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神をも恐れぬ悪役貴族は、古の呪いを得て最凶呪具使いとなる
神をも恐れぬ悪役貴族は、古の呪いを得て最凶呪具使いとなる
碧絃(aoi)
異世界ファンタジー内政・領地経営
2025年03月29日
公開日
6,066字
連載中
オーウェンベルグ伯爵家の嫡男アルサスは、家宝の短剣を受け継ぐことになった。 どうして父ではなく、自分が家宝を受け継ぐことになったのか——。不思議に思いながら両親と共に馬車で帰っている途中で、事故が起こる。 亡き両親に代わり、必死に領地を立て直そうとするアルサス。 しかしその頃から、アルサスの周りで奇妙な出来事が起こり始める。

第1章

第1話 家宝の短剣

 努力は必ず報われるなんて、嘘だ。


 欲にまみれたクズ共は下卑た笑みを浮かべ、善良な人々が泣いている。苦しんでいる。


 この世は、こんなにも不条理で残酷だったのか。

 僕がバカだった。


 優しいだけでは、誰も守れない。

 守るために、甘い考えはもう捨てよう。


 僕の大切なものを傷つける奴らは、絶対にゆるさない——。






 両親と一緒にお祖父さまの屋敷へ来たのに、なぜか僕だけ、部屋に残れと言われてしまった。


(怒られるようなことはしてないと思うんだけど……)


 不安になり、思わず唾を飲み込む。


「良いか、アルサス……。欲は己を滅ぼすということを、決して忘れてはならんぞ」


「はい、お祖父さま」


 僕が返事をすると、ベッドに横たわるお祖父さまは、弱々しく頷いた。


「私はもう……長くない。お前が成長する姿をもっと見ていたかったが、こればかりはどうしようもないな。……今日呼んだのは、お前に渡しておきたいものがあったからだ」


 お祖父さまは枕の下から短剣を取り出して、僕に手渡す。


(思ったよりも少し重いな……)


 鞘を持ち、ゆっくりと短剣を抜くと、漆黒の宝石がギラリと輝いた。全体が青緑色なので、青銅の剣だろう。そして刃に文字のようなものがあるが読めない、ということは模様なのだろうか。随分と古いもののようだ。


「それは、我がオーウェンベルグ伯爵家の家宝で、名は『ヴァレーシア』という」


「家宝、ですか? 初めて聞いたのですが……」


「あぁ。この短剣を受け継ぐものにしか、知らされないことだからな。もちろん、お前の父も知らぬことだ。絶対に、他の者に知られてはならんぞ」


「は、はい……」


「これからは、お前が守ってほしい。そして必ず、血の繋がった子孫に剣を託すこと。……良いな」


「はい。お任せください、お祖父さま」




 お祖父さまの屋敷を出て、馬車に乗り込んだのと同時に、雨が降り出した。馬車の窓に映る自分の顔を見ると、眉間に皺が寄っている。


(なんでお祖父さまは、父上ではなく僕に、家宝を渡したんだろう……)


 成人したばかりの十五歳の僕よりも、父上が受け継いだ方が良かったのではないだろうか。


 聞きたいことはたくさんあるけれど、体調が悪く、呼吸をするのも苦しそうにしているお祖父さまに、あれ以上は何も言えなかった。


 短剣は上着の内ポケットに入れている。僕は両親に気づかれないように、服の上から短剣を、そっと押さえた。


(今は、父上と母上がいるから、剣を出すわけにはいかないよな……)


「アルサス」


 父上の声がして、ハッとした。


「そういえば、部屋に残るように言われていたが、何を話したんだ?」


「えっ⁉︎ ええと……。貴族としての心構えなどを……(本当は、違うけど)」


「あぁ、長い話を聞かされたのか。それは災難だったな。——他には何か言ってなかったか? 例えば、相続のことなどは……」


 短剣が脳裏に浮かんで、心臓の鼓動が早くなる。

 手のひらには、じわりと汗が滲んだ。


(でもお祖父さまが、父上は家宝のことを知らないって、言っていたよな)


「い、いいえ。そのようなことは、聞いておりません」


「そうか……」


 父上は、がっくりと肩を落とし、ため息をついた。

 その隣ではなぜか母上も、ため息をついている。


「どうかなさったのですか?」


「まぁ、そろそろアルサスも、領地のことを学ばなければならない年頃だが……」


「はい。学園を卒業したので、父上の元で学びたいと思っておりますが……」


「そうだなぁ。うーん……」


 父上は顔を顰めて目を瞑る。そんなに言いにくいことなのだろうか。


「父上?」


「まぁお前も知っておいた方がいいな……。実は——金がない」


「え?」


「金がないんだよ。去年は作物の育ちが悪くて税収もかなり少なかったし、今年も麦の成長が遅いと聞いているし……。それに、この間の大雨で、中心部の橋が流されただろう? その修繕費が、思っていたよりも高くてな。とにかく、金がないんだよ」


 父上の隣で、母上も大きく頷いている。冗談で言っているのではなく、本当に困っているのだろう。


「そうなのですね……」


「これ以上は借金をすることもできないし、遺産が入ってくるのを待つしかない状態だ」


「そんな……。お祖父さまには、まだまだ元気でいてほしいです」


「私もそう思っているが、領地がな……。世の中には、綺麗事では済まされないこともあるんだよ。遺産が入ってくれば橋もすぐに直せるだろうし、領民が払えなかった分の、税の肩代わりもできる。それを考えると、できるだけ早く遺産を貰いたいと思ってしまうんだ」


「それはそうかもしれませんが——」


 ガタン!


