令和七年 四月三十日。
我が家の一員である、ダルメシアン、リンが静かに息を引き取った。
もう一緒に散歩に行くことも、お腹をモミモミすることもできなくなってしまった。
寂しくないと言えば嘘になる。辛くないと言えば嘘になる。
しかし、リンが生を享受した時間、十五年十ヶ月と一日。
人間で言えば、百歳を越えてなお元気に生きた。長寿も長寿だった。
しかも、咳や便失禁などはあったといえ、大病もせず、スッと眠るように息を引き取った。
ピンピンコロリという言葉があるが、それを体現した見事な大往生。
悲しみもあるが、そのあまりに見事な引き際に、逆に感心もしてしまった。
辛い、だけど、本当によく生きた。非常に不思議な気持ちだった。
次の日。
父は仕事があったため、来られなかったが、火葬場へ母と弟と行った。
人もそうだが、遺体を火葬する瞬間は、何度と経験しても慣れない。
明確な別れを突きつけられる瞬間。止めようにも、涙が止まらなかった。
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火葬してからは待ち時間が発生する。気分転換に葬儀場の外を出てぼんやりと空を眺めていた。
この日の空は、雲一つ無い快晴。それがせめてもの救いと言えば救いだった。
空へ向かって、煙が立ちのぼる。あれがリンだろうか、と想いを馳せながら。
突如だった。
その煙が、ゆっくりと形を変えていき始めた。煙が引き伸ばされ、陰影が差し、少しずつ生き物のように躍動する。
そしてその煙は、見事な青龍となった。
空に舞う青龍は、ちらとこちらを一瞥すると、美しい咆哮を放ち、見事な姿で空高く昇っていった。
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確信したことがある。
「伝承」や「伝説」とは、それを生み出す我々人間の「想いの強さ」から生まれるものなのだ。
その想いを抱く人間が多ければ記録として残されるかもしれない。
しかし、たとえ少人数に対してでも、深く心に刻み込まれる想いを残した者には、必ずや美しい奇跡が用意されている。
この世界は、きっと、そんな無数の奇跡であふれているのだろう。
あの青龍は昇っていった。
世界で最も高い場所へ。
世界で最も美しい場所へ。
世界で最も尊い場所へ。
私が同じところへ行けるかどうかは未だ分からない。
それでも、あの青龍から何かを託された気がするのだ。
リンよ。
深い感謝と共に、次の約束を贈る。
また会おう。
【素朴八百 青龍】