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甘い話は決定事項

「ただいま〜」

 金曜日の夜、栞菜ちゃんがやってきた。

「ーーで、いいよね」

「はい、おかえりなさい」

 二人して照れ笑いをする。

「今日は早かったね」

「うん、半休取っちゃった」

 へへって笑う栞菜ちゃんは、いつにもなく上機嫌だ。私は平静を装っているけど、本当は栞菜ちゃんより浮かれている。

 なぜなら、この週末は特別なのだから。


※※※


「え、デート?」

 二週間前の日曜日、その週末は用事があって会えなかったため電話で話していた時のこと。

「うん、デートしてないって言ったらお姉ちゃんに怒られてさ」

 あぁ確かに、二人で食料の買い物に行く事はあるけれど、それ以外はほとんど私の部屋で過ごしているなぁ、いわゆる恋人同士のデートっぽいお出掛けはしていないかも。

「私はそれでも満足してる、お家デートだよって言ったんだけどね」

「うん、私もそう思うよ」

「だよね、でもたまにはどこかへ出掛けてもいいかなぁって思い始めてね、天寧はどう思う?」

「私は……デート、したい」

 栞菜ちゃんと二人でお出掛け、そんなのしたいに決まってる。

 ますます綺麗になって大人っぽい栞菜ちゃんの隣を歩くのは些か気が引けるけど、家にいる時とは違っていろんな顔を見せる彼女に、私が1番見惚れるんだろうな。

 デートかぁ、やばい、ニヤけた顔が戻らない、顔が見えない電話で良かったよ。

「天寧?」

「え、はい」

「どこ行きたいって聞いてるのに」

「あぁごめん」

「また、ぼーっとしてたね?」

「あぁ、はい。えっと、遊園地とかは?」

 青空の下、はしゃぐ姿も見てみたい。

「コースター系、乗れない」

「なら、動物園や水族館とか」

 子供っぽいかな?

「うーん、あんまり歩き回るのは疲れるかな」

 あぁそうだった、栞菜ちゃんは私以上にインドア派だった。

「だったら映画?」

「暗くなったら寝ちゃう」

 うーん、どうしたものか。

 免許と車があればドライブっていう手もあるけど。

「あぁごめん、私わがままだよね、でもやっぱり天寧のお家が1番安らぐんだよね」

 そう言ってもらえるのは嬉しいし、やっぱり栞菜ちゃんは少し疲れているんだと思う、それなのにこうやってデートに誘ってくれただけでもう、充分すぎるくらい幸せだ。

「うん、そうだね。それも私たちらしいよね」

 そんなふうに言葉を返し、ふとテレビに視線を移す。

「あ! 温泉はどう?」

 ちょうど画面に映ったどこかの温泉地。

 沈黙……あぁ、やっぱり疲れるよね、毎週のようにウチに来てくれているから、移動するだけでも疲労するのは十分わかっているのだろう。

「旅行は疲れるよねーー」

 やっぱりやめよう、言いかけたところで。

「いいねぇ」と返ってきた。

「温泉いいじゃん、上げ膳据え膳で美味しいご飯も食べられるし」

「あ、そう?」

「小さくてもいいから、お部屋に温泉あったら最高だね、周りを気にせずいつでも入れる」

「まぁそうだけど、高いんじゃない?」

「そこはほら、社会人の私に任せてよ。そのために日々残業してるんだから」

「え、残業?」やっぱり、いつも残業とかしてるんだ。栞菜ちゃんはあまりそういうこと言わないけど。

「まぁ、そんなことより。よし、早速調べよう! 今度の連休でいいよね? いくつか候補地探してみるね」

「え、あ、うん」

 さっきまでののんびりした雰囲気とは一転、さっさと通話を終えられてしまった。


 数時間後、何点かの候補地と旅館の写真がメールで送られてきて、それを見ながら二人で決めた、海の見える温泉旅館。

「再来週だけど、予約取れるかなぁ」

「それはお姉ちゃんに頼んでみるよ」

 栞菜ちゃんのお姉さんは旅行会社に勤めているらしい。それは頼もしい。


※※※



「明日のために、今日は早く寝るよ」

「はぁい」

「楽しみだね」

「うん、とっても」


 明日から一泊で温泉旅行に行き、帰って来たらウチでそのまま泊まって、翌日の月曜日の祝日に栞菜ちゃんは帰って行く。今日を含めれば4日間一緒にいられるんだ。

「栞菜ちゃん、先にお風呂どうぞ」

「ん、行ってくるね」

 チュッと軽くキスをして立ち去る後ろ姿に、やっぱり好きだなぁと想いに耽る。出逢ってからどんどん好きな気持ちが積み重なって行く、それはきっとこれからもで……この先? 

