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怖がりのミューズ
怖がりのミューズ
kei
BL現代BL
2025年03月29日
公開日
1.7万字
連載中
ただ絵を描ければよかった画家と借金を背負った男娼。 ひと月限りのモデル契約(+夜のお相手)から始まった二人の生活。

<アキト>

 出会って初めに感じたのは、未成年じゃないのかな、という一瞬の危惧きぐだった。

 すぐに、主真カズマが今更そんな手抜てぬかりをすることもないか、と、打ち消されたのだけど。

 そしていつものように「素材として」の鑑賞を始めてしまい、簡単に頭の奥に追いやってしまったのだけど。


「…よろしくお願いします」

「え。ああ。うん。えーと」

「チカです。そちらはどうお呼びすればいいですか?」


 グロスでもっているのか、つやつやとした唇から発された声は見かけから想像したよりは低く、成人男性だしおかしくはないのか、と、それでも少し妙な気分になった。

 あからさまではない、それでも接客用と判る華やかなみに、きっと売れっ子なんだろうなとぼんやりと思う。

 自前に見えるまつげは長くて量もあり、まばたきするだけでひそやかに風を送りそうだ。肌はきめ細かく、女性のショートカット程度の髪はやや痛んでいるようだけど真っ黒で、これも天然のものなのだろう。

 今回の天使にはぴったりだ。


「あの…喋らない方がいいですか?」

「…え? あ。あー…いや、大丈夫。ごめん、えっと、何の話だっけ?」


 あらゆる大人には注意され、怒られ、同世代や後輩たちにも呆れられてきた癖。興味のあるものに集中して、そうでないものは意識の外に追いやってしまう。

 駄目なんだろうな、とは思うものの、なおせる気もしない。

 今までにも、こうやって呼んだモデルたちの機嫌も散々損ねてきた。

 眼前の少年は、一瞬こちらをさぐるような視線こそ見せたものの、穏やかな笑みを返してきた。プロだ。


「なんてお呼びすれば?」

「あー…なんでもいいよ。二人きりだから、話しかけてもらったら僕のことだっていうのはわかるし」 

「じゃあ…先生、とか?」

「え」


 吃驚びっくりしてまじまじと見てしまう。同じように見返す様子には、揶揄やゆこびのようなものは見受けられない。


「違いますか?」

「うん。なんで先生?」

「画家だって聞いて…先生とか師匠とか、そういう呼び方をするものじゃないんですか?」


 これはどこから突っ込めば。そして主真は、どんな説明をしているのか。

 困ったような少年の姿に、困らせたいわけじゃないんだけど、と、ため息が落ちる。それに反応したように、わずかに一瞬、ひゅっと息を吸うような気配がした。


 あ、と思う。


 毎回、モデルに来てもらうのは男娼だんしょうとでも呼ぶのか、色事を売り買いしている人たちで。ただ単に好きでそれを生業に選んだという人はもしかしたらいないかも知れないくらいの少数派で、彼らの多くは、掘り返せば目をらしたくなるようなドロドロを抱えている。

 それだけに、人の感情には敏感で、過敏なくらいにこちらの顔色をうかがう。それが、生き残るための最重要課題だったのだろうと、人にも物事にもあまり興味の続かない僕でも覚えるくらいには学習してきた。


 だから、ため息なんて悪手だった。

 例えそれが、相手の非ではなく自分自身に対する苛立いらだちだったとしても。


「あのね、そんな風に大層に呼ばれるものじゃないんだ。芸術家の枠じゃなくて、僕は、注文を受けて描いてる商業画家で…広告のここに椅子いす描いて、って頼まれるのと同じ感じっていうか」

「全然違いますよ?!」

「…見たんだ。僕の絵」

「駄目でした…?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。ああでもそっか、そうだよね、モデルになってほしいって頼むんだからどんな絵か気になるよね。でもそれなら手っ取り早いかな。画壇とかに居るようなのじゃなくて、僕の絵は、ごく個人的な需要があるもので、ポルノとかエロとかそっちの分野」

「個人が持つ絵が個人的なものなんて、当たり前じゃないんですか? 美術館に飾られてるような絵だって、宗教をモチーフにして、どうにか女性の裸を描けないかって頑張がんばってたとか聞いたことがあります」


 それはその通りで、絵画というのは長らく写真の代わりだった。め置きたい、何度も見返したいという欲求にこたえるもの。そして、性欲やそこへの憧れというのは、結構根源的なものだ。

 というかどの分野にだって、それはからんでくる。がっちりと。


「…美術とか好き? 結構詳しい?」

「全然」


 きっぱりと言ってのけてから、あ、と少年は慌てたようにまばたきを繰り返した。


「その、見るのは好きだけど別にこだわりがあるとかはなくて知識も全然だし、何かで見てそうなんだーっておどろいたから覚えてたっていうだけで、興味がないとかでもないけど機会がなかったっていうか…」

「いや、ごめん、困らせたかったわけじゃなくて。詳しかったら、がっかりさせちゃうかなって」


 お互い、何をどう言ったものか思い浮かばないのか、黙り込んでしまう。玄関に掛けた時計の針の音がやけに大きく聞こえて、ここはまだ玄関だった、と思い出す。

 身の回りの品を詰めているのだろう鞄も持たせたまま、立ち話をしていた。いやそもそも、少年は靴すら脱いでいない。


「こんなところでごめん、部屋に案内するから、スリッパ適当に使って」

「…はい」

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