目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

青龍38

ふと思った。そうだ、変身してみよう、と。


別に、今までの生活に不満があるわけではなかった。

私は独身だが特に結婚願望があるわけでもなかった。

好きな人がいるわけでもない、人間関係はもう十分だ。

お金を増やしたい希望もない。

何かモノが欲しい、どこかへ行きたい、みたいな欲求も全然ない。


そう、ただ純粋に、変身してみよう、と考えた。


早速取り掛かった。

まず、激しい運動と過度な食事制限を実施し、数日間で急激に体重を落とした。

もともと太っていたので、ここら辺は比較的たやすくできた。

体重を落とした後は、健康的な生活を心がけた。


今まで持っていた服装を全て捨て、そこらにある私の年代に沿ったファッション雑誌を購入。

記載されていた服をそのまま何着か用意。


ヒゲも全て剃り落とし、美容院にて長髪もばっさりと切ってもらうことにした。

化粧水などを買ってきて、顔面や眉を整える作業を日々のルーティーンに組み込んだ。


喋り方も変えた。相手の目を見て、なるべく挨拶、返事を快活にすることにした。


意外と重要かなと感じたのが姿勢や歩き方。ちょっとネットでかじった程度だが、これも変えた。

せかせかせず、背筋をなるべく伸ばして、堂々と歩くようにした。


結果、数ヶ月前の私とは全く別人がそこにいた。


最近同窓会があった。思った通り、友人たちは誰も私のことを認識できなかった。あの頃、私は好きだったが向こうは拒絶していたであろう女子からも、好意的な反応をもらった。


彼女が出来た。彼女に昔の写真を見せると、絶句した。


そして今では、皆、まるで私が昔からそうであったかのように接してくる。


ここで一つの仮説を立てることができる。

どいつもこいつも、他人なんて皆いい加減で、人をよく見ているとか、人のことがよく分かるなんてフカしてる奴らも、結局はみんなデタラメな奴ら、ということだ。


私は「私」であるはずなのに、どうして私が「私でなくなる」ことがあるのだろう?

一体、周りの連中は、私のどこを見て「私」だと判断しているのだろう?


私は、何をもって「私」と言えるのだろう?


私の努力と、バカで適当な連中のおかげで、しばらくは退屈しなくて済みそうだ。


【テセウスの船】

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?