
『ビコォォォォ』
「これからも協力してくれまいか! 同胞たちを救い出し、我々ナキウが安心して暮らせる国を作ろう! 人間は憎く、恨み骨髄だが、残された畑は使える! 食料を確保し、安定して子供らを育てられる環境を整え! 私に力を貸してくれる者らと共に国を守ろうではないか!」
『フゴォォォォォォォォ!』
響き渡るナキウの音声。私に、心強い味方ができた瞬間だ。
こうして、私はこの町を拠点とし、魔獣が眠る夜に行動して、周辺のナキウたちを人間の魔の手から救い出し、その数を増やしていく。
町の中心に近い家を出産のための建物に使い、日々、幼少体が産まれ、賑やかな町へとなっていく。
私にも、息子が三人産まれた。私と同じ身体特徴の、愛おしい息子たち。
これからも、この幸せが続くように、皆と力を合わせていこう。甘えてくる息子たちの相手をしつつ、新たな誓いを私は立てた。
私が軍の訓練を視察し、畑の様子を確認している間は、妻であるメスに連れられて、息子たちはあの花畑に行っている。町の近く、もう、脅威となる存在は無い。一応の護衛はつけているから、心配は無い。
「フゴォォ! フゴ! フゴフゴフー、ビキィィイィ!」
「……っ! 何だと」
私は、仕事を投げ出し、花畑へと急ぐ。護衛からの伝言が私の心を掻き乱す。
『花畑への襲撃者あり。応戦するも力及ばず、非常に危険な状態である』
私の親衛隊も後を追ってくるが、体型の違いもあって、本気で走る私には追いつけない。
花畑に到着すると、そこには金髪の少年とも少女とも見ることのできる人間が、私の三人の息子を空中に浮かせている。足元には首を斬り落とされた妻が転がっている。
「んだよ。養生に来たらナキウいるし。最悪なんだけど」
「パパ! 助けて!」
「パパァ、パパァ、ママが」
「ママがぁぁ」
空中に浮かされている息子たちが涙を流し、必死に助けを求め、母が殺されたと訴えている。もしかして、息子たちの目の前で妻を殺したのだろうか。
そんな息子の訴えは意にも介さず、その人間は、面倒臭いとでも言いたげに、私に向き直った。
「貴様……っ、よくもっ!」
溢れ出る怒りを噴出させ、私はその人間に襲い掛かった。