目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

甘い話で何が悪い

 結局、告白する勇気は出ずそのままズルズルと、先輩との関係は続いていた。

 季節は少しずつ春めいてきていた。


「ねぇ、今日終わったらご飯食べに行かない?」

 紫穂ちゃんの発案で何人かはもう集まっているようだ。

「私はちょっと」

 他の曜日なら喜んで行くところだけど、サークルのある日だから先輩の顔がチラついてしまうのだ。

「そういえばサトーちゃん、誕生日じゃないの?」

 蘭ちゃんは、人の誕生日をよく覚えている。

「あっ」

 私はすっかり忘れていた。

「そうなの、じゃあ行こうよ、奢るよ?」

「紫穂ちゃん、サトーちゃんだって予定があるんだよ」

「あ、そっか。誕生日は好きな人と?」

「え、いや、そんなんじゃーー」

 ないこともないか。



 バスの中では無言だった。

 そりゃ、普段からベラベラ喋りはしないけど。

 隣に座れたのに一言もないのは……

 表情も、いつにも増して……


 怒らせるようなこと、したのだろうか?


 先輩は席を立つ。

 私も続いて立とうとした。

「今日はいいよ」

「えっ」

「好きな人と過ごして」

「あっ」

 紫穂ちゃんたちとの会話を聞かれていたのか。

 それで?


「いいって言ったのに」

「迷惑ですか?」

「そんなことないけど」

 バス停を降りて歩いていた。

「好きな人なんていませんから」

「そう」


 もしも、あの時の会話を聞いて怒っていたのだとしたら。

「なんで怒ってるんですか?」

「怒ってなんてないわよ」

「機嫌悪そうですよ?」

「そんなこと……」

「そうですか」

「なぁに?」

「何でもないです」


 チャンスなんじゃないだろうか。

 先輩の気持ちに、嫉妬とかやきもちとか、そういうのが少しでもあったとしたら。


 部屋へ入って一息つく。

 私は勝負に出た。


「先輩、私、今日が誕生日なんです」

「そうみたいね、何か欲しいものでもあるの?」

「お願いがあります」

「なに? 私に出来ることならーー」




 私は先輩にキスをした。


 先輩は驚いている。それはそうだろう、何度もキスはしているが私からするのは初めてなのだから。


「先輩に触れたいんです」

「え、ちょっ、待って」

 いつもとは逆の体勢ーー先輩を押し倒す。

 これももちろん初めてのこと。

 やり方なんてわからないけど、いつも先輩からされているように、優しく触れる。


 なんて、考えていられたのも最初だけ。

 好きな人に触れ、肌を合わせ、感じ、理性を飛ばす。先輩の声、表情が私を狂わす。

 先輩、好きですーー大好きなんです、先輩ーー

 何度もうわ言のように伝え続けた。



「今日は先にシャワー浴びてもいい?」

 事が済んで、先輩が浴室へと去って我に返る。

 やっちゃったぁ、私は頭を抱えた。

 よりによって、致してる最中に告白してしまうとは。いやでも、あれは感極まって思わず口から溢れてしまったわけで。呆れられただろうか、先輩の返事が怖い。


「頭、痛いの?」

 顔を上げたら心配そうな先輩がいて、バスタオルを渡してくれた。

「いえ、頭冷やしてきます」

 シャワーで文字通り頭を冷やしながら、先輩のことを思う。

 今までの先輩との時間は、驚きの連続だったけど、今思えば全部幸せな時間だった。私にとっては大切な思い出で、かけがえのないもので。

 もしも、もう会えなくなってしまっても、思い出は消えることはない。いつまでも、この私の胸にあるのだから。

 よし、覚悟は出来た。




「先輩?」

 バスローブ姿の先輩はベッドに腰掛け、あのブックカバーの本を見つめていた。

 読んでいるというより、視線が定まっていないので何か考え事をしているようだった。

「あぁ、ごめん。何か飲む?」

「いえ。あの今日はごめんなさい」

「ん?」

「少し強引だった気がして」

「あぁ、確かに驚いたけど謝る必要はないわよ」

「あのそれで、返事を頂きたくて」

「返事?」

 先輩は何のことかわからないようで。

「さっき口走ってしまったこと、本気です。私は先輩のことを本気で好きになってしまって……それで先輩はどう思ってるのかなって」


「あら、言ってなかったかしら」

 冗談とかじゃなく、真面目な顔で言う。

 いやいや、ないでしょ、何も言わずに押し倒されたんだから。

「えっ、ないですよ……ね」

「そうだっけ」

 先輩はしばらく宙を見つめ、思い出しているみたいだ。


「そっか、言ってなかったか。でも本気で好きじゃなきゃこんなこと出来ないわよ」

「それはそう……え、それって、好きってことですか?」

「そうだけど、どうして驚くの?」

 いやだって、先輩そんなこと一言も言ってないし、素振りだってーー

「え、待って。私たち付き合ってるってことになる……のか」

 若干パニックになった私は、心の声を漏らす。

「私はずっとそう思ってたわよ、でも最近の様子がおかしくて、誰か他に好きな人でも出来たのかなって不安にはなってた。さっきの情熱的な告白まではね」

 その言葉の後に、ふふっと先輩が笑った。

 先輩の笑顔を見て気が抜けた。


「もう、先輩狡いです」

「嫌いになった?」

「好きですよ」

「ん、知ってる」

 やっぱり笑っていて、それがとっても嬉しくて。

「大丈夫?」

「安心したら、なんか腰が抜けちゃって」

 私はヘナヘナと座り込んでしまった。

「なら、今日は泊まっていく?」

「いいんですか?」

「いいよ、誕生日だしね」



 あぁ、そうだった、誕生日。

 私、誕生日を好きな人と過ごせるんだ。

 そう思ったら、顔が勝手にニヤけてしまって、慌てて引き締める。

 ふと視線を感じて見上げたら、上から覗き込まれていた。

「おもしろいかーー表情ね」

「今、面白い顔って言いました?」

「言ってないわよ、ふっ、それより立てる?」

 笑ってるし、話逸らされたし。

 座り込んでいても仕方ないから、ゆっくり立ち上がったら、先輩にギュッと抱きしめられた。


 初めてここに来た時もこうやって抱きしめられたっけ。

「あったかい」

 あの時と同じ言葉を聞いて、心がじんわりと温まる。

「はい、先輩もあったかいです」

 と、抱きしめ返す。

 あぁ、やっぱり好きだなぁ。

 『あったかい』と『好き』は同義語じゃないだろうか。

 なんて、私の都合の良い解釈だろうか。

 ぼんやりと思考をウロウロさせていたら。


「あ、やっぱり言ってるよ?」

 抱きしめ合ったままなので、先輩の声が耳元でした。

「何がですか?」

「私、甘いもの好きって言ったよね」

「ん? うーん、言ってた気がしますけど」

「ほら」

 いや、ほらじゃなくてね。

「私はチョコと同類ですか?」

「ううん、チョコより上よ」

「それは、喜んで良いんでしょうか」

「大好きってことだけど?」

「それは……こ、光栄です」

 一気に顔が熱くなる。

 顔が見えない体勢で良かった。


 そう思ってたのに、すっと体を離して見つめてくる。

 先輩の形の良い唇に視線が釘付けとなる。口角が上がって近づいてきた。



 蘭ちゃんと紫穂ちゃんに話したら、そんな甘すぎる話なんて売れないよって言いそうだなぁ、なんて考えていたら......押し倒されていた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?