ふと思った。そうだ、変身してみよう、と。
別に、今までの生活に不満があるわけではなかった。
私は独身だが特に結婚願望があるわけでもなかった。
好きな人がいるわけでもない、人間関係はもう十分だ。
お金を増やしたい希望もない。
何かモノが欲しい、どこかへ行きたい、みたいな欲求も全然ない。
そう、ただ純粋に、変身してみよう、と考えた。
早速取り掛かった。
まず、激しい運動と過度な食事制限を実施し、数日間で急激に体重を落とした。
もともと太っていたので、ここら辺は比較的たやすくできた。
体重を落とした後は、健康的な生活を心がけた。
今まで持っていた服装を全て捨て、そこらにある私の年代に沿ったファッション雑誌を購入。
記載されていた服をそのまま何着か用意。
ヒゲも全て剃り落とし、美容院にて長髪もばっさりと切ってもらうことにした。
化粧水などを買ってきて、顔面や眉を整える作業を日々のルーティーンに組み込んだ。
喋り方も変えた。相手の目を見て、なるべく挨拶、返事を快活にすることにした。
意外と重要かなと感じたのが姿勢や歩き方。ちょっとネットでかじった程度だが、これも変えた。
せかせかせず、背筋をなるべく伸ばして、堂々と歩くようにした。
結果、数ヶ月前の私とは全く別人がそこにいた。
最近同窓会があった。思った通り、友人たちは誰も私のことを認識できなかった。あの頃、私は好きだったが向こうは拒絶していたであろう女子からも、好意的な反応をもらった。
彼女が出来た。彼女に昔の写真を見せると、絶句した。
そして今では、皆、まるで私が昔からそうであったかのように接してくる。
ここで一つの仮説を立てることができる。
どいつもこいつも、他人なんて皆いい加減で、人をよく見ているとか、人のことがよく分かるなんてフカしてる奴らも、結局はみんなデタラメな奴ら、ということだ。
私は「私」であるはずなのに、どうして私が「私でなくなる」ことがあるのだろう?
一体、周りの連中は、私のどこを見て「私」だと判断しているのだろう?
私は、何をもって「私」と言えるのだろう?
私の努力と、バカで適当な連中のおかげで、しばらくは退屈しなくて済みそうだ。
【テセウスの船】