 足元から大きな音が聞こえて、馬車が大きく揺れた。


「うわっ⁉︎」


 身体が宙に浮き、側頭部に強い衝撃を受けると、視界は真っ暗になった——。




「うぅ……」

 目を開けると、泥濘んだ地面に寝転がっているのが分かった。服も、ぐっしょりと濡れていて、気持ち悪い。


「なんで、こんなところに……?」


 上半身を起こして、辺りを見まわす。


 すぐ横には、崖がある。

 反対側には何かの残骸が散らばっている。

 明かりは見えない。

 そして、とても静かだ——。


 状況が理解できなくて、ため息をつきながら視線を上げた。すると、星が浮かぶ濃紺の空が、わずかに白み始めている。


「……あれ?」


 不意に思い出した。お祖父様の屋敷へ行っていたはずだ。その後は屋敷を出て、馬車に乗ると雨が降り出した。


 まだ夕食も食べていないような時間だったのに、どうして空が白み始めているのだろうか。どう考えても今は、朝だ。


「そうだ。馬車が揺れて頭を打って……。その後は、どうなったんだ? 父上と母上は?」


 立ちあがろうとした瞬間、全身に激痛が走った。でも今は、そんなことは気にしていられない。長い時間、気を失っていたはずなのに、近くに誰もいないことの方が気になる。


 僕は両脚に力を入れて、なんとか立ち上がった。 


「えっ……?」


 すぐそばには、潰れた馬車と下敷きになっている馬。その先には、黒っぽい服装の男性がうつ伏せで倒れている。おそらく御者だ。


 ゆっくりと左へ顔を向けた。


 母上がこちらを向いて倒れている。その近くには、仰向けになっている父上の姿があった。


 全員が、動いていない。何の音もしない。


(まさか……)


 右脚を引きずりながら母上のそばまで行き、跪いた。


 美しい顔は傷だらけになり、目はうっすらと開いているが、瞬きはしなかった。


「母、上……? 母上!」


 肩を揺さぶっても、ぴくりともしない。


「そんな……。嘘だ……!」


 ガクンと力が抜けて、横に倒れた。早く父上や御者の様子も確かめなくては。と頭ではわかっていても、身体が思うように動かない。


 起き上がれそうにないので、そのまま這って、父上のそばまで行くと、横腹に太い木材が刺さっているのが見えた。そして仰向けになっている父上の胸の位置は、上下していない。


 もう声をかけなくても分かる。父上は、息をしていないのだ。


「うっ、うぅっ……。父上……!」


 近くにある父上の手を握ると、人間の手とは思えないほど、冷たくなっていた。


 父上と母上が死んでしまったなんて、信じたくない。

 妹になんて言えばいいんだろう。

 まだ甘えたい年頃の妹が、どれだけ悲しむか。

 これから、どうしたらいいんだろう。


 色々な思いが脳裏を巡って、目眩がした。

「うわあぁあああ……!」




「ご遺体は、お屋敷の方へ運んでもよろしいでしょうか」


「あぁ、頼む……」


 世が明けた頃に通りかかった行商人が、領地の警備隊を呼んでくれた。


 父上と母上と御者は、冷たい板の上に寝かされているのに、自分だけが温かい毛布を羽織っていることに、罪悪感を感じる。


(僕だけが生き残って、申し訳ない……。でも、僕まで死んでしまったら、リーリエはどうなっていたんだろう。もしかしたら神様が、リーリエを守るために、僕を生かしたのかもしれないな)


「……これからは僕が、あの子を守らないと」


 幼い妹のこと。屋敷のこと。領地のこと。考えなければならないことが山積みだ。悲しむ時間もないのがつらい。


「アルサス様。見ていただきたいものが……」


 警備隊の隊長、ローレンツに呼ばれて行くと、馬車の残骸の横に、隊員たちが集まっている。


「こちらです」


 そう言って見せられたのは、車輪の軸の部分だ。


「これが……?」


「ここを見てください。車輪の軸が折れて、馬車が制御不能になったようですが、折れた部分がやけに綺麗なのが、少し気になるのです」


「たしかに、自然に折れたにしては、綺麗すぎるな」


「はい。もしかすると、これは不幸な事故ではなく——誰かが故意に、のかもしれません」


「え……?」


「もちろん調査は進めますが、軸に切れ目が入っているだけなので、犯人に繋がる証拠を見つけるのは困難でしょう。——アルサス様……。これからは、アルサス様が領主となられます。まだ若い貴方を、利用しようとする輩も少なからず出てくるはず。簡単に他人を信用してはなりませんよ」


 ローレンツ隊長が、僕の目をじっと見つめる。心配してくれているのだろう。


「……わかった。気をつけるよ……」

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