結局、告白する勇気は出ずそのままズルズルと、先輩との関係は続いていた。
季節は少しずつ春めいてきていた。
「ねぇ、今日終わったらご飯食べに行かない?」
紫穂ちゃんの発案で何人かはもう集まっているようだ。
「私はちょっと」
他の曜日なら喜んで行くところだけど、サークルのある日だから先輩の顔がチラついてしまうのだ。
「そういえばサトーちゃん、誕生日じゃないの?」
蘭ちゃんは、人の誕生日をよく覚えている。
「あっ」
私はすっかり忘れていた。
「そうなの、じゃあ行こうよ、奢るよ?」
「紫穂ちゃん、サトーちゃんだって予定があるんだよ」
「あ、そっか。誕生日は好きな人と?」
「え、いや、そんなんじゃーー」
ないこともないか。
バスの中では無言だった。
そりゃ、普段からベラベラ喋りはしないけど。
隣に座れたのに一言もないのは……
表情も、いつにも増して……
怒らせるようなこと、したのだろうか?
先輩は席を立つ。
私も続いて立とうとした。
「今日はいいよ」
「えっ」
「好きな人と過ごして」
「あっ」
紫穂ちゃんたちとの会話を聞かれていたのか。
それで?
「いいって言ったのに」
「迷惑ですか?」
「そんなことないけど」
バス停を降りて歩いていた。
「好きな人なんていませんから」
「そう」
もしも、あの時の会話を聞いて怒っていたのだとしたら。
「なんで怒ってるんですか?」
「怒ってなんてないわよ」
「機嫌悪そうですよ?」
「そんなこと……」
「そうですか」
「なぁに?」
「何でもないです」
チャンスなんじゃないだろうか。
先輩の気持ちに、嫉妬とかやきもちとか、そういうのが少しでもあったとしたら。
部屋へ入って一息つく。
私は勝負に出た。
「先輩、私、今日が誕生日なんです」
「そうみたいね、何か欲しいものでもあるの?」
「お願いがあります」
「なに? 私に出来ることならーー」
私は先輩にキスをした。
先輩は驚いている。それはそうだろう、何度もキスはしているが私からするのは初めてなのだから。
「先輩に触れたいんです」
「え、ちょっ、待って」
いつもとは逆の体勢ーー先輩を押し倒す。
これももちろん初めてのこと。
やり方なんてわからないけど、いつも先輩からされているように、優しく触れる。
なんて、考えていられたのも最初だけ。
好きな人に触れ、肌を合わせ、感じ、理性を飛ばす。先輩の声、表情が私を狂わす。
先輩、好きですーー大好きなんです、先輩ーー
何度もうわ言のように伝え続けた。
「今日は先にシャワー浴びてもいい?」
事が済んで、先輩が浴室へと去って我に返る。
やっちゃったぁ、私は頭を抱えた。
よりによって、致してる最中に告白してしまうとは。いやでも、あれは感極まって思わず口から溢れてしまったわけで。呆れられただろうか、先輩の返事が怖い。
「頭、痛いの?」
顔を上げたら心配そうな先輩がいて、バスタオルを渡してくれた。
「いえ、頭冷やしてきます」
シャワーで文字通り頭を冷やしながら、先輩のことを思う。
今までの先輩との時間は、驚きの連続だったけど、今思えば全部幸せな時間だった。私にとっては大切な思い出で、かけがえのないもので。
もしも、もう会えなくなってしまっても、思い出は消えることはない。いつまでも、この私の胸にあるのだから。
よし、覚悟は出来た。
「先輩?」
バスローブ姿の先輩はベッドに腰掛け、あのブックカバーの本を見つめていた。
読んでいるというより、視線が定まっていないので何か考え事をしているようだった。
「あぁ、ごめん。何か飲む?」
「いえ。あの今日はごめんなさい」
「ん?」
「少し強引だった気がして」
「あぁ、確かに驚いたけど謝る必要はないわよ」
「あのそれで、返事を頂きたくて」
「返事?」
先輩は何のことかわからないようで。
「さっき口走ってしまったこと、本気です。私は先輩のことを本気で好きになってしまって……それで先輩はどう思ってるのかなって」
「あら、言ってなかったかしら」
冗談とかじゃなく、真面目な顔で言う。
いやいや、ないでしょ、何も言わずに押し倒されたんだから。
「えっ、ないですよ……ね」
「そうだっけ」
先輩はしばらく宙を見つめ、思い出しているみたいだ。
「そっか、言ってなかったか。でも本気で好きじゃなきゃこんなこと出来ないわよ」
「それはそう……え、それって、好きってことですか?」
「そうだけど、どうして驚くの?」
いやだって、先輩そんなこと一言も言ってないし、素振りだってーー
「え、待って。私たち付き合ってるってことになる……のか」
若干パニックになった私は、心の声を漏らす。
「私はずっとそう思ってたわよ、でも最近の様子がおかしくて、誰か他に好きな人でも出来たのかなって不安にはなってた。さっきの情熱的な告白まではね」
その言葉の後に、ふふっと先輩が笑った。
先輩の笑顔を見て気が抜けた。
「もう、先輩狡いです」
「嫌いになった?」
「好きですよ」
「ん、知ってる」
やっぱり笑っていて、それがとっても嬉しくて。
「大丈夫?」
「安心したら、なんか腰が抜けちゃって」
私はヘナヘナと座り込んでしまった。
「なら、今日は泊まっていく?」
「いいんですか?」
「いいよ、誕生日だしね」
あぁ、そうだった、誕生日。
私、誕生日を好きな人と過ごせるんだ。
そう思ったら、顔が勝手にニヤけてしまって、慌てて引き締める。
ふと視線を感じて見上げたら、上から覗き込まれていた。
「おもしろいかーー表情ね」
「今、面白い顔って言いました?」
「言ってないわよ、ふっ、それより立てる?」
笑ってるし、話逸らされたし。
座り込んでいても仕方ないから、ゆっくり立ち上がったら、先輩にギュッと抱きしめられた。
初めてここに来た時もこうやって抱きしめられたっけ。
「あったかい」
あの時と同じ言葉を聞いて、心がじんわりと温まる。
「はい、先輩もあったかいです」
と、抱きしめ返す。
あぁ、やっぱり好きだなぁ。
『あったかい』と『好き』は同義語じゃないだろうか。
なんて、私の都合の良い解釈だろうか。
ぼんやりと思考をウロウロさせていたら。
「あ、やっぱり言ってるよ?」
抱きしめ合ったままなので、先輩の声が耳元でした。
「何がですか?」
「私、甘いもの好きって言ったよね」
「ん? うーん、言ってた気がしますけど」
「ほら」
いや、ほらじゃなくてね。
「私はチョコと同類ですか?」
「ううん、チョコより上よ」
「それは、喜んで良いんでしょうか」
「大好きってことだけど?」
「それは……こ、光栄です」
一気に顔が熱くなる。
顔が見えない体勢で良かった。
そう思ってたのに、すっと体を離して見つめてくる。
先輩の形の良い唇に視線が釘付けとなる。口角が上がって近づいてきた。
蘭ちゃんと紫穂ちゃんに話したら、そんな甘すぎる話なんて売れないよって言いそうだなぁ、なんて考えていたら......押し倒されていた。