 あぁそういえば、栞菜ちゃんにはまだ言ってなかったな、卒業後の事。

 栞菜ちゃんの就活の時は、私に相談してくれなかったって散々拗ねたくせに、いざ自分のこととなるとやっぱりなかなか言い出しにくい。自信がなかったり恥ずかしいのが主な理由なんだけど、それでもちゃんと伝えておくべきなんだよね、大事な人には。

 栞菜ちゃんなら、天寧が決めたことならって応援してくれると思うから、今回の旅行で伝えられたらいいな、いや伝えなきゃだ。


「うわっ」

「また自分の世界に入ってたね?」

 いつの間にか目の前に栞菜ちゃんがいて驚くが、こういう事は初めてじゃない。私がぼーっとしているせいだ。

 栞菜ちゃんは、それも面白がってくれているけど、ぼんやりし過ぎじゃないか、私。

「はは、もう上がったの?」

「うん、天寧も行っといで」

「はぁい」


 私がお風呂から上がると、栞菜ちゃんが神妙な顔で電話をしていた。

「ーーうんわかった、そうする」


「どうかしたの?」

 通話を終えるのを待って尋ねた。

 心なしか顔色も悪いように見える。

「おじいちゃんが倒れたって」

「えっ」

「今は母が病院についてるらしい」

「すぐ行った方が……」

 時間を確認する、まだ電車はある時間だけど遠ければタクシー?

「ううん、今日はもう遅いから。もし何かあれば連絡入るから」

 ということは、予断を許さない状況ってことだよね、こんなに不安そうな表情の栞菜ちゃん見たことないもん。思わず抱きしめていた。

「明日、1番に行ってあげて」

「でも、温泉ーー」

「え、温泉なんていつでも行けるよ、私のことなら気にしないでよ?」


 以前、話してくれたことがある。中学生の頃におじいさんの家で暮らしていたって事、可愛がってもらった事。栞菜ちゃんにとってかけがえのない人なんだと思う。

「お姉ちゃんも明日の朝出るって」

「どこかで合流するの?」

 不安げな栞菜ちゃんの様子から、お姉さんと一緒ならいいなと思った。

「ううん、◯◯市だからここから直接行くことになるね」

「えーー」

「ん?」

「栞菜ちゃん、明日私も一緒に行ってもいい?」

「一緒に?」

「私の実家、隣の市なの。だから途中まで一緒に行って、私は実家に泊まろうかと思う、ダメかな?」

 今もまだ少し震えている栞菜ちゃんを一人にしたくない、何も出来ないかもしれないけどそばに居たいと思う。

「天寧、ありがとう」






「天寧、来てくれてありがと」

 改札を出るとすぐに栞菜ちゃんが駆け寄ってきた。

「栞菜ちゃん、大丈夫なの?」

「うん、峠は越えて落ち着いたみたいだから」

 もっと憔悴しているかと思ったがそれ程でもなくホッとした。


 お祖父さんが倒れたと連絡があった次の日、始発に乗ってお祖父さんが入院する病院の最寄駅でお姉さんと合流した。私は挨拶だけして別れ、実家へと向かった。夜に『命には別状なさそう』とのメッセージが来てまずは安心した。一夜明け、今日の昼過ぎに「会いたい」との電話がかかってきたのだった。


「本当はもっとおじいちゃんの傍にいたいんだけど、火曜日には大事な会議があって休めないの。だから明日の最終で直接帰ろうと思うの」

「うん、それが良いと思う」

「一緒に帰れなくて、ごめん。大丈夫かな?」

「いつもの帰省と同じことだから、帰りも私は一人でも大丈夫だよ。突然帰ったけど案外歓迎してくれてね、こっちはこっちで楽しくやってるから安心して」

 栞菜ちゃんはホッとしたような、それでいて少し寂しそうな顔をした。



「少し歩こうか」

「うん」

 駅前から商店街へと歩く。

「懐かしいな」

 シャッターが下りているお店もあって、人通りも少ないため、自然と手を繋ぐ。

「中学生の栞菜ちゃん、想像出来ないなぁ」

「ん? あんまり変わってないと思うけど」

 嘘でしょ、こんな大人っぽい中学生いる?

「そういえば、その先に本屋さんあったの知ってる?」

「うん」

「あそこ従姉妹の家だったから、子供の頃時々遊びに来てたんだよ」

「そうなの? だったら小さな天寧とどこかですれ違ってたかもね」

「それって、運命⁉︎」

 もしそうなら、偶然じゃないと思う。私の運命の人は栞菜ちゃんだったと思ったら自然に顔が綻びかける。

「運命なんかじゃ……ない」

 小さいけれど、ハッキリと聞こえたのは、紛れもなく栞菜ちゃんの声だった。

「え、ない?」

「私は、神だかなんだか訳の分からないものの決めた運命とやらで天寧を選んだわけじゃないもの、私が自分の意思で決めたことだもん。誰にも、何にでも邪魔はさせない、この先もずっと」

