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第38話 喋らなければ殺られまい

「遺跡?」


 ホテルで朝の食事中に、魔王から提案される。曰く、近くに古代遺跡があり、人魔大戦以前は発掘調査が盛んだったとか。今は学会も人手不足で発掘調査する余力が無く、保存の為の魔術を掛けた状態で放置されているらしい。

 旅に出てから一週間、光一の修業しているか、魔獣を相手に光一の実戦訓練をしてきた一行。その間はずっと野宿であり、たった一週間と言えど、ホテルの整った環境は天国のように思える。

 そんな中で、魔王が提案する。


「気分転換に遺跡観光しよう」

「遺跡ねぇ。面白いの?」

「古代ロマンを感じられると思いますよ」

「んー。どうする? 光一、って……」

「遺跡……っ!」

「すんごい目がキラキラしているね」

「決まりですね」


 魔王の提案に光一が全面的に乗っかり、なし崩しで遺跡観光が決まった。ルビエラは、特に遺跡に興味があるわけではないが、光一が行くなら行くしかない。仮にも、魔王と二人っきりにするわけにはいかないし。

 光一たちが訪れた町は、財政が潤っていることもあって治安が良く、町を囲っている城壁も手入れが行き届いている。そのおかげで、壁の外も安全が保たれていて、魔獣の襲撃も少ない。主要な経済都市として魔軍の警護下にあるため、盗賊の類もいない。

 それでも、ルビエラと光一は最低限の武装は整えているが、ガルーダさえいない状況だと、不要だったかもしれない。

 魔王が言う遺跡は町の近くにあり、学者の調査によれば、数千年前に建築されたらしい。古代の町の跡や、儀式を行なっていたと思われる祭祀場跡が見所なのだとか。

 こういった小話を魔王から聞くたびに、期待から目を輝かせる光一。何せ、前世では「ドーム」に囲まれた生活環境で、遺跡など映像や写真の中でしか見れなかった。いつかは、生で遺跡を見てみたいと思っていた。その願いが叶うのだから、期待も膨らむというもの。


「さあ、到着した! ……んだけど」

「プコプコ、ピコー?」

「プキプキ? プコー」

「プミョー? プミュプミュ」

「何、この状況?」


 遺跡の広場は、大量のナキウで溢れかえっていた。

 その景色を見た瞬間、静かに風が流れてくる。始めはゆっくりと、でも、次第に激しさを増していく。


「あ、あのー、光一くん?」

「こ、光一? お、落ち着いて。ね?」


 風の発生源である光一を宥めようと、魔王とルビエラが声をかける。

 しかし、これまでにない程に怒り狂う光一に、二人の声は届かない。


「……行ってくるね?」


 魔王とルビエラ、仮にも百戦錬磨の二人でさえ、背筋がゾッとするほどの殺意と怒気を孕んだ声色。それでいて、全くの無表情。氷よりも冷たく感じるほどに無表情。


「パカァァァァァァァ!」

「ピキィィィィィィィ!」

「プクゥゥゥゥゥゥゥ!」

「ペケェェェェェェェ!」

「ポコォォォォォォォ!」


 実は、剣よりも得意だと言うナイフを両手に握り締め、光一は容赦無く、ナキウの首を刎ね飛ばしていく。成体だろうと、幼体だろうと関係ない。子を庇っていようが、泣きながら命乞いしていようが、這いずってでも逃げていようが関係ない。光一は、顔色も変えず、淡々とナキウを殺していく。「鎌鼬」の応用で風の刃を形成し、刃渡りの長さを調整でき、首を斬り落とすのも簡単だ。

 流石は、ルビエラと魔王が厳選してくれたナイフ。魔力が無駄無く馴染んで、「鎌鼬」を苦も無く使用できる。

 ナキウとしては、麗らかな日差しの下、家族や友人と楽しく遊んでいただけなのに。突然、現れた光一に無差別に殺されていく。何とも、憐れな悲劇。ナキウでさえなければ、世間からの同情を大量に買えただろうに。


「ピキャー! ピキョー!」


 逃げ惑うナキウの中で、親と逸れた幼少体が懸命に声を上げる。まだ、二足歩行ができない幼い体で懸命に逃げながら、親を呼ぶ。


「フゴッ! フゴォォ!」


 奇跡的に、幼少体の声は親に届き、親が駆け寄って来る。その腕には数十匹の幼少体を抱え、その内の一匹も落とすまいと注意しながらも、逸れた幼少体へと駆け寄る。


「ピキャーピキャー。ピキュー」

「プユユ、ププユ」


 親子の再会。感動的な場面なのだろう。

 親が幼少体の近くで腰を屈め、抱えている幼少体を体に掴ませて、空いた腕を地面の幼少体へと伸ばす。幼少体は、安堵したような表情を浮かべ、その手を掴もうと、小さな手を差し出す。

 その瞬間、通りかかった光一が親の首を斬り落とす。

 首を失い、バランスが崩れて、親の体は地面に倒れ込む。


「ピャー! ピャユユ」

「ピョキー、ピョウ!」

「ピュクク、ピュクウ」


 地面にばら撒かれるかたちになった幼少体が、親の体の下から這い出てくる。首を失った親の姿が目に入るものの、それがどういう意味なのか理解できずにいる。

 親の体に、或いは首に、這い寄ろうと体勢を整えた時、光一の足が幼少体を踏み潰した。三十匹はいたであろう幼少体は、数秒で全て踏み潰された。

 この惨劇が遺跡の奥へと伝わったのか、逃げるナキウ達を掻き分けながら、オスの成体が姿を現す。ざっと百匹くらいはいるだろうか。


「フゴッ! フゴフゴ!」

「ビキッ、ビキビキィィィ……!」

「フゴォォォォォォォォォォォ!」


 逃げるナキウを襲撃し、その首を斬り落とし続ける光一を発見し、怒りを露わにしながら、号令を発する。


『フゴォォォォォォォォォォォ!』


 百匹のオスの成体が怒号を上げ、各々の得物を振り上げて、光一へと襲い掛かる。

 その怒号は光一に届いているはずだが、光一は一切気にしない。何せ、オスが掲げている得物が少し太めの木の枝なのだ。二本持っている個体もいるが、大した違いは無い。

 人間の大人が歩く程度の速度で突進してくるオスが、ようやく光一の元へと辿り着く頃には、広場にいたナキウの八割が命を落としていた。オスが振り上げていた木の枝が光一へと振り下ろされ、光一が余裕を持ってカウンターしようとした瞬間、