「栞菜ちゃん……」

 真剣な表情でそんなことを言うから胸がいっぱいになる。

「あ、ごめん。私、また変なこと言ったね」

「違うよ、惚れなおしてたところ」

 栞菜ちゃんは『好き』とか直接的な言葉は言わないけれど、普段の態度や行動で--自惚れじゃなく--大切に思ってくれていると感じるから。

「栞菜ちゃん、ありがとう」

 素直な気持ちを伝えると、いつもの照れ笑いが返ってくる。


「あれ、氷室さんじゃない?」

 お花屋さんの店先にいた女性から声をかけられた。

「あぁ--」

「舞衣だよ、同級生の。小泉舞衣」

「覚えてる覚えてる、ちょっと出てこなかっただけよ」

 一瞬睨むふりをしてすぐに笑顔になったその人は、エプロンをしているのでお花屋さんなのだろう。

「氷室さんは全然変わってないからすぐわかったよ」

 え、本当に? こんな中学生だったんだ。

「あれここって、小泉さんのお店なの?」

「そうそう、小さいけどね」

「そういえば小泉さん、お花係だったような……イメージぴったり」


「栞菜ちゃん、私あそこの公園行ってるね」

 せっかく同級生と会えたならゆっくり思い出話をして欲しい。

「あ、ごめんね。すぐ行くから」

「うん、日向ぼっこしてるね、ごゆっくり」





「お待たせ」

「あれ、早かったね」

「これを買っただけだからね、はい」

 栞菜ちゃんの手に握られているものを見る。

「私に?」

「他の誰に渡せと?」

「ありがとう」

 ほら、やっぱり。


 受け取った3本の白いバラを眺め、これの意味する言葉を噛み締める。

「あれ、白はお気に召さない?」

 無言になった私を、気に入らないのかと勘違いしたようだ。

「違うの、嬉しすぎて言葉が出なくて」

「そう、良かった……本当は旅行先で良い雰囲気で渡そうと思ってたんだけどね。いつもの感謝を込めて、天寧に」

 そんな計画もあったの?

「このデートも私にとっては特別だよ」

 自分の事よりもお祖父さんを心配する、そんな栞菜ちゃんだから私は好きになったんだし。

「温泉はまた計画しようね」

 ここ気持ちいいねと言いながら、ベンチの私の隣に座る。

 こじんまりしている公園だが、草木の手入れがしっかりされていて日当たりが良い。


「私も今回のデートで話そうと思ってたことがあるの」

「なぁに?」

「私の卒業後のことなんだけど」

「うん」

「出版社に就職出来たらなって思っていて、出来れば東京の。私、昔から本が好きで、そういうのを作り上げる仕事がしたくて。動機としては単純すぎて恥ずかしいんだけどね。今は電子書籍とかあるけどやっぱり紙媒体はこれからも必要だと思うし。まぁ内定取れるかどうかはわからないんだけど、そっち方面で考えてるっていう報告……栞菜ちゃん?」

 話している途中で栞菜ちゃんは目を閉じた。真剣に聞いてくれているんだと思うけど、どういう反応をされるかの不安もあって、語尾が弱くなる。

「うん、いいと思う。前のね、ほらサークルの時の天寧とか思い出してて、そしたら子供の頃の天寧とか想像しちゃってた」

 どんな想像か、聞きたいような聞きたくないような。

「あと、東京っていうのは私がいるから?」

 そうだよね、好きな人がいるからっていう理由なんてナンセンスだよね。

「東京は出版社が多いっていうのもあるけど、半分以上は、そうです」

 怒られるのを覚悟で正直に言う、栞菜ちゃんの近くで働きたいと。

「それは、素直に嬉しいね」

「えっ」

「なぜ驚くの? そりゃどんなに遠くに行ったって付き合い続ける自信はあるよ、でも近い方がいいに決まってるでしょ。そうだ、いっそ一緒に暮らせばいいんじゃない」

「ええぇ」

「東京は怖い街よ、天寧が一人暮らしなんて危なっかしくて。私が守ってあげる……って天寧?」

 想像してしまった、栞菜ちゃんと私の日常生活。同じ玄関を出てそれぞれの会社へと出かけ、そしてまた戻ってくる。

今日のご飯は何にする? 次の休みはどうしよう? くだらない事を口走ってみたり、笑って泣いて怒って、喧嘩しても嫌いになることはなくて、時には甘い時間を一緒に過ごす……

「天寧、想像し過ぎ」

「えっ、わかるの?」

 クスクスと笑われた。あぁカマかけられたのかぁ。

「内定出たら、今度は12本のバラを贈るね」

 あ、プロポーズ?

「なんだかドラマみたい」

 思ったことが口から溢れる。

「嫌?」

「嬉しいです」

「素直でよろしい」

 少し日が傾いてきたのか、オレンジ色の光が栞菜ちゃんを照らしていた。

 綺麗だなって見惚れていたら近づいてきて、おでこにチュッとキスをされた。まるで誓いのキスのように。


「そういえば、この前小説書いてるって言ったでしょ?」

「うん、まだ完結してないって言ってたね」

「あれね、私と栞菜ちゃんをモデルにしてて」

「そっか、天寧の得意なジャンルだね、それに完結はまだまだ先の話だねぇ」

「得意なジャンル?」

 栞菜ちゃんは、そうかそうかと一人で納得しているけど、私には良くわからなかった。

 不思議がる私に、とびきりの笑顔でこう言った。

「私たちの物語なら、これからずっと続いていくし、でも結果はハッピーエンドって決まってる」

「あ、甘い話だ」



【了】


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