「おやめなさい!」


 女性の声が割り込んできた。

 その声がした方を見ると、鎧に身を包んだ女性が立っている。手には、刃が欠けて、武器としての性能を失った剣が握られている。

 肩辺りで切り揃えられた黒髪、切れ長の目、筋の通った鼻、小麦色の肌。美人と呼べる容姿をしている。

 その女性は、明らかに怒りを表しており、光一を睨みつけている。


「何で……何でこんなことを……! あなたは誰ですか! 何故、こんな酷いことができるのですか!」


 光一に向かって、怒気を孕んだ言葉を投げつけてくる。まるで、ナキウを殺したことを咎めているみたいだ。

 怒り狂っていた光一だが、この予想もしなかった状況に、少し冷静になって呟く。


「なんだコイツ。何を言っている?」


 光一は試しにとばかりに、目の前にいるナキウの首を斬り落とす。


「なっ! や、やめなさいと言ったでしょう! 何故、そう簡単に命を殺せるのですか!」

「俺に言っていたのか」

「当たり前でしょう!」

「何故、ナキウを庇う?」

「あなたに答える義務はありません」

「では、私にはどうかな?」


 光一の質問にはそっぽを向いた女性だが、二人の間に割り込んできた魔王を見て、その表情は青白くなる。魔族である以上、魔王には逆らえないのだろう。


「ま、魔王……」

「うん?」

「へ、陛下……。……何故、このような場所においでなのです?」

「私は質問を許したかな?」

「ひっ……い、いいえ……申し訳ありません」

「ふむ。まあ、いい。では、答えよ。何故、ナキウを庇う? 見たところ、その鎧の紋章は東外縁部警備隊のものだね。ここは、内縁部だ。管轄外だろう?」


 魔王の質問に、鎧の女性は青褪めた顔で俯く。自分のしていることが規律違反だと、しっかりと認識できているのだろう。

 何度か口を開閉し、決心したように顔を上げ、魔王の質問に答える。


「私はナキウに命を救われました。彼らを助けるのは、その恩返しです」

「ほう? ナキウ風情に助けられる程に、君は未熟なのかな?」

「いえ、そうではありません。半年ほど前、東外縁部で監視の任に就いていた頃、魔獣の襲撃に遭いました。討伐には成功したのですが、魔獣に長い距離を引き摺られたことで重傷を負ってしまったのです」

「なるほど。魔獣に引き摺られ、この付近まで来たと。それで? 助けられたとは?」

「傷が深く、治療するほどの魔力も無く、食料も無い状態の時にナキウが現れたのです。それも、人語を話すナキウです。彼が持ってきた雑草の中に薬草があり、それで傷を治すことができました」


 その薬草の効能は低く、基本的には見向きもされないようなものだったが、回復手段が枯渇していた状況では僥倖と呼べるものだった。その人語を話すナキウに「もっとこの草を持ってきてほしい」と頼むと、そのナキウは快く引き受けて、沢山の薬草を持ってきてくれた。

 ナキウはそれが薬草だとは認識していなかっただろうが、事実、鎧の女性はそれで救われたのである。


「これらの体験から、私の中でナキウに対する認識が変わりました。彼らと向き合い、しっかりとコミュニケーションを取れば、良き友人になれるのです」


 どうにかして、ナキウを助けようとして、言葉を紡ぐ鎧の女性。

 しかし、魔王は溜息を吐くばかり。


「いいかね?」


 ナキウの可能性とか、新しい付き合い方とかを熱弁していた女性の言葉を遮り、魔王が質問する。


「現実として、ナキウの存在は有害だ。だからこそ、魔族領も人間領もナキウの殺処分を奨励している。アレらがいる森は、木々が減少するばかりだ。いない森でそんなことはないのに」

「それは」

「事実、ナキウが食べた実に含まれていた種は発芽しないことが確認されている。狩りができないため、落ち葉を食料としているが、そのせいで腐葉土が減り、土壌の養分が減少していることも確認できている。この点はどうする?」

「か、彼らに農業を教えて、食料を自給できるようにすれば解決できます」

「夢物語だな」


 そう言うと、魔王は道の端に落ちていた石を持ってくる。その石を、女性の後ろで光一を睨みつけているオスのナキウに差し出した。


「フゴ?」

「持て」

「フゴォ?」


 ナキウは手を出して、魔王から石を受け取る。途端に、ナキウは前傾姿勢になり、石の重さに驚きを隠せない。地面に落とさないように耐えることはできているが、元の姿勢に戻ることは難しそうだ。


「今の石の重さは精々十キロ程度だ。その程度の重さに負けるような貧弱なソレらに、農業など無理だろう」

「で、ですから、我ら魔族と協力して」

「魔族も魔族領も復興の途上だ。主要な経済圏でさえ、食料や物資がカツカツ。地方や辺境ならば尚更だな。そんな中にナキウを放り込み、一緒に農業をやれと言うつもりかね? ましてや、何の役にも立っていないのに食料を分けろと? 君は暴動を起こすつもりなのかな?」

「そ、そういうつもりは」

「狩りはできない、農業も無理。力仕事全般が不可能で、言葉が通じない以上、事務仕事も無理だろうね。臭いナキウじゃ清掃員にもなれはしない。そんなナキウが食事をすれば自然破壊になるだけ」

「待って下さい。何か方法が」

「恩を感じるのは勝手だが、国や他者を巻き込むな。ましてや、職務を放棄している君の言葉を受け入れろと? 随分と傲慢だね」

「…………………っ!」


 すっかり黙り込む鎧の女性。

 その様子を見て、魔王は何度目かの溜息を吐く。


「君はこの遺跡が、国の重要史跡に指定されていることを知っているのかな?」

「え、重要史跡……?」

「そうだよ。そんな遺跡をナキウで汚し、職務を放棄した君を見逃すわけにはいかない」

「も、申し訳ありません。私、そんなつもりじゃ」

「待て」


 魔王は右手の人差し指と中指をこめかみ部分に当て、念話を始める。

 割とすぐに、相手に繋がったようだ。


「あ、モグテラス? 私だ。あ? 詐欺じゃねーよ殺すぞ。一つ訊く。東外縁部警備隊所属で、半年ほど前から行方不明の者っている?」


 即座にモグテラスは調査を開始したようで、質問してから数分後には分かったようだ。


「レイリア。女性で、あー、うん。特徴が一致しているね。目の前にいる。そっちに送るから軍法会議にかけてくれる? うん。罪状は、魔獣討伐報告怠慢、職務放棄、職場放棄。彼女の上司にも話を聞いてくれ。万一、彼女の捜索を怠っていたようなら、その上司も軍法会議の対象だ。その分だけ、彼女に情状酌量を付けても構わない。じゃ、頼んだ」


 そう言って念話を終わらせた魔王は、改めて鎧の女性・レイリアに向き直る。念話の内容を聞いて、レイリアは真っ青になっている。

 魔王は、カザド・ディムへの「回廊」を開いて、中に入るようにレイリアに促す。レイリアは観念したのか、抵抗しても無駄だと諦めたのか、大人しく「回廊」へと入っていく。

 去り行くレイリアの背中に、ナキウたちがフゴフゴと声をかけると、レイリアは僅かに振り返り、


「ゴメンね。私はここまでだ。無責任で申し訳ない。どうか、少しでも長く生きてほしい」


 そう言って、「回廊」の向こう側へと消えていった。

 直後、ナキウの群れを掻き分けて、荒々しく息切れしたナキウが姿を現す。オスとメスだ。夫婦なのだろうか。


「レイリア! あぁ、そんな」

「遅かった。頑張って走ったのに」


 二匹揃って喋った。

 魔王は勿論、ルビエラも驚いた。辺境の町で見たのは変異種だったし、通常種のナキウで喋る個体を見たのは初めてだ。光一だけが何の反応も示さない。

 二匹のナキウは、息を整えると、魔王を睨みつけ、その隣にいるルビエラにも睨みを利かせる。その流れで光一に視線を移した時、驚いた表情を見せた。


「お前、何故、ここにいる!?」

「お前がレイリアを隠したのか!」

「はあ?」


 突然の言いがかりに、光一は眉を顰める。ナキウの知り合いなんていない。いるとすれば、人間領でフハ・フ・フフハの実験材料になっている変異種くらいだ。


「僕たちを忘れたのか!?」

「いや、忘れたも何も」

「町の教会で会っただろう!」

「教会?」


 そう言われて、光一は記憶を探る。と言うか、教会に行ったことなんて、王都に旅立つ前の町の教会しかない。


「僕はカワラベだ!」

「私はコウラノよ!」

「あー、教会のナキウか。何でここにいる? マルキヤ劇団に買われたのに」

「色々あったんだ! 大変だった!」

「あっそ。どうでもいい。それに、ちょうど喋るナキウを見たがっている人がいるし、ついてこい」


 そう言って、光一がカワラベに手を伸ばすと、カワラベはその手を払い除ける。


「ふざけるな。もう二度とお前らなんか信じない。あんな酷い目に遭うくらいなら!」

「神父のこともか?」

「お父さん……。……でも、お父さんは」

「あぁ。首を吊って死んだ。理由は知らん。お前らが買い取られたことがショックだったのかもしれん」

『…………え?』


 カワラベとコウラノの表情が固まる。一度は拒否した神父だが、仮にも父と呼んで慕っていたのだ。完全には嫌っていなかったのかもしれない。


「嘘だと思うなら、今からでも『人間領』のあの町に行けばいいさ。無事に辿り着けるならの話だけどな」

「そ、そんなの無理だ」


 俯くカワラベ。コウラノはそんなカワラベに寄り添う。

 そんな二匹に歩み寄るのが魔王だ。しげしげと興味深そうに、カワラベとコウラノを観察する。ルビエラは興味無さそうにしている。


「見た目は通常のナキウなのに、喋るなんて」

「だ、誰だお前は?」


 そう尋ねたカワラベの頬を、魔王は平手打ちする。カワラベが転ぶ程度に、手加減はしているみたいだ。


「喋れても、礼儀は知らんか。こいつらか。レイリアが言っていた〝人語を話すナキウ〟というのは」


 魔王が「レイリア」と鎧の女性の名を口にすると、魔王に縋るようにコウラノが近寄ってくる。


「レイリアはどこ!? レイリアは私たちの仲間よ! 返して!」

「レイリアは軍法会議に掛けられる。良くて終身刑、悪ければ死刑だな。東外縁部に戻らなかったことが〝敵前逃亡〟と断定されればな」

「終身刑? 死刑? 何を言っている?」


 立ち上がったカワラベが尋ねると、再び、魔王は頬を平手打ちする。口から血を流して、地面に倒れ込むカワラベ。


「礼儀を知らず、教養も無い。こうまで成長したナキウに教育を施すにも金がかかる。やはり、共存は無理だな」


 やれやれと、溜息を吐きながら、魔王は愚痴を零す。

 しかし、ニヤリと笑みを浮かべた。魔王らしい、なかなかに邪悪な笑みだ。


「しかし、使い道はある」




 後日、魔王一行が滞在している都市にて、新しい店が開業した。その看板には、『ナキウ貸します。使い方は自由!』と書いてある。

 都市の人々は、最初こそ訝しげにしていたが、どこにも物好きという者はいる。

 物好きが恐る恐る中へと入って行くと、大きい檻から小さい檻までグラデーションのように並べられている。その檻の中には、幼少体から成体まで、成長過程に応じて閉じ込められている。そのどの個体も、怯えた様子で、入ってきた物好きを見上げている。


「いらっしゃいませ。ナキウ貸し出し店〝クラ☆ナキ〟へようこそ」


 貸し出しカウンターにいる店員が声をかけると、その物好きは近寄りながら質問する。


「ナキウを貸し出しって、ナキウは何に使えるんだい? あんな非力で臭い害虫に使い道なんて無いだろ?」

「一口に言いますと、コチラのナキウ専用の鞭を使って、ストレス発散して頂くことですね」

「ストレス発散? いやいや、すぐに死ぬだろう? それじゃ、ストレス発散なんて」

「では、お客様。お手数ですが、腕を出して頂けますか?」

「ん? おお、いいよ?」


 店員は、差し出された腕に、迷うことなく鞭を振るった。

 驚いた物好きは、反射的に腕を引っ込め、


「何するんだ!?」


 と、怒鳴る。

 しかし、店員はにこやかな笑顔を崩さずに、


「痛かったですか?」


 と、訊き返す。

 訊かれて、物好きは腕を擦ってみるが、跡が残るどころか、腫れてさえいない。当然、痛みなんて微塵も無い。


「いや、痛くない。そういや、音もしなかったな。何でだい?」

「こちらの鞭は〝ナキウ専用〟ですので、ナキウにしか効果はありません。また、特殊な造りになっていますので、いくらこの鞭で打ったところでナキウは死にません」


 そう言って、店員は物好きに鞭を渡し、カウンターの奥から首輪を付けられた幼体を引っ張って来た。


「ピキー! ピキー!」

「人には痛みを与えない鞭で、ナキウを殺すこともできませんが、どうぞ。この幼体に鞭を打ってみてください」

「あ、あぁ」


 物好きは、幼体の背中に向かって鞭を振るった。

 空気を切る音と共に、ナキウの背中を打ちつける鞭の音が響き渡る。


「ピギャァァァァァァ!」


 その音に違わず、鋭い痛みが幼体を襲う。皮膚が裂け、中身が飛び出したような痛みが走るが、背中からは血の一滴も流れていない。

 何よりも、妙な爽快感がある。ナキウの悲鳴がそれを感じさせているのか、好きなだけ暴力を振るえる解放感からか。


「賃料はいくらだい?」

「成体が銅貨五枚、青年体で四枚、少年体が三枚で、幼体が三匹セットで二枚、幼少体が五匹セットで一枚です」

「安いな。子供の小遣いでも足りるぜ」

「なお、理由は関係なく、死なせてしまった場合には一律銅貨三枚を頂くことになります」

「よし、幼体を貸してくれ。期間はどれくらいだ?」

「一律一週間となります。超えますと、一日ごとに銅貨一枚の延滞料金がかかりますのでご注意下さい。また、盗難防止用にこの都市からは出られないようにプロテクトがかけられていますので、その点もご注意下さい」

「分かった。じゃ、借りてくぜ」


 店の中から、首輪を付け、ロープで引っ張られるナキウの幼体三匹を連れた物好きが出てきて、詳しく話を聞く野次馬たち。この野次馬たちも、目の前で鞭打たれる幼体を見て、我先にと店の中へと入っていき、ナキウを借りる。

 たちまちの内に、ナキウ貸し出しは一大流行となった。仕事や家庭で溜まったストレスを、ナキウを鞭打つことで発散させる。無用なストレスがスムーズに発散できて、人間関係の問題が大きく改善された。


「ビギィィィィ!」

「ピコォォォォ!」

「ピョコォォォ!」


 幼少体から成体まで、幅広い年齢のナキウがストレス発散の捌け口とされている。

 その様子を見て、魔王は満足そうに頷く。


「これもまた、我らとナキウの共存の形だな」


 そう言って、ニヤニヤしている魔王の背後に「回廊」が開く。現れたのは、ルビエラと光一だ。


「魔王くん。そろそろいいかな? もう、二カ月もここにいるんだけど。流石に、シルネイアも呆れていたわよ」

「あ、すいません。つい、興が乗ってしまいまして」

「流石の光一も、同じ遺跡ばかり見ていて飽きたって言っているわよ」

「あ、はい。すぐに出発します。ところで、シルネイアはあのナキウ気に入りました?」

「あー、アレ?」


 魔王は遺跡に蔓延るナキウを、魔術やら何やら使って掻き集め、都市の責任者に命じて、この「ナキウ貸し出し店」を開かせたのだが、カワラベとコウラノだけは店にいない。喋るナキウを見たがっていたシルネイアのために、ルビエラと光一に頼んで「カザド・ディム」へと送っていたのだ。


「シルネイアは興味津々に話しかけていたんだけど、喋るナキウを気味悪がった皐月ちゃんが焼き殺しちゃった」

「えっ!」

「まあ、光一が確保していたアレらの子供も片言だけど喋れるからセーフだったけどね」


 皐月は罰として、一週間の外出禁止になったらしい。


「そして、一週間くらいでシルネイアは喋れるナキウに飽きたみたいで、十匹くらいいたその子供たちも殺されちゃった」

「あちゃー、勿体ない。見世物小屋にでも売ればよかったのに」


 憐れ、神父に助けられたカワラベとコウラノはあっさりと殺されてしまった。喋れないために貸し出し店にいる子孫もいつまで生きているれるやら。罰金があっても、格安であるため、殺される可能性は十分にあるだろう。

 そんなナキウの境遇には一切興味が無い魔王一行は、次の都市を目指して旅に出るのであった。

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